第30話 リオ
「いや、ほんとにふっかふかだわ。何日ぶりかねぇ、こんな上等な布団で寝たのは」
涙に潤む目を擦りながら、更に大きな
強烈な睡魔に抗わず素直に、こんな昼間から惰眠を貪れるとは今日はなんて平和で良い日なのか。開いた窓から入ってくる風まで気持ちいい。
「お腹いっぱい食べたせいもあるかな」
ぐっすりと眠っていた原因を分析しながら、枕元に置いていた水の瓶を口に持っていく。くいっと一口含んでごくりと飲み込んだ。暫くぼーっとしていたが、ジェインはあることを思い出す。
即ち
報奨金と引き換える為に証明となる魔獣の牙を採っていた時、ここの守護隊がやってきた。あの時彼らとはひと言ふた言しか言葉を交わさなかった。
何故か?
あの場にいた興奮した
しかし、間違いなく呼び止められていたようなのだ。歓声に搔き消されたが、瞬間に見えた隊士達の困惑した顔が浮かぶ。まぁ街灯も
「やっぱりやり過ぎた分の損害、査定に響くよねぇ……」
あぁ、考えると憂鬱にもなる。
ジェインの脳裏に数々の過去が蘇る。機嫌によって色々とやり過ぎてしまうのは今に始まったことではなく、昔からのことだ。もう一度大きく溜息を吐いて、ジェインは解いていた髪の中に指を突っ込み、がしがしと引っ掻き回した。ぼさぼさになるところ、さらりとしたままの髪は指が離れるとそのまますとんと元に戻る。美しい黒髪は美しいままだった。
「報奨金はいつ用意できるのかはもう一度尋ねに行かないと分からないし、あー、もしかしたらその前に、換金所の兄ちゃんからこの宿のこと聞いてくるかもなぁ。そうなったらちょっとあれかなまずいかな。うーん、心象よくする為にはやっぱ自分から出向くか」
うんうんと頷いてベッドから足を下ろす。出ていくお金は僅かでも少ない方がいい。
『はっ。助けてやったのに賠償なんか言ってきたら全員たたき切るといいのよ』
物騒なワードがジェインの頭に響いてくる。
血の気の多いやつめ。
物事は穏便に済ませたい派の自分とは本当に相性の悪いことだ。
ジェインはふるふると首を振った。
服を着直し、髪を結び、剣を腰に、支度を整えて部屋を出た。最上階から一階へ降りて行くべく階段へ向かうと廊下の端に小さな子供が立っていた。金髪の可愛らしい顔立ちの子ども。何故だかじーっとジェインを見つめている。宿泊客だろうか。
「ハイ」
軽く手をあげ挨拶をしてみたが、穴が開くほど見てきているのに、子供は何も言葉を返さない。子どものやることは理解できないことが多いものだ。ジェインにはそれ以上その子どもと関わる気はなく、上げた手をひらっとさせると横を通り過ぎた。
「……お姉さん」
通り過ぎ、階段を二、三段降りたあたりで、後ろから声が聞こえた。ジェインは立ち止まり、声の方へ顔を向けた。先ほどはジェインの挨拶を綺麗に無視していた子どもが、またも真っすぐこちらを見ていた。
「なにかな?」
大人だからね。無視されたくらいでは怒らない。ジェインは軽く笑顔で応えた。
「もしかしてお姉さんが、アシュリーを助けてくれた人?」
ジェインが助けたとされる宿屋の娘の名前が、愛想のない子どもの口から出た。
この子はあの子の知り合いか。
ジェインはこくりと頷いて見せた。
「本当に! それは本当!?」
駆け寄ってきた子どもが飛びかかってくるのかと、思わず体が引いてしまうほどのリアクションだった。先ほどの声のテンションと態度とはひどく違う。
「あ、あぁ、本当だよ」
不思議な子どもだ。
おっかなびっくりジェインは返事をしながら観察した。薄い日の光のような金色のくるくるの巻き毛に、白い肌、背はジェインの半分にも満たない。子どもジェインと同じくらいだろうか。服は別段凝っているものでもなく外出着でもない。履物に至っては遠出するものとは思えない。
……近所の子か?
「お姉ちゃんを助けてくれてありがとう」
「お姉ちゃん……え? あの子の妹?」
にっこりと笑顔を向けた巻き毛の子どもは、アシュリーの姉妹だと言った。似ているような似ていないような二人。思わず指を指してしまう。
「妹? 違うよ。僕は弟のリオ」
弟? なるほど、弟か。昨今は男女の性差がなくなりつつある、なーんて、どこかで誰かが言っていたような気もするが、子どもだからこれほど当てはまるのだろうか。
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