第36話 守護隊本部(3)
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カーラントとザイストが守護隊本部へ帰り着く少し前──。
「あ!!」
ザイストが大きな体躯に相応の声で、びりびりと空気を震わせた。びくりとした馬が二頭、嘶きながら前脚を上げる。カーラントとザイストは、よろりとしながらもすぐに落ち着かせ、再び体勢を整えた。
「なんだ、お前急に。危ないだろうがっ」
どうどうと馬に優しく声掛けしつつ、カーラントの目はしっかりとザイストを睨みつける。
「すまん、すまん!」
ザイストも自分の騎馬の頭を撫でながら面目ないと続けた。
「で? なんだよ」
視線は外さず、だが宿る光は先ほどよりも柔らかく、カーラントが口を開いた。
「ああ! やっと思い出したんだよ!」
「だから何を」
馬の次に縛り付けた箱が無事かの確認をしながら、若干苛つき気味に合いの手を入れる。ザイストはカーラントの馬に括りつけられた箱に視線をやりながら言った。
「これだよ、これ。これをやった犯人」
「なに?」
「はー、やっと思い出したぜ。いいかー? ヒントは入隊直後の座学だ。特徴はぁ、被害者の背中は大きく裂かれ~……どうだ、分かるか? まだ分からないか。じゃあ次のヒントな。あー、その中身はほぼ残っておらず~、まるで一枚の~」
カーラントが答えられないのをチラリチラリと横目に確かめ、名前を言う前にわざわざ深呼吸をする。とっとと言えとカーラントが急かしたがどこ吹く風。
「いいか、あれだよ」
ごくり、と思わず喉が鳴る。ザイストの唇がゆっくりと動いた。
「その名は、シェイプシフター!」
「あ!」
にかっと笑ったザイストが、カーラントには未だかつてないほど賢く見えた。
それは図鑑でしか見たことのない魔物の名前だった。
なぜすぐに思い出さなかった。だが、その概要は覚えている。これが真実それであるなら、コルテナは、いや……国そのものが危ないといえようか。
「ザイスト、急ぐぞ!!」
二人は今までの倍以上の速さで馬を駆り、帰路を急いだ────
────
カーラント副隊長の額に浮かぶ汗に、続くザイスト分隊長のいつもと違う神妙な顔を見てただ事ではないと理解した隊士は、偶然にもジェイン達を連れた隊士が先ほど声をかけた隊士だった。
隊長の所在を尋ねるのに捕まえられた本部勤めの隊士との三人のやりとりに、思わず口を挟んだ。
「おれ、知ってます! すぐに報せてきます!」
「おお、そうかっ。なら頼んだ。解剖室にいるから、隊長に来てもらうようにしてくれ。いいか、緊急だ! すぐだぞ!」
気の利いた隊士の走りだした後姿に声を投げ掛け、カーラントとザイストは馬に括りつけた箱を、神妙な顔で慎重に取り外した。
「申し訳ないが、急用が入ったようだ」
守護隊の隊長は振り返ってジェインとアシュリー、二人に向けて言った。
では、とりあえずはこれで終わりということで、と先ほどの書記をしていた隊士があとを続けた。ドアを開けた隊士のあまりの慌てぶりに、二人を残しておいても今日は無駄だろうと察したようだ。
その言葉を背に、グレイはそのまま呼びに来た隊士と部屋を出て行った。
「はい、じゃあ私たちはこれで」
「わざわざいらしていただいたのに、最後がこんな慌ただしくてすみません。昨日の今日で貴女も大変なところ、お時間いただき有難うございました。まだ何かありましたら次回はこちらから伺いますね」
言いながらテーブルを片付けていた隊士は、何かを察してか、ふと顔をあげた。隊士の目に映ったアシュリーは、顔を左右に、きょろきょろと目を泳がせて明らかに挙動がおかしかった。
「どうしました?」
アシュリーはびくりとした。
「いえ、あの」
隊士は、この部屋から居なくなったのが隊長だけではないことに、ようやく気付いた。
守護隊本部の裏手にある厩舎は、今日はほとんどの馬が出払い、厩舎番がいるだけだった。そこから少し奥へ行くとこじんまりとした小屋がある。
ここが所謂解剖室。
冒険者たちから持ち込まれる魔獣の中で、丸ごとのものや、珍しいものなど解剖したほうがいいものをここで解剖する。しかしほぼ魔物がでないこの国では、どこの解剖室も本来の用途のみで使われることはほとんどない。
立地的に本部の建物から少し離れており、また解剖室などという名称ゆえか用が無いのに近づく隊員はいなかった。その現状を利用して、近年は守護隊上層部が極秘の会合を行う場所でもある。
「カーラント、ザイスト」
グレイは小屋の扉を開け、良く通る声で中に向かって二人を呼んだ。木箱を足元に見降ろす形でいたカーラントとザイストは、その声に顔をあげた。
「隊長」
カーラントが部屋の扉を開けて応えた。グレイは大きな歩幅ですぐに入口に近づいていく。呼びに行ったはずの隊士も、数歩遅れて後ろを小走りに付いてきていた。
その隊士をちらりとカーラントが見るのを見て、グレイは片手を上げて隊士がそれ以上近づくのを制止した。
「ご苦労だったな。もう戻っていい」
「え、あ、はい」
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