第38話 解剖室にて(2)
『あら、この前見つけた
この前、と言えば峠で見たシェイプシフターに渡られた死体か。
なるほど。それなら緊急事態だろう。
ジェインの視界に入らなかった死体は、彼女をくるりと回してくれたカーラントのおかげで剣であるカティアの視界(?)に入っていた。
『慌てるのも分かるわ~。アレ、人間には厄介な魔物ランキング上位だもんね』
────シェイプシフター
人の中に文字通り入り込み、育つ。その間、宿主の記憶と知識を自分のものとし、宿主そっくりに振る舞う。
内臓を養分とし、全てを消化し終えると、新たな宿主を求めて獲物を探す。その際、老若男女の別はなし。次の宿主へ渡るとき、背面の背骨沿いに抜け出る。
本体は粘液性のある液体(スライム様)で、粘度は個体により様々。
唯一の討伐方法は本体の核の破壊。
核は宿主から引き
しかし知識欲が旺盛で、何人もの知恵を手に入れるのが常であり、その知識ゆえ攻撃を成功させることは極めて難しい。更に外からは被害者かどうかの判別ができないため、宿主と判明するのは
国の中枢、重要人物に渡られると、最悪国が滅ぶ。
故に、各国の最重要討伐リストの上位に古くから載り、【静かなる崩壊】と別名がつく────
この子はどうやって中に入ってきたんだ?
ジェインが転がり込んできたときから、三人の隊士に同じ疑問が浮かんでいた。
「ここは鍵がかかっていたはずだよ」
カーラントがザイストには決して使わない優しい声で言った。
「知らない。開いてたもん」
大抵の鍵なら数秒で開けるジェインは、さらっとしらを切る。
「そっか、開いてたのか。……一緒に来たお姉さんはどこか覚えてる?」
「あっちよ」
予想通り、それ以上何も咎められることはなかった。
三人の隊士の誰も少女の返しで納得したわけではなかったが、この場は年端もいかない少女に見せるものではない。まずは早々にこの小屋から退場させる為、カーラントがジェインを連れて部屋を出ようとした。
人払いをしたせいでこの部屋の周りには今、迷子を託せる人間が誰もいないからだ。扉を潜る瞬間、ばっとジェインは振り向いた。カーラントもザイストも瞬間びくりとした。
『まーたやってる。あんたの悪戯はわりと悪趣味よ?』
大の大人をどきりとさせるのは面白い。くすり、と小さく笑う。
「ど、どうしたんだい?」
「ご挨拶」
「お、偉いね。じゃあ手を振って。隊長、とりあえずこの子、誰かに託してきます」
無邪気に手を振る可憐な少女にザイストもまた手を振り返す。二人が部屋を出た途端に、ザイストは大きな溜息を吐いた。
「いやー、あっぶな。見られるかとどきっとした。とんでもない美少女だったな。隊長~、なんですかあの人間離れした子は。俺、なんでか心臓どきどきしてますよ。隊長は大丈夫ですか? 一回会ってるから大丈夫か」
ザイストはグレイの顔を確認することなく、話し続ける。
「それにあの背中の剣! いくらなんでも大きすぎやしません? もう気になって気になって。こんな状態じゃなきゃもっと話したかったですよ。あれ、隊長? どうかしたんですか?」
「いや……背中の剣か? あれは玩具だそうだ」
ザイストがほぼひとり言のように語っていた話を受けて、グレイは自分が知っていることを教えてやった。
「あれ玩具ですか! へぇ、今どきはあんなに本物そっくりで大きなやつ出回ってるのか。あの子、こんなところまで持ち歩くなんて、余程の剣好きだな」
またもひとり言状態になっていることに気付かず話続ける部下をそのままに、上司である男の頭には先ほどからありもしないはずの考えが過って仕方なかった。
出会いと今との態度の違いは、少々人見知りだっただけ。緊張も少しは解けたのだろう。十にも満たない少女は剣に興味があり、剣士の仕事である守護隊をあちこち見てみたかった。
この部屋に入ったとはいえ入り口のみだ。
あの状態からこれが見えたはずはなく、もしもこの遺体が目的なら少しも見る前にすんなり部屋を出て行くことはしないだろう。
少女の言動をみるに、この仮定で間違いはない。
なのに、何故こうも引っかかるのか。
答えの一つは分かっている。
「隊長?」
しかし、緊急を要するのはあの娘のことではない。それだけは確かだ。
グレイは優先順位を再認識して自分を軌道修正した。
「いや。ザイスト、被害者は一人だけか?」
「峠で見つけたのはそうです」
「うーむ。地理的にも既にこの街に、入り込んでいるとみて間違いなさそうだが、被害の大きさは果たしてどのくらいか……」
「緊急事態発生!」
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