第43話 襲撃(4)

  塀の上に立ち、街を一望する。砂埃と怒号と悲鳴があちこちで上がっていた。四方八方から襲撃を受けているかのような、それが街全体の現況だった。


 少し時間は遡る────


 ジェインが急に居なくなり、どうしたらいいのか唇を引き結んだまま、アシュリーは部屋の中をうろうろとしていた。ジェインがどこに行ったのか、すぐに戻ってくるのかと部屋から出ずに待っているのだが、それでいいのかどうかも実はよく分からない。


「そんなに心配しないで。きっと隊長のところですよ。今から少し探してみますので、その後、よければお送りしましょうか」


 忘れたいだろうことを話してもらった後ろめたさからか、出会った時より顔色が悪くみえるアシュリーを心配してか、隊士の口から出た言葉は思いやりのあるものでアシュリーは隊士に顔を向けると軽く頷いた。


 一緒に待っていてくれた隊士はそれを見てやわらかに笑むと、部屋をあとにしようと座っていた椅子から立ち上がった。


 カンカンカン!!

「緊急事態発生!」


 コルテナの街中に幾つも設置されている鐘が、思い切り叩かれている音が急に聞こえてきた。


 鐘の音に被さるように聞こえる【緊急事態発生】の声に、隊士の顔がさっと変わった。


「状況確認してきます! あなたはここにいてください!」


 強張った顔で急いで扉に手をかけて、隊士はそう言い終わらないうちに廊下に飛び出していった。


「緊急事態発生!」


 カンカンカン!

 緊急時の鐘の音は隊士が部屋から出て行ったあとも、何度も何度も繰り返し聴こえてきた。ひとり置いて行かれたアシュリーの胸はざわついた。窓の外から聞こえてくる音も誰かの声も、非常に不安を掻き立てる。


 アシュリーは一大決心をして恐る恐る窓に近寄った。どうにも気になる〝音〟だったからだ。


 ここは一階の部屋であるから、窓の外はガラス一枚を隔てているだけなのだ。昨日のように、あり得ない事態が起こっていたとしたら。


 確かめたい、とアシュリーが考え、行動したとしても仕方がなかった。


 しかし、近寄ったはいいものの恐怖が先に立ってか、さっとは覗けない。仕方なく窓の前ではなく壁際に立ち、そこからそっと覗いて外を確かめることにした。


「!!」


 声が出なかった。

 くり広げられる場面に目が釘付けになった。


 ガラス一枚隔てた外では、アシュリーが見たことのある大型の犬より大きな、犬型の獣がいた。太い牙を両端から覗かせ、獰猛さを浮き彫りにさせている赤い瞳、硬そうな青い毛で体中が覆われた獣が、何匹も何匹も隊士と戦っているではないか。


 姿形が昨日の魔獣とよく似ていた。


 アシュリーはがくがくと震えた。気付かれない内にさっと壁に身を隠しはしたが、そこからどうしても離れられない。足がまた、自分のものではないような感じだった。


「大丈夫ですか!」


 先ほどの隊士が戻ってきた。窓際でへたり込むアシュリーを見て、素早く駆け寄ってきた。


「すみません、一人にして。怖かったですね」


 目に涙をいっぱいに溜めたアシュリーは、でも流さないように努めた。泣いている場合でないことは自分でも分かっている。


「ここは危ないですから、上の階に避難しましょう」


 小刻みに数回頷いた。隊士がそれを確認すると、アシュリーの手を取りゆっくり立たせてくれた。


 離れたところから隊士の歓声が聞こえたのはそのすぐ後だった。


「本部内に侵入したものは駆除できたようですね」


 幾分ほっとした顔を見せた隊士は、アシュリーに手を貸しながら続けた。


「街全体はまだですので、安全が確認できるまではここにいてください」

「はい。すみません、あの、ジェ……いえ、サラちゃんを、サラちゃんを探してください」

「えぇ、大丈夫ですよ。すぐに探してきますから。でもきっとあの子なら、どこかで隠れてやり過ごしているんじゃないかな。なんか、そんな感じのしっかりした子だったですよね」


 この隊士もジェインがどことなく普通の子どもとは違う、というのを感じていたらしい。アシュリーは少しほっとした。震える足も、徐々に揺れを小さくしていく。


 二階のある一室に、本日運よく(?)守護隊本部を訪れていた人々が集められていた。皆聞こえた歓声に討伐が上手くいったことを大いに喜び、口々に守護隊を褒め称えた。


 中には窓を開けて、眼下にいる隊士へ向けて感謝と労いの言葉を投げかける人もいた。


「さすが守護隊だ!」


 がははと大きな口で、突然小太りの中年男性が反り返って笑いだした。

 男は喜びすぎて、ソファに座ろうとしている、まだ足元覚束ないアシュリーにぶつかった。アシュリーはよろめき、テーブルの上に手をついたが、そのままガクンとなりテーブルに突っ伏してしまった。


 そこには元々並べてあったカップとポットがあり、なかなか派手な音をたてて床に落ちていった。


「うわ! 大丈夫?」

「すまんなぁ、大丈夫かい」

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