第32話 聞こえないのは神の優しさ

 今から換金所に査定が終わるのはいつ頃かの目安を訊きに、そして昨日の現場がどうなっているのかを見に行くつもりだった。だからもう少し大人の姿の方が都合が良かったのは確か。


 しかし、大人のまま向かえば昨日のが早速請求されたりするのだろうか、それなら一度子供の姿で偵察した方がいいかな~と、そんな風な考えもよぎった。


 ……ならこの姿は都合がいいといえるが。

 いや、百歩譲って、そうだとしよう。それでもやはり、急いで力を吸わなければならなくてもそうでなくとも、確かに誰もいない場所を探してからでも、自分に説明してからでも十分なはずじゃないか。


 それをこんな場所で不意打ち。


 怒りを抑えようと冷静に考えても、考えただけ腹が立ってきてしまう。


『約束は約束』

「約束? ……あぁ、あれか」


 ふん、とでも言いたげな嫌味な剣の声に蘇る記憶。


 ……あぁ、そうだ。あのせいで通常はなるべく子供でいるという約束をしたんだった。でも別に忘れていたわけじゃない。今回はちゃんとした理由があるのに。


 不特定多数に秘密をばらすかもしれない無謀なことをした理由が、ジェインがたがえたものでもない約束事のせいだった。ジェインは片方の手で拳を作り、そのままぎゅうっと握りしめた。


 口煩いこの相棒といつか離れることができたとき、思いきりぶん殴ってやるんだ。それだけ楽しみに頑張るんだ。うん。


 ぶかぶかになってしまった身なりを整えながら、ジェインは念入りにこの付近の気配を探った。幸いなことにこの路地には、第二のアシュリーはいなかった。


「本当に自分のことしか考えないやつ」


 剣に対して何か伝えるのに頭で考えるだけでは意味がなく、故に呟きは声にだす。周囲にはひとり言のように見えるが、聞かせる為には仕方ない。


「大体あんたはいつだって私の頭ん中へ言いたい放題なのに、私は周りを気にしてからでないと文句のひとつも言えないなんて」

『またそれ? 私はあんたの頭の中を覗けないんだし、出来ないこと言っても仕方ないでしょ。神様の優しさよ、きっと』


 確かに、お互い全て思っていることが筒抜けなら、ジェインは既におかしくなっていただろう。それが神の優しさだとはまったく思わないが。


 とりあえず、こんなところで剣と言い争ってもなんの意味もないと、ジェインはアシュリーの手描きの地図を見直し、当初の目的を果たすことにした。


 暫く歩くと、見覚えのある場所に出た。きょろきょろと見回して、確かめる。ジェインの目に飛び込んできたのは、規制線を張られた中で、折れた街灯を交換中の幾人もの人が作業をしているところ。


 奥を見れば、派手に壁に散った血飛沫をこれも数人、デッキブラシでごしごしと擦っていた。上の方に散ったものは窓から身をのり出してやっていた。


「あぁ、あれ、危なくないかな……」


 おろおろと目が泳ぐジェイン。脳裏に浮かぶのは昨日の自分。あいつがあちこち動く前に、ザクっと急所にひと突きで斃せばよかった。そうすればあの街灯は壊れてないし、ここ一帯の壁がこんなに汚れてもいなかっただろう。


 ……広場にできた血溜まりは、切っても刺してもできるので、それは勘弁してほしいとこだが。


 魔獣が飛び跳ねたせいで壁や広場の床が壊れたところも、また職人たちの手で綺麗に補修されるのだろうか。今は瓦礫を何ヶ所かに集めていた。昨日のような雑多な人集ひとだかではない使命を持った人の集団。それぞれが手や体を動かして修復作業を行なっていた。


「昨日いた者は固まるか逃げるかだったのに」


 ひと晩明けるとこうも違うのか。

 

 見ている間に着々と進む修繕されるあちこちを前にジェインは思わず見惚れた。


「……この街の人たち、優しかったらいいなぁ」


 思ったより沢山の人が携わっている補修現場で、請求されるとしたら幾らくらいなのだろうと白目になりつつ計算を始めたジェインがぼそりと呟いたその前で、血溜まりが見える辺りに設置された簡易テントの周囲がざわざわとし始めた。


 よく見れば昨日の白い隊服の連中がいた。隊士各々の顔が何かあったのかと思わせるものだったので、気になったジェインは近づいてみることにした。


「聞いたか?」

「ああ。副隊長とシラー、ザイスト両分隊長の三隊で向かわれたそうだな」


 その場にいた隊士たちの白い隊服は少々汚れていた。手袋も靴も土で汚れ、マントはしていなかった。彼らもまた復旧作業を手伝っているのだろう。


「最強三隊じゃないか」

「当然だ。また魔獣の何かを見つけたらしいからな。なぁ、もしかして町の外は魔物がうようよしてるのかな」

「そんなことは報告に戻った隊士は言ってなかったと思うがな」

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