第29話 痕跡(4)

「これは人間、なのか?」


「まぁ、中身はないが、多分な」


 思わぬ返答に、シラーは面食らった。

 中身のない人間とは……。二人越しに覗いてみて、理解した。


 飲みに行くと決まって馬鹿をするザイストに毎度、オマエの頭の中身は無いのか、どこで落としてきた、と嗜めていたシラーは、カーラントの言葉に素直に同意した。


 似た仏の姿を見てしまったのだ。揶揄して笑うなどもうできない。


「で、だ。魔物の仕業、でいいと思うか?」

「あぁ、そうだな。事故や怪我では、人間は中身までこんなに綺麗に失わないからな」


 赤黒く固いゼリーのような感触のソレは、形状的に人間と判断するほかなかった。裂け目から覗く限り骨や内臓などの中身はなく、しっかりとした厚みもない。が、ペラペラというには御幣がある。体が赤黒く染まっているのは背中が大きく裂かれ血にまみれたことが大きな原因のようだ。


「これは魔獣にできるはずがない。お前達、こんなことをしでかす魔物に心当たりはあるか?」


 カーラントが視線を人間だったものに落としたまま、二人の幼馴染の顔を見ずに尋ねた。じわりと額から生まれた汗が鼻筋を伝って落ちていく。


 三人が守護隊に入隊してから十数年経つが、その間この国でコルテナ規模の町付近に魔獣が現れることはなかった。その事実は、、という話を信じるに足るものにする根拠には十分で、町の住人の数が多ければ多いほど魔獣は怯え近づかなくなるから安全だと信じられていた。


 だが、小物はそうだとしても、果たして昨日のような大物はどうなのか。カーラントは背筋がとした。


 国土の多くを森や山、谷などが占めていて、手つかずの場所が数多く残っている隣国。本来ならば自然豊かな国は素晴らしいといえたが、その地形ゆえに魔物の安寧の土地になっているのではないだろうか。隣国の小さな集落は度々魔獣の被害に遭っていると報せがくるが、その魔獣たちが国境を越えてすぐのこの町に現れない保証はどこにある?


 この国では集落にいる限り見なくなったもの。人は喉元過ぎれば熱さを忘れる。魔獣の記憶も薄れている今、逃げ方さえも忘れた町は襲われたら確実に多大な被害がでるはず。コルテナを守る守護隊は、そのことを常に考え訓練を行っていた。行っていたが……。


「俺たち守護隊は皆こんなことが起こらないように、辛い訓練や難解な講義も受けてきた。そして集落という集落に仲間を配置して、命を守っていたはずなんだがな……」


 昨日から、短期間に幾つもの人生が目前で強制的に終わらされている。その事実が、彼ら守護隊に重くのしかかる。


「ああ、そうだな。俺たちの町の近くで、なおのこと残念だ。だが今の問題はどの魔物の仕業かだ。これは昨日町に入ってきた魔獣には出来ないことだろう」


 この遺体だけではやったやつの断定はできないが、内側から破られている以上、昨日の獣ではあり得ない。


 カーラントの振り絞る言葉に、真面目な声で応えるシラー。


「なんにせよ、犯人の正体は何としても突き止めて必ず狩る。それにしてもだ。昨日の魔獣もだが、何故急に魔物が出てくるようになったんだろうな? こんな街道で被害がでたり、あんな大きなヤツがゲートを越えるまで守護隊おれたちに見つからなかったのも、そもそも人間で溢れた壁の街をなぜ襲ってきたのかも不思議でしかない」


 カーラントがそう疑問を呈している間、遠い昔の記憶を辿っているのか、ザイストは腕組みしながら「まてよ~、まてよ~」とうんうん呟いていた。


「この裂けた部分、傷口が盛り上がっているのを見れば臓器は内から外に出たといえる、が……前方にも何処にも他に傷がない……か」


 背の裂けた箇所を指で示しつつ、カーラントのもう片方の指は顎と頬を行ったりきたり。残念ながらこの場で分かることはそれくらいだった。


「ではこの遺体と遺体周りの草、土を集めて本部で検死を急いでもらおう。他の者は何か遺留品が残っていないか今一度探してみてくれ」


 カーラントは立ち上がり、部下に命令した。さっと動き出す隊士たち。未だうんうんと唸っているザイストを引っ張って馬の待つ場所まで戻っていく。


 この辺りの偵察にだした部下たちが何も発見せず戻れば、すぐに引き上げてこいとシラーに伝え、カーラントとザイストは発見した遺体と共に先に街へ戻ることにした。


 何か関係しているにしろ、そうでないにしろ、一刻も早く隊長にこの遺体を見せなければならない。


「すまんが後はよろしくな」

「ああ、任せておけ」


 シラーと部下を残して、小さな木箱に入れられた遺体とザイストと共にカーラントはその場を後にした。


────


 「う~ん……」

 昼下がり、ふかふかの布団に包まった物体がもにょもにょとうごめく。いつの間にか眠ってしまっていたらしいジェインは、うっすらと目を開け、大きなあくびを何度か繰り返した。

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