イケメン佐野くんのお誘い 【2】

「あ、お疲れさまです」

とっさに出る挨拶は決まり文句の“お疲れさま”。

さっき、杏奈に会った時のお疲れさまと同じだけれど、声のトーンが違うと自分でも思う。

「お疲れさま」

佐野くんがにこにこと笑って私の横に並んで立つと、あたりまえのように言葉を続ける。

「今帰り?」

「うん」

「これからどこか行くの?」

「ううん。家に帰るだけ」

その私の返事を聞いて、佐野くんが自分の左手を顎に持って行った。まるで、彫刻の考える人のような恰好で首を傾ける。なんかさ、イケメンは何しても絵になるんだよね。

沈黙に耐え消えず、私は何気なさを装って佐野くんに話し掛けた。

「佐野くんは?」

「え?」

「これからどこかに行くの?」

「うーん」

どうしようかと言うように視線を空に向けている。

「なに?どうしたの?」

「いや、さ。高橋さん、これから暇だったら、食事でも行かない?」

「え?」

「ほら、この間、飲みに行こうって言ってたじゃん?」

そうよ。言ってたわよ。ずっとずううと、気になってたんだから。

「あ、うん。言ってたね」

「ちょうどいいじゃん。今日は金曜だから、明日は仕事無いし」

軽い調子でそんなことを言う。

そうね。こういう場合、私も軽い感じで対応すればいいんだわ。

同期のよしみで飲みに行く。ありそうじゃない。

変に期待しなければ、いいのよ。

「そうね。私もまっすぐ帰るのもつまんないなあって思ってたの」

「そうだよ。たまには、羽を伸ばさないと」

たまにって言葉が引っかかる。

私は飲みに行く友人もいないって言いたいのかしら?まあ、友人が少ないことは否定しないけど。

「私ってよっぽど遊んでなさそう?」

「あ、うん。そうだなあ。高橋さんは真面目そうで、純粋そうだから。でも、そういうところがいいんだよ」

いや、口うますぎ。でも、それって、30歳の女性への誉め言葉になるんだろうか。

「それ、褒めてるの?」

「褒めてるよ」

そう言って、佐野くんは目を細めて私を見た。


結局、ホームに滑り込んできた根岸線に乗って、横浜駅の隣の桜木町で降りた。

みなとみらい――お洒落なデートスポットで有名。ここなら食事するところにも困らない。

「前に行ったことがあるんだけど、シェフが一人でやっているピストロですごく美味しいフレンチを出すんだよ。そこでいいかな?」

そう言って、私の顔を覗き込む。佐野くんはことある毎に、人の顔を見つめてくる。ちょっと、気恥ずかしい気分になる。

私が頷くと、さっそくスマホを取り出して予約というか、今から行って空きがあるか確認している。

スマートだわ。

これは、モテるわ。

「大丈夫だって」

そう言って、ウインクして寄越した。

ここまで来るとちょっと辟易してきたけど、まあ、目鼻立ちがいいと許せるものね。


二人並んで歩きながら、他愛もない話をする。

この間の戸越さんの結婚お祝いパーティーの話も出た。

「ほら、戸越さんってモテてたからさ。どんな美人の奥さんかと思ったら、ちょっとびっくりしたんだけど、こう、ぽっちゃりとした可愛い感じの人でさ」

「へえ」

「でも、話とか聞いていると、戸越さんがこの人を選んだ理由が分かる気がしたよ」

「そうなの?」

「うん。やっぱりさ。一緒に居て居心地が良さそうなんだよ。ふんわりとした雰囲気で」

「ふうん」

「まあ、MRって仕事も気遣いが多くて大変だし。家ではくつろぎたいんだろうなって」

「やっぱり、そうよね。家でまで気を張っていたら大変だものね」

「そうだよ。その通り」

「佐野くんもそういう人がいいの?」

「うーん。俺は……」

そう言って、佐野くんは言葉を濁した。

「まあ、そんな話もさ。高橋さんとゆっくりしたかったんだよ」

は?え?それはどういう意味ですか?


~ to be continued ~

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