第27話 痕跡(2)

 うんうんと大きい体に見合わない可愛らしい仕草で返事をするザイストに、更に白けた目を向けるシラー。普段通りの二人にいつもなら自らも絡むカーラントだったが、今日はそういう訳にはいかない。


 だが現段階で深刻な報告がないということは、討伐終了からこの時間まで、この大きさの血溜まりに誘因されて塀を越えたものがなく、触発されて暴れだす小物もこの町にはまだ入り込んでいないということか、と少しだけ安堵した。


「お前らも朝飯まだだろ?」


 にやりと笑うとザイストがさっきまで自分がいた辺りを指して言った。


「本格的に始める前に軽く食べておけよ」


 食べるのが大好きなザイストは、早朝での呼び出しの時にいつも軽食を用意していたが、今日もそうなのだろう。ウィンター家の料理長のサンドイッチは格別だった。


 しかしこんなに血の臭いが漂う残骸の中、こうも楽しめる視界だと食欲が湧くはずもなく。既に断っていたらしいシラー同様に、カーラントもそれに倣った。


「いつもすまない。今日は気持ちだけもらう」


 好意に謝意を伝えつつ、カーラントが連れてきた後ろの隊士に合図を送るが、誰も列を離れなかった。流石にともすれば吐き気を催すような臭いで満ちたこの現場では、誰も空腹を感じないようだ。


「なぁに、オレが食べたいだけさ」


 カーラントとシラー、その部下たちは喉を通すのが難しかったが、ザイスト隊は違った。血生臭さを物ともせず、我先にとあっという間に山とあったサンドイッチが隊士たちの口の中に消えていく。


 ザイストの食べたいだけと言ったのも嘘ではなかったらしく、自分用に別途多めに作ってもらっていたサンドイッチをあっという間に頬ばっていた。毎度ながらの食べっぷりを眺めながら、カーラントとシラーが苦笑いしていた、その時だ。


「ふく、副隊長! 副隊長!」


 その呼び声は只ならぬものだった。


「ここだ! どうした!」


 言いながら急ぎ足で声の方へ向かう。瓦礫に思うように進めず、四苦八苦しながらも走ってきた部下が、カーラントを視界に入れてあと少し、最後に足をもたつかせ倒れこんできた。運よく目当ての副隊長に受け止めてもらい、その隊士は息を切らしながらも言葉を紡いだ。


「まじゅ、魔獣の」


 昨日の今日である。守護隊は念の為、町の周囲に魔獣の仲間がいないか、また他の魔物がいないか、集まってきてはいないかどうかの調査にも向かわせていた。倒れ込んできた隊士の慌てぶりに、カーラントは向かわせた隊士たちが、どうやら他にも存在の痕を見つけたのだと気づいた。


「他にも魔獣がいたのか」


 隊士は否定するように首を左右に振った。


「では何か見つけたのか」

「はっはい……裏門を出た先、街道の、街から少し離れた、峠のとこ、ろです」


 はぁはぁと息を継ぎながらも彼は答えた。身振りも入れると、隣国国境へ向かう街道の恐らくこの街に近い手前の山の中で何かを発見したと伝えているようだ。カーラントはその場にいた部下の一人に目配せをして、座り込む隊士の相手を代わらせた。


「馬の用意をしてくれ。俺は現場へ向かう。誰かこのことを隊長に報告しろ。シラー、ザイスト! 念のためお前たちも一緒に来てくれ」


 素早く指示をだし、カーラントは隊服の襟と首の間に指を入れてぐりぐりと動かし緩めつつ歩いていく。まださほど暑くもない季節だったが、彼の額にはじんわりと汗が滲んでいた。


「ナニか見つかったって?」


 先頭を行くカーラントに馬を近づけながら、シラーが言った。先刻から分隊長が副隊長に砕けた言葉を使っているのは、カーラントとシラー、ザイストが幼馴染であるからだとは周知の事実。


 守護隊ではカーラントが副隊長、シラーとザイストは分隊長でカーラントが二人の上司にあたるが、勤務明けにはよくつるんで飲みに行くほど仲が良かった。また彼らの部下の隊士同士も同じようによく交流し、互いに気心が知れていたので作戦の上でも何かと連携しやすく、通常は別々に動いていても集まれば長らくひとつの隊であるかのように統率がとれた。


 危険の確率が高い任務時は、安心して背中を任せられる相手と一緒に行動するのが理にかなっているというもの。


「あぁ。まだナニかははっきりしてないんだけどな……」


 ちらりとシラーを見て、カーラントはすぐに視線を戻すとそう答えた。舗装された街周りの道からそろそろ山道へと入る頃合い。この山道は暫くは馬車もなんなく通れるほど広い街道なので、馬を走らせることに不都合はない。


 ただ、進むごとに石畳などで整備されていない道になっていく。

 数日前に降った雨の名残もなく、ぬかるんだ場所は見渡すだけではないようだった。馬の歩を進ませていくと次第に道の左右ともに植物が幅をきかせはじめ、道脇に叢とその奥に木が見えだした。


 薄暗い山の奥、いつ昨日のような魔獣が飛び出してくるかわからない。

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