イケメン佐野くんのお誘い 【6】
ぎゅっと目をつぶる。
――だ、駄目だ。やっぱり、駄目。
私の両手が無意識に佐野くん胸を押し返していた。
ぐっと力を入れた私の腕を見て、佐野くんがふっと体を少し離した。
「――高橋?」
名前を呼ばれても、佐野くんの顔を見上げる勇気はなかった。きっと、不思議なものを見るような目で佐野くんが私を見下ろしていることだろう。
どのくらい、経ったのだろう。沈黙を破ったのは佐野くんだった。
「高橋、いいよ。ごめん」
自嘲するような言い方。
「佐野くん……」
恐る恐る顔を上げた。
片方の口の端をあげて佐野くんが微笑んでいた。
「高橋、泣きそうな顔をしてる」
「そ、そんなこと……」
「さ、帰ろうか」
そう言って、佐野くんが私の肩を抱きながら、きびすを返す。
みなとみらいの夜景が目に染みるように輝いている。
背中には、素敵なホテルが無言で佇んでいるけれど。
やっぱり、私は佐野くんを恋人や彼氏として考えらなかった。
さらには、佐野くんとの結婚生活は想像さえできなかった。
ただ、皆の憧れの佐野くんとデートのように二人きりで食事に行ける自分に、優越感を持っていただけなんだと思う。
その日は、佐野くんに家の近くまでタクシー送ってもらって、そこで別れた。
「高橋、気にしないで。ごめんな」
佐野くんが相変わらず格好よく、そんなことを言った。
「ううん。……私こそ」
かろうじてそれだけ返した。
ごめんね。佐野くん。本当に、私こそ。中途半端な態度を取ってしまって、ごめんなさい。
家に辿り着くと、そのまま階段を上って自分の部屋に入る。ドアを背にその場に座り込んだ。
しばらくして、のろのろと階下に降りて、シャワーを浴びた。
頭の上から生ぬるいお湯が降ってくる。
――何、やってんだろう。私。
こんなことで、結婚できるのだろうか。
涙が、お湯と一緒に流れて行った。
一週間ほどが、何事もなく過ぎて行った。
佐野くんは会社で会っても、いつも通り。
きっと、こういう気まずさには慣れているんだろう。
さすがというかなんと言うか。
私が自分の席に座ってパソコンを叩いていると、向かいの席の磯部さんがこそっと話しかけてきた。
「ねえ、でも、びっくりしたわよね」
「――?」
私が首を傾げていると、磯部さんが続ける。
「だって、ねえ。あの、佐野くんがねえ」
「佐野くんが?」
「そう、結婚だもんね」
―――は?
今、なんて?
「もうね、佐野くんもそろそろ年貢の納め時よね」
磯崎さんが噂話をしたくて、身を乗り出している。
いや、え?なに?
佐野くんが結婚――?
~ to be continued ~
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