イケメン佐野くんのお誘い 【7】

え?なに?どういうこと?

え?私は?

え?佐野くんはいったい誰と結婚するの?


「私はねえ、高橋さんって佐野くんと付きあってるのかと思ってたのよ」

「え、あ、」

磯部さんの言葉に、上手く対応できない。

「だって、仲良さそうだったじゃない?一緒に帰ったりしてたわよね」

「あ、ええ……あ、あの。私ちょっとお手洗い行ってきます」

とりあえず、逃げた。

ガタンっと大きな音を立てて立ち上がる。

ちょっと足がふらついてしまったけど、何とか女子トイレまでたどり着いた。


幸い、誰もいなかった。

鏡に映る自分の顔を覗き込む。

蒼白って言うのはこんな顔色だっていうのを体現している顔がそこにあった。

なん、え?どうゆうこと?

まだ飲み込めない。

いったい、あの、一週間前の出来事は何だったの?

本当に佐野くんは結婚するの?

結婚する予定があるのに、私のこと誘ったりしたの?


じっと、考えていたけれど、らちが明かない。

まだ、仕事が残っている。机に戻らなくちゃ。


何とか自分の机に戻ると、磯部さんが心配そうに私の顔を覗き込んできた。

「大丈夫?」

「――?大丈夫ですよ」

少し微笑んで平気な振り。首を傾けてそんな風に返した。


その後は仕事に没頭することで、何も考えないようにして過ごした。

いつの間にか、終業時間が過ぎていた。ちらほらと社員が帰りだす。

ああ、帰ろう。

ふと、我に返った。


パソコンを閉じると、鞄を持って立ち上がる。

「お先に失礼します」

残っていた課長に挨拶をしてフロアを後にした。


エレベーターホールでエレベーターを待つ。

早く、来て欲しい。早く、ここから逃げ出したい。

焦る気持ちと裏腹になかなかエレベーターは来ない。

「ああ、美帆!」

右斜め後ろから聞こえる弾けるような可愛い声。

うん、杏奈だ。

杏奈が駆け寄ってくる。

「杏奈。お疲れ様」

何で、いつもここで杏奈に会うんだろう。

「ねえ、聞いた?佐野くん、結婚するんだって?」

ああ、やっぱり。やっぱりそうよね。その話題よね。

「うん」

「美帆、いいの?そんな冷静な顔していいの?」

私、そんな冷めた顔しているのかな。

「だって、関係ないし」

「ええ?なにそれ。だって、この間だって、二人で食事だかなんかに行ってたじゃない」

「食事に行っただけ」

「付き合ってなかったの?」

「ないって」

「えええ?」

うるさい。杏奈ってば。いい加減にして。

「そんなことより、杏奈はどうなの?その、ハイスペ彼氏と結婚しないの?」

私のその問いに、ぐっと、ちょっとひるんだように顎を引いた。

「え?うん。まだ、ちょっとね」

「そうなの?」

といったところで、エレベーターが開いた。

そこには、なんと、佐野くんが乗っていた。

「あ、」

私と佐野くんが同時に、小さい声を出した。

少し気まずそうに、佐野くんがエレベーターを降りてくる。

「佐野くん」

杏奈が勢い込んで話しかける。まるで追い立てるようにフロアの端に佐野くんを連れて行く。

杏奈が私にも来るように目で合図を送ってきた。

そう、本当は私も話を聞きたい。少し遅れて二人の後をついて行った。

「佐野くん。ねえ、佐野くん、今度結婚するんだって?」

ちょっとしたスペースに落ち着くと、杏奈がすばすばと確信を付く。

そんな杏奈に後ずさりしながら、佐野くんが私をちらっと見た。

その視線を受けて、一息置いてから口を開く。

「私も聞いたよ。結婚するんだ。おめでとう」

微笑んだつもり。上手く、笑えていたかは分からないけれど。

佐野くんは頭を掻くようすると、諦めたように話し出した。

「うん、今度、結婚することになった」

「ねえ、ねえ、誰と?」

杏奈が興味津々という感じで食らいつく。

「まあ、彼女と。――3年くらい前から付き合ってる人がいるんだよ」

――は?3年?

3年間も付き合っている人がいたんだ。

ああ、開いた口がふさがらない。

彼女いたんだ。いや、いて当たり前と言えば、当たり前。でもね、入社してから私が知っているだけでも、本当にたくさんの女性が佐野くんを狙っていた。

時にはさりげなく、時には大胆に佐野くんに迫っていた。

そう、そういえば、今はセレブの彼に夢中の同期の杏奈も、一時期佐野くんに必死にアプローチしていた。

佐野くんはそんな女性の間をひょうひょうと渡り歩いている。そんな風に思っていた。

まさか、特定の彼女がいるとは。

今まで、何人の女性が軽く遊ばれていたんだろう。

その中に、私も入るのだろうか。


唖然としながらも、眉間に皺を寄せて、思わず佐野くんを睨んでいたかもしれない。


~ to be continued ~

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