イケメン佐野くんのお誘い 【4】

あれから、佐野くんには2回ほど食事に連れて行ってもらった。

いつも、ちょっと気の利いたお店で、女の子が喜びそうな所。

だけど、それきり何が進展するわけでもなく。

もちろん、告白されるわけでもなく。

私のほうから何か行動を起こすこともない。


だいたい、私自身、本当に佐野くんが好きなのかと聞かれたら、“分からない”っていうのが本当の所。

恰好いいし、優しいし、仕事もできるし。まあ、彼氏としても、もしかして結婚相手としても申し分ないのかもしれない。

でも、どうなんだろう?

佐野くんと付き合う私が見えない。

女の子の扱いに慣れすぎているような感じもあるしね。


その日も、夜7時を過ぎた頃だろうか。いつものように残業をして、そろそろ帰ろうかとスマホやらポーチやらを鞄に押し込んでいると、佐野くんが外回りから帰ってきた。

卸の会合にでも参加していたのかもしれない。

佐野くんにしてはいつもの爽やかさがなくて、疲れたかのように肩が落ちている。

それでも、残っている社員に「おつかれー」と片手を上げて挨拶をしながら歩いている。

そんな佐野くんに私もいつものように声を掛けた。

「お疲れ様です」

「あ、お疲れ様」

佐野くんが顔を上げて、瞬きをするようにして私を見た。

「佐野くん、疲れているみたいね」

私はちょっとおどけて聞いてみた。

「うん、今日はちょっと、上手くいかなくて」

「そうなんだ。……大変だね」

「うーん。まあ、なあ」

佐野くんは首に片手を当てて、首を曲げるとコリをほぐすようにした。

そんな仕草も変に様になっている。

「じゃあ、私、お先に失礼するね。佐野くんも早く帰ってゆっくり休みなね」

私はそう声を掛けて、鞄を手に取った。

「あっ……」

その時、佐野くんが、私を呼び止めるように、少し大きな声を出した。

「ん?なに?」

私は肩越しに振り返る。

「ちょっと、待って。高橋さん、ちょっと付き合ってよ」

「え?」

「今、この書類だけ入力しちゃうから」

「え。でも」

「なに?用事でもある?」

「あ、いや。ないけど」

「じゃあ、ちょっと待ってて」

「あ、う、うん」

私は、自分の机に座り直してしまった。

私の部署はもう、私と井上課長しか残っていなかった。

課長がちらっと私を見て、また、パソコンに目を落とす。

この課長も毎日残業をしている。それで、仕事をバリバリこなしているのかと言うと、そうとは思えない。というか、一向に進んでいないように思える。

まるで、ただ時間を潰しているような。

うん、そう、あんまり家に帰りたくないのかな?

勝手に課長に同情しながら、世のおじ様たちの家での様子を想像する。

けっこう肩身が狭いっていうしな。

奥さん、暖かいお料理とか用意して待っているんじゃないのかな。

まあ、色々な家庭があるものね。


結婚って良いものなのかしら?――そんな根本的な疑問が浮かんでくる。

弟も戸越さんも喜んで結婚して。前の席の磯部さんも、旦那や子供の文句を言いながらも、なんか幸せそうだし。そうだ、明日は子供の運動会だって言ってたな。

良いものなのかな?

結局、相手次第。結婚なんて、してみなければ分からないのかも。


そんな思考を頭の中でめぐらせていると、帰り支度を終えた佐野くんが近づいてきた。

「おまたせ」

「あ、ううん」

私は慌てて、鞄を胸に抱えたまま立ち上がった。


なんとなく、残業で残っているみんなの視線を背中に感じながら、オフィスを後にする。

まあ、同期の社員同士が飲みに行ったって、珍しいことではない。


それにしても、佐野くん、疲れているんじゃないのかな。

今日は愚痴の聞き役かしら?

まあ、それもいいけど。


並んで歩きながら、相変わらずイケメン佐野くんの横顔を見上げた。

それでまた、エレベーターの前で杏奈と鉢合わせるというお決まりの事態に。

「あれ?美帆。佐野くんも」

「杏奈」

思わず引きつったような声を出してしまった。

「お疲れさま」

佐野くんが爽やかに挨拶している。ちょっと作り笑顔な感じは否めないけど。

「なに?二人とも今帰り?」

杏奈がキョロキョロと私と佐野くんに視線を漂わせる。

「そうなんだ」

佐野くんが答えた。

「え?どこか行くの?」

「あ、うん」

今度は私が返事をする。

「二人で?」

「え?あ。まあ」

「えー。そうなんだあ。そういうことなんだあ」

杏奈が口に手を当ててそんなことを言う。目が笑っているようで笑っていない。

「そういうことってどういう意味よ。何でもないわよ。なに?杏奈はデート?」

お返しとばかりに聞いてやった。

「あ、ううん。今日は何も……え?じゃあ、ただ食事に行くってだけ?帰りが一緒になったから?」

「え、うん。まあ」

「えーじゃあ。杏奈も行きたいなあ」

は?何言ってんのこの子。

「え?でも」

言い淀む私にしびれを切らしたように杏奈が一度視線を落とした。

「だめ?」

うわ。ターゲットを佐野くんに変えて必殺上目遣い。

佐野くんがそんな杏奈を見下ろして、口の端をあげてとぼけたように微笑んだ。

「うーん。今日は高橋さんと話したいんだよね。ごめんね、また今度」

さらっとそう言った。

思わず振りあおぐように長身の佐野くんの顔を見てしまった。

「あ、エレベーター来た。乗ろうよ」

佐野くんが先頭に立ってエレベーターに乗ると、ドアの開ボタンを押している。

私はそそくさと早足でエレベーターに乗り込んだ。杏奈がゆっくりとあとに続く。

「仕事、忙しい?」

佐野くんが何事もなかったかのように杏奈に話かけている。

杏奈もいつものように答えていた。

エレベーターが一階について3人で降りる。

「じゃあ、またね」

佐野くんが当たり前のように杏奈に向かって片手を上げて挨拶をしている。

杏奈に、ここからは別々ってことをさりげなく言っているようなものだ。


ドキドキと自分の動悸がうるさい。

佐野くんはどういうつもりなんだか。

私の気持ちを量っているのか。

佐野くんの言動に一喜一憂してしまう自分がいる。


~ to be continued ~



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