イケメン佐野くんのお誘い 【3】

相変わらず爽やかに微笑む佐野くんの顔から視線を外しながら、不自然に瞬きを繰り返す私。

だって、どんな顔したらいいか分からないじゃない。

「そ、そうなんだ?」

そんな変な返事しかできなかった。

それからも、うるさい動悸を押さえつつ、お目当てのレストランへ向かった。


佐野くんお勧めのビストロはオーナーが一人で切り盛りしているとあって、こじんまりしているけれども、とても雰囲気がある素敵なお店だった。

どことなく、フランスの片田舎にある洒落たレストランを思い起こさせる、木のぬくもりを活かした造りになっていた。


店に入ると、オープンキッチンで調理をしていただろうオーナーが顔を上げて私たちを見た。

「いらっしゃい」

「こんばんは」

佐野さんが片手を上げる。

「ああ、いつもどうも」

肩までありそうな髪を後ろで束ねた比較的若いシェフ兼オーナーだった。三十歳半ばくらいだろうか。

こんな若いのに、自分のお店を持てるなんて凄い。

佐野さんは勝手知ったると言うように、空いていた窓際のテーブル席に向かう。

「ここいい?」

「どうぞ」

オーナーの返事を待って、私に奥に座るように指し示す。

「常連なのね」

座りながら、何気なく言った。

「うん、まあね」

サラッとそう言って、佐野くんが私の向かいに座った。

いつも誰と来てるんだろう?

オーナーはきっと知ってるわね。私を見ても驚きもしなかった。

そうね、毎回違う女性を連れているのかもしれないな。


初めに頼んだ佐野くんお勧めの軽いワインはとても飲みやすくて、美味しかった。

私はもともと食べ物の好き嫌いはほとんどない。佐野くんが私の好みを聞きつつ、適当に頼んでくれる。

「ね、美味しいだろ?」

「うん。すごく美味しい。本当のフランスのビストロにいるみたい」

「高橋さん。フランス行ったことあるの?」

「うん。何回か」

「へえ、すごい」

「佐野くんは?海外旅行とかするの?」

そんな、まあ、確信に触れないけれど、お互いの趣味の話題で話は弾んだ。


あっと言う間に2時間ほどが経っていた。

もう、夜の11時近い。

このままずっといる訳にもいかないし。このまま……いや、だめでしょ。

ただの同僚だし。


楽しいな。楽しいと、時間が過ぎるのって早いんだ。久しぶりにそう思った。

でも、ああ、そうだ。

肝心の話を聞いていない。

「そういえば、佐野くん。なんか私に話したいことあるって言ってなかった?」

思わず気になっていたことが口をついて出ていた。

「え?何だっけ?」

出た、プレイボーイってこんなもん?

「ほら、戸越さんの奥さんがほんわかした人だったとか言ってたじゃない?」

「うん」

「佐野くんもそんな人がいいとかなんとか」

「ああ」

そうよ。思い出した?

「ああ、そうそう。いや、違う。俺はぽてっとした人じゃなく」

ぽてっとしたって……ちょっと失礼じゃない?普段だったら、絶対女性に対してそんなこと言わないだろうけど。

今はお酒も回って、口が軽くなっているのかも。

「そんなに太っていたわけじゃないんでしょ?」

「ああ、うん。そんなでもない。ちょっとふっくらって感じ。そうそう、可愛い人だったんだよ」

ああ、フォローしてる。

「で、佐野くんはどんな人がいいの?」

「俺はね、外見はまあ、なんでもいいんだけど」

それは嘘でしょ。外見何でもいい人がぽてっととか言わないでしょ。

「うん?」

一応、先を促してみた。

「性格は、大人しい人がいいかなあ。優しくて気がついて」

「はあ」

控えめな人がいいんだな。今どき、そんな人がいるかしら?

「美人で派手な人は苦手なの?」

「そうだな、あんまり強い女性はちょっとね」

「そうなんだ」

「男はみんなそうじゃないかな?」

「でも、最近は引っ張ってくれる女性がいいって男の人も多いよね」

「うーん、そんなにいるかなあ。少なくとも俺は遠慮したいな」

「ふーん」

で?私に聞きたいことって何?

私がそれっきり黙っていると、佐野さんがポツポツと話し出した。

「だからさ、高橋さんみたいな人はモテると思うんだ」

「ん?それってどういう意味?」

「高橋さんは大人しそうだし、気が利くし」

そう言われて、私は慌てて自分の顔の前で両手を振った。

「いや、私そんなに大人しくないし、気も利かないから」

「そんなことないよ。物静かなのに、ちゃんと俺を補佐してくれてるし」

「それは、仕事だから」

そう言うと、佐野くんはハタッと私と視線を合わせた。

え?なに?

「そうなんだ。俺……高橋さんは、なんかちょっと特別に俺に親切にしてくれてるように思ってた」

はい?何ですかそれ?何アピール?

はあ、モテる男は違うね。

「はは、うぬぼれすぎ」

ちょっとおどけるようにして、そう返した。

「そっかー。俺の勘違いか」

ちょっと酔っぱらっているような佐野くんは、少し俯いて苦笑していた。


「私、もう、帰らないと。終電もなくなっちゃう」

ふと、時計を見ると、12時近くになっていた。

お店も12時までだ。


慌てる私を見て、観念したように佐野くんがオーナーを呼んで会計を済ませている。

一応、私も払うと言ったけど、佐野くんがごちそうしてくれた。

「次回は奢ってもらうから」

そんなことを言っていた。

本当に次回はあるのかな?


~ to be continued ~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る