第35話 守護隊本部(2)
ジェインとアシュリーの二人がソファを勧められてすぐに、扉を叩く音がした。はい、と隊士が返事をする。
「あれ、た、隊長?」
中に入ってきたのが思っていた人物ではなかったようで、隊士が発したのは戸惑いの混じる声と台詞だった。ジェインはその人物を見て、どきりと心臓が跳ねた。
昨日、声を掛けてきたのは隊長だったのか。
「なんだ、驚いた声をだして。私が来てはいけなかったか」
いやそんな、ともごもごと言葉にならず愛想笑いを浮かべつつ、隊士はこれ以上何か言われないうちにとソファに座るのを躊躇していたアシュリーを紹介した。
「おお、君が。初めましてだろうか。この町の守護隊を預かっているグレイだ、宜しく。こちらから行くべきところ、わざわざ来ていただいてすまない。昨日は災難だったね。とても怖かっただろう。それで、体は大丈夫かね? どこか怪我はしなかったかい?」
優しそうな、それでいて目の奥にぴりっとする光を隠す男。
アシュリーには温和な隊長に見えたらしく、本人も気付かぬうちにほっと息をついたのをジェインは見ていた。ひと通り挨拶のような会話をアシュリーとグレイが交わすのを、口を挟まずただ黙って見ながらそこにいた。
アシュリーとの挨拶を終えると、グレイはおもむろにゆっくりと視線を下におろした。
「……やぁ。ところで君は」
「あ、その子は彼女のところのお客さんだそうで」
隊士の言葉を後ろに、グレイはジェインをじっと見詰めた。アシュリーに向けた視線とはまた別の思惑のもののようで、なんだかジェインは居心地が悪かった。
「今日はこの子を町へ案内する約束なんです」
「あぁ、そうか、すまないね。……しかし大きな剣だ。重くはないのかい?」
背にしたジェインの漆黒の剣を見て、グレイは興味をもったようだった。小さな背の少女が持つには
「……それっぽい
ぶっきらぼうに答えた。
グレイはなるほど、と頷いてそれ以上何も聞いてこなかった。
「では、君たちの予定が台無しにならないように始めさせてもらうとしよう」
「はい、そうしてください」
ジェインへのグレイの視線を、遮るようにアシュリーは少し体を前に出して些か強く答えた。グレイからの視線が外れ、解放されたジェインは襟元に指をやり、ぶかぶかなそこを更に緩めた。
促されてアシュリーはソファへと座り、向かい側にグレイ、そこから少しだけ離れたところに隊士がノートを広げて座った。
ジェインは勧められたアシュリーの隣を断り、アシュリーの顔が見える側の窓辺へ、背を預けるように立って寄りかかり腕組みした。およそ小さな子供の仕草ではないことに、アシュリーはくすりと小さく笑った。
「それで……昨日の今日ですまないが、記憶は新しい方がいいのでね……幾つかの質問に答えてくれると有難い」
アシュリーには優しい口調で語りかける。話は昨日の魔獣について。
生きていたあの大型魔獣の一番近く一番長く傍にいたのがアシュリーだったので、些細なことでも後学の為に知りたいとそう言った。口実としては文句のないもので、特に他に含みはないと思われる。
尋ねられる事柄にアシュリーは時折ぶるっとしながらも、思い出すように目を閉じ、丁寧に答えていった。あまりにもの時にはジェインの方を見て、彼女がいるから大丈夫なのだと安心したようにまた続けた。
「数十年規模で出なかった魔獣が、何故急に街を襲ったのか、しかもあんな大物が。生態が変化したのか、他に何か理由があるのか、早急に調べなければならないな」
隣で書き込まれるアシュリーとのやり取りを確かめるように覗き込み、誰に言うかグレイは顎に手をやりそう言った。
ジェインもそれが引っかかっていた。この国は世界でも魔物が少ないということで有名だった。そうはいっても少しはいるだろと高を括っていたジェインが、干からびる一歩手前になるほどに。
冗談ではなく、別の世界へこんにちはしてしまうところだったのだ。これが隣の国ならばこんな目にはそうそう遭わない。実際、隣国滞在中は適度に遭遇し、彼女の懐と腹を満たしてくれたものだ。
大国は魔獣も怯えて息を潜めるのだなと痛感していた矢先、この街辺りで急に痕跡が出始めた。そう、不思議といえば不思議だ……。
あれ、そういえば、確かコルテナ(ここ)へ来たのは別の魔物を追いかけていてだったような……。
「……どんな理由」
ぼそり、と小さな声で呟く。
「ん?」
気付けばアシュリーとグレイの声が聴こえなくなっており、ジェインはふと顔をあげた。そこには自分を見つめる六つの瞳があった。
「君は……」
グレイが何かを言いかけた時、ノックもそこそこに扉が勢いよく開きそれを妨げた。そこにいたのは、先ほど隊長を呼びに行ってくれた隊士だった。
「お話中にすみません、緊急で。グレイ隊長、カーラント副隊長とザイスト分隊長がお戻りになり、急ぎ隊長にお話があるそうです!」
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