第34話 守護隊本部(1)

「お客さま?」

「はい、うちは宿屋で……」

「あ、君もしかして!」


 一人がアシュリーを見知っていたようで、急に大きな声を出した。


「おい、ほら、この子じゃないか?」


 ああ、ともう一人も頷く。

 昨日の魔獣襲撃時、駆けつけた広場で襲われそうになっていた子がいたと居合わせた人々が教えてくれたらしく、その指差す先にいたのが、雑貨屋の主人に抱きかかえられて馬車に乗り込もうとしていたアシュリーだというのだ。


「君で間違いないよね」


 二人の隊士は確認した。声をかけようとしたがあの人波で駆け寄れず、行ってしまったと。何やら訊ねたいことがあるという。


「昨日の件なんだが、少し話を聞かせてもらえないだろうか」


 アシュリーは戸惑った表情を見せた。大方ジェインが困ったことになっているのではと声をかけてきたのだろう。それが何故か話の中心が今自分になっているのだ。あれだけ力強く声を掛けてきたのに、今はおどおどと目が泳ぐ。


「あ、そんなに警戒することないよ。君はあの魔獣を一番近くで見たらしいね。そのことで少し話を聞きたいだけなんだ」


 自分の肩に乗せられたアシュリーの手に自分の手をそっと重ねながら、ジェインはアシュリーを見上げた。


「大丈夫。一緒にいてあげる」


 昨日を思い出したのか、感情が甦って飲み込まれようとでもしているアシュリーにかけられた声。あの大きな恐ろしい魔獣を斃したのは誰でもない目の前のこの少女である。アシュリーから、人生が終わるかもしれなかったあの恐怖が、徐々にどこかに消えていった。


「……ありがとうございます」


 ジェインにだけ聞こえるように小さな声だった。


「分かりました。いいですよ」


 アシュリーとジェインはジェイン的に好感度の高い方の隊士と共に、守護隊の本部へと向かうことになった。もう一人の隊士は顔を赤らめておどおどしてばかりで、ジェインからの白い目が周りにも痛すぎだったから。


 道すがら、ジェインはアシュリーに耳打ちをした。


「あのさ、私を呼ぶときなんだけど」


 つま先立ちをしながら歩くジェインに、腰を屈めながら歩くアシュリー。前を歩く隊士には話は聞こえてなさそうだが、念の為に小声になっているようだ。


「この格好の時も同じ名前で呼んでいたら、あとで困ることになるかもしれない」


 うんうんとアシュリーが首を縦に振る。


「そうですね。じゃあ、なんて呼びましょうか?」

「サラ……。サラって呼んで」


 ジェインは子供バージョンで誰かに名乗るときは、その名を教えていた。


「サラ、ですね。分かりました。可愛いですね」


 ふふっと笑うアシュリーの横顔をちらりと見て、すぐに顔を前に向けたジェインは言った。


「……ところで、あんたはなんであそこに来たんだい? 仕事あったんじゃ……」

 「あら、お話しましたよ。もともと今日は早く仕事を終わらせて、命の恩人を探しに行くはずだったって」


 ちょっと視線を斜め上にやり、ジェインが記憶を探る。そしてすぐに思い当たった。


「思い出しました?」


 アシュリーがジェインの顔を覗き込んで尋ねた。悪戯っぽい琥珀の瞳は、彼女がもう思い出していることを知っていると語っていた。


「着きました。長く歩かせて申し訳ないです。こちらへどうぞ」


 そう長く歩いたつもりは二人ともになかったが、話をしている間にどうやら目的地である守護隊本部へと到着したようだった。ジェインと屈んで話をしてくれた隊士がそこにいたもう一人の隊士と何やら会話すると、その隊士は頷いてどこかへ向かっていった。


 恐らく、アシュリーが来たことを誰かに伝えに行ったのだろう。引率した隊士が更に中も案内する。本部といっても地方の街のもの、そんなに身構える程のものではないようで、役所のようだといってもよかった。


 案内される途中で、歩いている道の中庭を挟んで反対側から、異様な臭いがしてきた。誰かに説明されなくてもジェインにはすぐに分かった。昨日斃した魔獣のものだろう。


 先ほどの現場にはもういなかったからどこかに引き上げたのだと分かったが、こんなに人がいる建物の中とは。魔獣は腐り始めるとあんな感じで臭いのだ。大きさも大きさだったからさっさと処理をしないともっと酷くなるだろうに。


 ふと見ると、アシュリーが眉を寄せて鼻のあたりを指でそっと押さえていた。


「うわ、ここまで臭うな。大丈夫ですか、早く向こうに」


 隊士も顔を歪め、手袋越しに鼻を覆うともう片方の手で誘導を続けた。三人とも心なしか足が速くなる。


「じゃあこちらでお待ちください。担当を呼びに行かせたので、そう時間はかからないはずです」


 案内された応接室は幸いにも魔獣の腐臭に侵されていない部屋のひとつで、部屋に入るなり三人は知らず同じに深く息をした。あれはすぐに処理すべきだと、それも同じく思っていることだろう。

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