第33話 費用は誰もち?

「その報告に来た隊士はどこへ?」


 ふいに可愛いらしい声がした。思わずそこにいた隊士たちは振り返る。くるくると見回し、自分たちより遥か下に視線を向けることで、その主を発見した。


 やけにぶかぶかな出で立ちの少女。明らかに合わないサイズの服に包まれており、服とは真反対に手足は華奢なことが見てとれた。背にある大きな剣との対比がすごい。プラチナブロンドの髪が煌めく。


 こんなに綺麗な少女がこの町にいたのだろうか。成長したならば例えようのない美しさになることが約束されているような少女だった。


「ふ、ぇえ?」


 変な声が先に出て、顔を赤らめる隊士を横目に、もうひとりの隊士が少女の前に膝をついて問いかけた。


「どうしたんだい、お嬢さん。僕らに何か御用?」


 まったく守護隊といえども昨日の街の連中と紙一重ってとこか。


 ジェインは子供にまで顔を赤らめ、しどろもどろの隊士を冷ややかに一瞥すると、目の前に膝を折ってくれた隊士へもう一度同じセリフを吐いた。


「町の外のことを報告した隊士。どこにいるのか教えて欲しいんだ」

「どうして知りたいの?」


 やはり大人バージョンではないからか、子供の時はこうして言動を追及されることがしばしばだ。だからこそまだ大人のままでいたかったのに、とジェインは小さく呟いた。


「え、なんだい?」

「ううん。あのね。私たち、もうすぐ町の外にでるの」


 問われる内容を想定していたように、緑の瞳は一切泳ぐことなく隊士を真っすぐに見据えた。


「だから魔獣が近くにいるなら危ないでしょ」

「あぁ、そうなんだね。確かに町の外は今安全とは言えないかもしれないな。偉いな、君は。親御さんに教えるために訊きにきたのかな」


 感心な子だねと、隊士は微笑んだ。

 嘘は極力つきたくないので肯定も否定もせずに黙っておく。親も連れも喋る性悪な剣しかいないジェインは、隊士が答えてくれるのを待った。


「見てごらん。この広場がこんな風になったのは、昨日ここで魔獣が暴れたせいなんだ。それは知ってる? これだけの規模の街の中心迄魔獣が入ってきたのはこの国では久しぶりのことなんだよ。この街にすら現れたんだ。外では何があるか……。今、街の外に副隊長たちが詳しいことを調べに行ってるから、君がいくらそんなに大きな剣を持っていたとしても、大丈夫だと分かるまでは出立を遅らせた方がいいよ」


 なるほど。副隊長とやらが帰ってくるのを待つのがいいか。何か美味しい情報を持ってきてくれるといいんだが。


 ああそうだ、と美少女姿のジェインは小首を傾げてあざとさ満点の仕草をとった。


「じゃあ、教えて欲しいこともうひとつあるんだけど。ええと……この広場の修復代って幾らくらいになりそ? あとそれは誰が払う予定?」


 あ、しまった、ひとつじゃなかったと続けてぼそりと呟く。最後の言葉が、昨日からどうしても気になっていたジェインだった。少女の聞きたいことが予想の斜め上だったようで、隊士は思わず笑った。


「なんだい、それ。そんなのが知りたいのかい。面白い子だね」


 面白くても面白くなくても、知りたいものは知りたいのだ。にこりともしないジェインに笑みを浮かべていた隊士はバツが悪そうにちょっとだけ咳ばらいをし、横で頬を朱に染めてぼーっとしたままの仲間に声を掛けた。

 「お前知ってるか」

 「あ、え? あぁ、さっき修理費は街が出すって……」


 二人が話す間、突っ立ったままだったジェイン的に嫌いな部類の男が、しどろもどろではあるがそれを忘れるほど喜ばせる言葉をくれた。見る間にジェインの固まっていた表情がほぐれていく。


「本当に!」


 埃っぽい修復現場に、一気に春が駆け抜けた。妖精が祝福を授けてくれるとすればこんな感じだろうかと思える、柔らかくきらきらとした微笑み。目撃した人は全員愛らしさに撃ち抜かれたように釣られて笑顔になった。


「これでいいかな。知りたいことはもうないかい?」

「そうねー……うーん」


 とりあえず、修理代の件を一番気にしていたので、それが分かればこの後の予定は換金所で報奨金の支払いがいつか尋ねるだけだ。が、それはダメ元のおまけみたいな感じである。この姿のジェインが尋ねても恐らく教えてはくれまい。


 それよりも、ジェインは外に出ている隊士達が帰るのをこのまま待つか迷っていた。見つかったという魔獣をまた退治すればお金になる。稼げるときに稼ぐのがこの商売の基本だ。


 まだ狩りが終わってないんだったら嬉しい限りなんだが。


「良かった、見つけた!」


 どうしようかと思案していたジェインの背後から、聞き覚えのある声がした。ジェインが振り返る途中でさっと伸びてきた両手が彼女の肩にそっと触れる。


「あの、この子がどうかしたんですか」


 はぁはぁと短く息をしながら、アシュリーが隊士達に言った。


「君は……」

「知り合いかい?」

「はい、うちのお客様です」


 座っていた隊士が立ち上がり、今度はアシュリーの方を向く。

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