第39話 襲撃

 カンカンカン!!


 甲高い鐘が守護隊本部の敷地内外全体に何度も響き渡った。

 瞬間、グレイが廊下の窓へ、ザイストは閉じられたばかりの中扉を勢いよく開け、廊下を挟んで窓から表を見た。


 先ほどまで誰もいなかった厩舎周辺に隊士の姿が確認され、そこに通常ではない景色を二人は見た。


「緊急事態発生!」


────────


「あぁ、お疲れさん」


 昨日の魔獣襲撃で、リュシェルの雑貨店の前の舗装はガタガタに壊れた部分ができていた。アシュリーを帰したあと、リュシェルが店の奥の倉庫にいる間に魔獣はここを通って行ったようだ。


 この舗装をやり直してから店を開けるか、それとも板でも載せておくかとリュシェルが悩んでいた時。


 いつもの馬車が店の近くで止まった。

 降りてきたのは気さくな男。


「すまないね、グライン。店の前まで馬車がつけられなくて」


 こんな時に限って荷物多めに頼んじゃったね、と申し訳ない素振りで話を続ける。馬車から大きな箱を抱えてきたグラインは、表情明るく返事をした。


。いいってことよ。こっちも少し時間かかっちまったし、お互いさんさ」


 リュシェルは運ぶ荷物で足元が見えづらいグラインを、入り口を回り込む形で店に入れるように案内した。


も大変だね。ちょうど入り口が壊されてるんじゃ、ちょっと商売に障るんじゃないのかい」

「そうさね。だから板でも渡して入れるようにするかと思案していたとこさ」

「そりゃ名案じゃないか。板があるなら手伝うよ」


 リュシェルはにこりと微笑んだ。


「なら頼むよ」


 リュシェルは片手を上げて店の奥を示した。


「すまないが板を持ってくるのも手伝ってくれないかい。奥の倉庫にあるんだ。ああ、今持ってきたのもそこに頼むよ」


 グラインはリュシェルの手が示す先に視線をやり、快く頷いた。


「おお、こんなに色んな品が置いてあるんだなぁ。どこを見ても珍しいものだらけだ。さすがコルテナ随一の雑貨屋。それで、箱はどこに置いたらいいんだい?」


 グラインは指示された奥の倉庫に入ると、その品の多さと珍しさにあちこちと視線を巡らせ興奮したように言った。

 

 品物が多いからか、本来通路であるところまで大小の箱が積み上げられていて、なかなかに狭い。一種迷路のような倉庫の中、グラインはリュシェルから返ってくるはずの返事を待った。

 

 かちり、と小さな音がしたのをグラインは聞こえただろうか。


?」


 後ろについていたはずのリュシェルがいないことに、グラインは漸く気づいた。その場でぐるぐると見回す。


 小さな明り取りの窓から入る日差しに、少し目を細めた。


 ガキィン!


 鈍い金属音が狭い倉庫内に響いた。


「……ほう、やるじゃないか」


 運び込んだばかり、グラインが抱えた箱に叩きつけられた剣を握るのは、リュシェルだった。中身が同じ金属だったようで、剣同士切り結んだかのような音がしたのだ。


 本来切られるはずだったグラインは、持っていた箱を盾に既の所で飛びのいていた。


「い、いきなりどうしたんだ」


 突然の衝撃に箱を手放した大きな図体が、怯えるように震える。グラインは言葉を詰まらせながらリュシェルに尋ねた。


「全くうまくすり替わったもんだよ」


 青ざめた顔を前に、リュシェルは無残に断ち割られた箱からすらりと剣を引き抜き、切っ先をグラインに向けた。


「なに、なんだって」


 商品の並ぶ棚の端を握り、腰が引けたような恰好で視線は向けられた剣の切っ先に、グラインの言葉がまたつっかえる。


「おまえ、グラインに渡ったばかりだろう」


 ぶれることのない切っ先。

 剣を向けたままリュシェルの両眼もまたグラインから離れない。少しでも動けば、その剣は確実に前にいるものを貫くのだろう。


「渡る?」


 リュシェルは向けた剣先を前に、困惑した風をみせるグラインににやりと笑ってみせた。


「芝居は終わりさ。おまえはもう死ぬ」


 ピクリと動く指先。グラインの顔は青いまま、じわりと額に汗が滲む。リュシェルの真剣な眼差しは、その言葉が決して冗談ではないと物語っていた。


「分からないと思っていたのかい? 生まれたばかりか……いや、単に馬鹿なだけか」

「さ、さっきから何のことだよ、さん」


 引き攣りながら口を開き続ける。


「き、昨日のことでどうか、しち、しちまったのか。俺だよ、配達屋の、グラインだよ。何かと間違ってるって。お、落ち着いて」


 お前の方が落ち着けと言われそうなほどに噛み噛みで、グラインはどうにかリュシェルと話をしようとしていた。ギラリと光るその切っ先から目を離せないままだったが。


 狭い通路では剣は不利な武器のひとつだ。だがすぐに手にできたのが売り物で飾ってあったそれしかなく、どうしてもリュシェルはグラインのふりをするこいつを逃がすわけにはいかなかった。じりじりと少しずつ間合いを詰めていく。

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