イケメン佐野くんのお誘い 【5】
今回もちょっとおしゃれなレストランに連れてきてくれた。
ハイジが出てきそうなアルプスの小屋のような造りに、思わずキョロキョロと辺りを見回してしまう。木目を生かした天井では、鉄製のプロペラのようなものがゆっくりと回っていた。
「なに飲む?」
奥のテーブル席に座ると、佐野くんがドリンクメニューを私に向けて差し出した。
「あ、うん。このビールにしようかな」
お店おすすめのヒューガルデンというベルギーのビールにした。
「あ、これ、すっきりしてて美味しいよね。俺もそれにしよう」
佐野くんがそう言って、ウェイターに注文している。
ドリンクメニューをよく見ると、ベルギーに限らず、ドイツやフランスいたる所のビールが並んでいた。
「ここは、いろんなヨーロッパのビールを揃えているんだよ」
「へえ、そうなんだ」
佐野くんは本当にちょっとこじゃれたお店を良く知っている。
そういえば、佐野くんは食事には誘ってくれるけれど、どこかに別の場所に行こうって話にはならない。
映画とか水族館とか?
まあ、そうなると、デートっぽいな。
つまりはそう、佐野くんは私とデートをするつもりはないってことね。
なんか、期待ってしてないけど。なんだかな。私は飲み友達って認定?
「でもさ、高橋は貴重だよ」
私の思いに気付いたかのように、届いたビールで乾杯しながら佐野くんが言った。
最近、佐野くんは私のことを高橋と呼び捨てで呼ぶようになった。
「貴重?」
「そうだよ。あんまり、こうやって気軽に話せる女の人っていないから」
「そうなの?女友達いっぱいいるじゃない」
「いやー。なんかさ。いろいろと裏の気持ち?みたいなのが見えちゃってさ」
「裏の気持ちって……」
呆れたように言う私に、佐野くんが面白そうに声を殺して笑う。
「だってさ。なんだか、魂胆が見え見えの人ているじゃん?」
「ああ、うん。まあ……」
「対応に困るんだよなあ。機嫌を損ねたりすると、社内や相手先の場合、仕事に影響でたりするし」
「それって、モテる自慢?」
「違うよ」
「いや、そうでしょ」
「その点、高橋は話しやすくていい」
「それは、褒められてるんだか、けなされてるんだか?」
おどけて言ってみたけど、私は恋愛対象じゃないって言われたってことよね。
美味しい食事にお酒が進んで、佐野くんもいつも以上に饒舌になっていく。
「もっと、早く高橋に会っていればなあって言うか、もっと早く高橋とこうやって飲みに行ったりしていればなあ」
「――?」
私が首を傾げていると、佐野くんがちょっとためらってから、ぼそっと呟くように低い声をだした。
「高橋はさ、俺とはその……付き合ったりする気はないんだよな」
――え?それって、どうゆう意味?珍しくちょっと自信なさげな佐野くんに思わずこちらが動揺してしまう。私が黙っていると、佐野くんが言葉を続けた。
「ほら、うん。恋人にはなってはくれないよな」
は?本気で言ってる?
それにいったい誰が恋人にならないって言ったの?
「高橋みたいな人となら、結婚しても上手くいくかもしれないなって」
結婚……。私が佐野くんと結婚?
ちょっとめまいがしてきた。
こんな社内でもモテモテのいわゆるハイスペックの佐野くんと結婚。
動揺して佐野くんから視線を外すと、自分の膝を見つめるように俯いた。
「ごめん、急に変なこと言って。……高橋、大丈夫?」
佐野くんがそう言って私の肩を抱くようにする。
「高橋?」
耳元で囁くような声。佐野くんの顔が近い。
「出ようか」
そう言って、佐野くんが私を支えるよにしながら席から立たせる。
私は何て言っていいのか分からなくて。
佐野くんにつられるようによろよろとその後ろについて行った。
佐野くんが会計を済ませて私を振り返る。
「行こうか」
ふと、その声で我に返る。
「あ、お支払い」
「いいよ。ここは」
「え、でも」
「いいって」
そう言って佐野くんがレストランの入り口に向かって歩き出した。
パタパタとその後を追う。
店の外に出ると、当たり前のように佐野くんが私の肩というより腰を抱く。
佐野くんがたわいもない話をしながら、歩を進める。
実は知っている。この先には、ちょっと高級なホテルがたくさんあることを。
いわゆるそういう目的のホテルではなく、オークラとかインターコンチネンタルとか。
いかにも、佐野くんが選びそうなホテル。
私が佐野くんの話を聞いていないのは完全に佐野くんにバレていただろう。
佐野くんが私の俯き加減の顔を覗き込んで、口を開いた。
「高橋、どう?」
私から視線を外した佐野くんが見上げたのは、船の帆の形をした高級ホテルだった。
思わず、足が止まる。
「高橋?」
どう、なんだろう。私は佐野くんをどう思ってるんだろう。
いいの?このまま、先に進んでいいの?
この、イケメンでチャラそうな佐野くんでいいの?
仕事のできる、遊び慣れている佐野くんでいいの?
私は佐野くんと付き合っていける?
ましてや、結婚なんて。
私は、今、結婚したい。でも、その相手は佐野くんでいいの?
頭の中で自問自答を繰り返す。
佐野くんがしびれを切らしたように、それでも、ジェントルマンらしく優しく私を抱き寄せた。
目の前に佐野くんのスーツの胸がある。
ふいに、佐野くんの香りが迫ってきた。
~ to be continued ~
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