第42話 襲撃(3)


 カーラントは少女が守らずとも大丈夫だという事実に驚愕しながらも、それを即座に理解し、他の狼を片付けに向かった。

青い狼たちがコルテナの街を襲撃していた。


「三、四、五……六」

 青い毛色の狼どもは最初の方こそ単に口を開け、噛みつき、切り割くつもりで飛び掛かってきていたが、ジェインがった数を十と少し数える頃には一定の距離まで近づくと足踏みし、躊躇ちゅうちょし始めた。


「この青い犬ども、案外早く理解したじゃない」

『昨日のよりマシって感じ?』

「あれは図体だけデカかった駄犬」


 あははは、と楽しそうに響く声にジェインも笑顔になる。

 が、それは彼女の頭の中で聞こえる声。戦闘真っ只中で濃い血の匂いに満たされ、死の危険がある最中の美少女のふいの笑顔は、狼たちにも恐怖を覚えさせるのか。

 

 一斉にびくりと体が動いた。

 獣は本能で自分より強いものがわかるという。


「さあ、になりにおいで」


 そんなことは一向に構わず、漆黒の剣を片手に、ジェインは幼く可愛らしい指先で、自身を取り囲む狼の群れにおいでおいでと手招きしてみせた。


 それぞれに低く唸り、周りに視線を送ったのか、円の中心のジェイン目掛けて一斉に動いた。


 その場にいた隊士達は自分たちの相手がみるみる少なくなっていくことに、暫くして気が付いた。援軍が来たのかと見回し、不思議なものを発見する。


 煙渦巻く小さな竜巻。

 狼どもを吸い込んでは一瞬赤く染まる。すぐに周囲に飛び散る赤い液体、次いで飛び出してくるのは綺麗に両断された青かった狼。吸い込まれては形を変えて出てくる、これを延々と繰り返している。


「カーラント状況は!」


 グレイとザイストが抜き身の剣を手に、カーラントに走り寄った。もう何匹か切ったように、その両の剣は鮮やかな赤い液体を纏わせていた。


「青狼が群れで襲ってきています! ここはともかく、街が!」


 これほどの群れが張り巡らせた塀をどうやって抜けてきたのか疑問はあれど、早く隊士達を街全体に加勢に向かわせなければ。


 コルテナの住民を守り通すのに、常駐させている隊士だけでは荷が勝ちすぎている。一人でも多くの住民を助けるためには、ここは一刻を争う。


「隊長! カーラント副隊長!」


 先ほどまでこの辺りで闘っていた隊士達が、まとう隊服を血塗ちまみれにしながら集まってきた。


「私たちはこのまま街へ出ます!」

「ちょっと待て、ここの青狼は」


 と、言いかけてザイストは目を疑った。

 

 厩舎、本部への通路、その先の中庭に至るまでにある、おびただしい数の青と赤と黒の集壊しゅうかい


 そして、その中央で最後の一匹をほふろうとする剣の風圧が、そこに集まる守護隊をもよろめかせた。


「うおっ!」

「ぶ、分隊長。信じられませんよね。この辺りの敵はあの子がすべて始末してくれたようです」


 隊士達はジェインを高揚した顔で見た。


「昨日といい、今日といい……」


 グレイはふっと息をついて、声を張り上げた。


 「これより青狼掃討作戦を遂行する! 各自緊急時での持ち場へ着け!」


 『四十七っと。ここはもう打ち止めみたいね』


 付いたばかりの狼の血をざっと振って飛ばす。どれだけ振り回しても目が回らないらしいカティアは最後に切った狼へ番号を振った。


「あれ、七? 八じゃなくて?」


 目を回さないのは同じなジェインは、視線を斜め上に、頭を少しかしげた。


 『はー。なに勝手に増やしてんのよ。水増し請求でもする気? ……それもいいわね』


 最後の言葉に思わず声を漏らした。


「あは! そうしようか」


 ジェインのいる辺りでの騒動が静まると、まだ離れたあちこちでは悲鳴があがっているのが耳に入っていた。街にはまだまだいるようだ。


「最後までたおしきったらやるか」


 笑みを含んだ台詞せりふに、今度は剣が震えた。


 守護隊本部から街へ向かうことにしたジェインは、初めて来た場所で外への出口を探した。隊士達も街へ救助に向かうはずなのでそれを待って一緒に出ても良かったのだが、やはり先んじる方が獲物の数も多い。


 という訳でごたごたと指示を出している彼らを傍目に、しらっと気付かれないようにそこを離れた。


 あちらこちらで声が飛び交い、隊士達が行き交う。小さなままのジェインはぶつからないようにするりと間を縫い、出口を探した。


 だが隊士を避けながら低い目線で探すことにだんだんまどろっこしくなり、もう壁を飛び越えた方が手っ取り早いかという考えに至った。


 守護隊本部の塀は、この街をぐるっと囲んだ壁のように、なかなかに高いが。


「まぁ、問題ないな」


剣を背中に戻して、足場になるものを探した。


「こいつら積んだら飛び越えられるけど」


 あちこちに落ちている青狼のしかばね一瞥いちべつしたが、靴が汚れるのは嫌だった。ふと中庭に土嚢どのうが積んであるのが見えた。


 ひらりと飛び乗る。

 そこからいつも通り、人が出来るわけがないはずの引力を無視した塀の越え方を披露した。惜しむらくは、誰も見ていなかったことである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る