第40話 正体

「話の出来るおまえのような魔物は貴重だが、生かして捕まえるのは危険でしかないからね」


 言い終えるが早いか、リュシェルは握っていた剣の持ち手を素早く逆手さかてに握り返し、間髪なく突き出した。


 押し込まれた切っ先はグラインの胸を貫くはずだった。

 だが実際は、グラインの立っていた後ろの棚の、何やらカラフルな色味のランプに命中した。

 

 ガチャンと音を立て砕けたガラスが飛び散る中、素早く振り返り、リュシェルの目は逃げたグラインを追う。


 グラインはその図体には見合わない素早さで、立ち並ぶ棚の奥へ消えた。リュシェルも逃げるその背に向かって走り、同じように角を曲がった。


 いない。


 そこには既にグラインの姿はなく、何かを感じたか、リュシェルははっとして上を見上げた。天から降ってきたのは長い間かけて仕入れ、棚に並べていた工芸品だった。


 元凄腕冒険者の名に恥じない剣捌けんさばきでこれを全て叩き切る。

 黒い影が棚の上を走った。


「飾り剣にしてはよく切れる」


 ガラガラと音をたてて床に跳ねて転ぶ品には目もくれず、気配を探る。出入り口は一ヵ所で鍵は閉めてある。立ち回るにはどこも狭い場所。


 ふいにがちゃがちゃとノブを回す音が聞こえた。


「ここのカギは閉めてある。観念して出ておいで」


 倉庫に入る前に、カウンター奥の壁の飾りにしていた剣を取り、扉をくぐって静かに静かにそっと鍵を閉めた。この部屋の鍵は外からも中からも鍵を使うものだ。リュシェルの持つ鍵を奪わずにここから逃げられない。


「今なら痛みを感じる前にあの世に送ってやるよ」


 周囲にアンテナを張りまくり、気配を探りながら剣を握りしめる。どこから来ようが通路が狭かろうが、リュシェルにはなんの障害にもならない。

 

 じりじりとグラインの気配を追う。

 床にも置いた品の数々がグラインの逃げる足を取っているようで、しっかりと耳を澄ませば本人が場所を教えてくれた。倉庫の中はリュシェルにとって迷路でもなんでもない。


 先回りしてその姿を発見すると、瞬間に距離を縮め、勢いをつけるために半回転して剣を振り下ろした。剣の風圧でガタガタと棚が揺れ、商品も震え弾けるようにあちこちへと散った。


「うわぁぁぁぁ!」


 このひと振りでグラインは壁まで吹っ飛んだ。音が後からついてくる。がらんがらんと大きな音の中、背中をしたたかに打ち付け激しく咳き込んだ。


 一撃で仕留める気でいたが、やれたのは腕一本のみだった。グラインは切られる寸前に手で前方を守り、更に後ろに飛び退いたのだ。豪快に切られた左腕は勢いに任せて弾き飛んで倉庫の床で跳ねた。


 張り詰める空気。埃が舞い上がり、空気を濁す。リュシェルが咳き込むグラインの腕に視線を向けた。腕を中ごろから切り落とされたにしては、血の量が少ない。


 そして、その紅い色の中に見え隠れする……。


「隠しきってないよ。シェイプシフター」


 銀色のぬめぬめした物体が傷口から覗いていた。グラインの姿をしたシェイプシフターは苦悶の表情でリュシェルを見た。とどめをさすべく剣を握る手に力をめ、じりじりと距離を詰める。


「なに!?」


 部屋の中が一瞬暗くなったのと被るように、また何かが割れる音が倉庫に響いた。バラバラと時間差でガラスが煌めきながら床に打ち付けられる。リュシェルは破片から目を守るために細め、少し顔を背けた。


「まさか、あの図体で…」


 リュシェルは見上げた。

 明り取りの窓がはめ殺しなのにも関わらず、グラインに化けたシェイプシフターは前の棚を蹴倒して勢いをつけ、跳ね返る玉のように窓に当たりまんまとぶち壊して外に出た。


 体の関節を瞬時に外しでもしなければ物理的に通れない狭い窓を抜けたのだ。


 慌てて追いかけようとしたが出入口は表通り、この明り取りの窓は裏通りに面していた。鍵を開けてともたもたしている間に、奴は消えているだろう。


「はぁ~。仕方ないね。この窓はあたしには無理だ。……土産を置いていかせたからまだマシか」


 瓦礫がれきと呼ぶに相応しい売り物の惨状の中、ガラスに塗れて日に光る、それはグラインの腕。



 

「なぜだなぜだなぜだ!」


 配達屋の気のいいグライン、優しすぎて自分の体も捧げてしまったグライン。その人の好さにつけ込んで、まんまとすべてを奪い取ったシェイプシフター。

 

 今そのグラインの顔は、汗か涙か涎か判別つかない水滴を纏わせて歪められていた。正体がバレるなどもってのほかだった。狙い定めた標的に、静かに渡っていくことを良しとしているシェイプシフターの、あの一戦はまさに屈辱。


 聞き取れない程の大きさでぶつぶつと呪文のように何やら唱えている。

 切られた腕から自分が流れ出ないように傷口を抱えて、よたよたよろめきながら転がるように移動していく。

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