第28話 痕跡(3)
いかに陽気な彼らとはいえ、緊張感で口数が少なくなるのは当然だった。
昨日のようなあのスケールのものが何処に潜んでいたのか、見当もつけられていない。しかし、だからといって再び町に侵入させるわけには絶対にいかないのだ。
副隊長と二人の分隊長の目が辺りを警戒しながら進んでいく。奴等と対峙したとしたら、確実に
山に入り、町が見えなくなったところで、同じ色の服が集まっているのが視認できた。小さく見えたそれは暫くして大きくなり、この方角に偵察にだした隊士が一ヵ所に集まっているようだった。
カーラントは両隣の二人に視線をやり、シラーとザイストは後ろの隊員に合図を送り皆を停止させた。一番先に馬をおりたのはシラーだった。
「連れてきた隊員はこの付近を警戒させておく」
ざっと周囲を確認し、今のところ迅速に対応すべき脅威はなさそうだと判断したシラーは、そう二人に向け言うと、二人の馬の手綱も預かるように後ろの隊士に指示を出す。手綱を部下に渡してカーラントとザイストは隊士が集まる
「副隊長! ザイスト分隊長!」
気付いた隊士が声を上げる。それにより他の隊士も振り返った。返答の代わりに二人は片手を上げ近づいた。
「報せを聞いた。何か見つけたって? なんだ? 魔獣関係という一報だったが」
「はい! いや、あ~、そう、だと思われます、が……」
勢いよく返答したかと思えば、続く台詞の歯切れが悪い部下の物言いに、カーラントとザイストは少し首を傾げる。二人が近づくと隊士達はざっと後ろに引いて、道を開いた。そのままのスピードでそこを歩く。
遠巻きにして見ていたようで、ナニかがあるのは集まった隊士達から二メートルほど先だった。二人は躊躇わず足を踏み出す。
と、風の向きか急に飛び込んできた鼻につく悪臭と共に、一瞬なんだか分からないものがそこにあった。
「なんだ、こりゃあ」
初見で理解できたのは赤黒いナニかだということ。
無造作に打ち捨てられていたのはおおよそ数日ほどのようで、表面は乾いて光沢はない。長さは一メートルあるかないか。だが、折り曲げられているようでもある。
カーラントには姿的に思い当たるものがあったが、じっと見て分かるのはアレにしては極端に薄いということ。森側を向いた箇所に目をやると、黒い糸が集まったものか、それともそうした布かそう見えるものに、液体か何かがべっとりと張り付いていた。
赤黒い中に少し違う種類の何かもくっついていて、申し訳程度の布切れがかなりの広範囲であちこちに引っ付いていることが判る。
二人はその場に腰を落としてそのナニかを詳しく調べ始めた。この物体を中心にして周りの植物に赤黒いものが点々と散っているのが、わざわざ見ずとも視界に入る。カーラントは細める目で不快を表しながら、懐に入れていた小さなナイフを取り出すと鞘からそっと抜いた。
隣のザイストがごくりと唾を飲み込む。
「まさかオレの考え通りじゃないよな……」
ザイストの台詞に、黙って頷く。カーラントは握りしめたナイフの刃の腹で、赤黒いナニかを傷つけないようにそっと触ってみた。硬いゼリーのような感触。長い髪のようにも見える黒いものと布切れを慎重に剝がしていくとその下に、白い粒々と共に大きく黒く開いた箇所を発見した。
それは鋭利なもので切られたのではなく、裂けているという表現が適切だった。そのまま大きく裂けた穴にナイフの先を差し込んでみる。何人かの隊士が見るに耐えられず、離れた場所でげーげー言い出すのを横目で見ながら、ザイストも戻ってきそうな朝飯をどうにか胃に戻していた。広場の血飛沫は平気でも仲間のそれにはつられてしまうようだ。
「……ない」
いつもは明るく軽い口調のカーラントが、聞いたこともない低い声で言った。眉根が思い切り寄せられているので、楽しんでいないのは初めから明白だが、副隊長のこんなに真剣なところを見れば普段の姿を見慣れている隊士たちには、十二分にこの緊迫感が伝わるというもの。
「ない、のか」
うぷうぷと謎の言葉を挟みながらザイストが言った。なにが、と訊かないところで辛うじて分隊長の威厳を保つ。
二人には分かっていた。
白い蛆に集られる、このゼリーの塊のような赤黒いものがなにかということが。
「どうだ? なにか分かったか?」
部下に指示を終えてやってきたシラーに二人は顔を上げずに答えた。
「あー……、シラー、お前がこいつに中身が云々って言うの、ちょいと控えた方がいいな」
「は?」
シラーには中腰で座る二人に隠れて、まだソレが見えていない。
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