第25話 検証─守護隊本部にて(2)

「あぁ、そうらしい」


 カーラントの問いかけにグレイは小さく頷き答えた。

 到着時、彼女は魔獣から報奨金をもらうために必要なを採取中だった。この大きな魔獣の牙を叩き折っていたそうで、今この残骸の口には片方の牙がない。その体は返り血で赤く染まってはおらず、手にした剣にも相応の名残のようなあともなく、真実斃したのか疑うには十分だったが、その場にいた誰もが彼女が斃したのだと証言した。


 確かに他には武器を持つ者すらいなかったし、彼女は片方の手に叩き折ったばかりの牙も抱えていた。これほど硬度の高い魔獣の牙を、短時間で叩き折るなどそう簡単にできる者はいない。それが出来るとすれば、やはりこれを斃した者ということだろう。


「そう簡単に信じられないが、今のところ覆すものもないのだ」


 カーラントは当時東門にいたので、駆けつけるのが少し遅くなった。それゆえ賞金稼ぎバウンティハンターの女を見ていなかった。


「で、どうしたんだ」


「あ、そうでした。今から昨日の現場に向かいます。早く検証を終えないと修理が始められませんからね」


 事件発生時は夕方過ぎで、討伐されたのは街灯のつく時間だった。血の匂いに他の魔物が寄ってこないとも限らないので死体だけは守護隊本部のあるこの建物の中へ移動させたが、現場の街灯が幾つか壊れていたこともあり、細かな検証ができなかったのだ。


「分かった。あぁそうだ、すまんが途中で換金所にも寄ってくれるか」


「例の賞金稼ぎですか?」


「ああ。この件は早急に首都に知らせなければならんが、昨日は引き留め損ねてな。街の連中が換金所に案内するとか礼をするんだとかで大勢で囲んで、まともに話が出来ず仕舞いだ。討伐時の詳しい話を聴かねばならんし、本部に来てくれるように声はかけたが……。あそこなら彼女は確実に現れるからな。念のためだ」


 金だ、お礼だ、お祝いだと口々に騒ぐ連中に揉まれながら姿が見えなくなった賞金稼ぎへ、明日にでも本部へ来てくれるように声をかけた。が、果たしてそれが聞こえたかどうか。グレイは昨日の喧騒を思い出していた。


「大体の査定は終わったようだが、このレベルのものならこの町では報奨の金が足らないだろう」


 眼前に横たわる魔獣。グレイは間違いないとばかりにそう言った。


「あー、まぁ、でしょうね……。わっかりました。当時の現場はかなりの人だったそうですね。それなら聞こえてないかもしれません。顔見せたら、うちにも寄ってくれるように頼んできます」


 さてと、と呟いてグレイに軽く会釈をすると、カーラントは魔獣の死臭が充満する部屋を後にした。


 部屋を出てすぐにホールへと向かう。そこには現場に向かう隊士達が既に集まっており、カーラントを待つ間、各々に語り合っていた。カーラントの姿を認めると、すぐに隊列を整える。


「カーラント副隊長」


 一番先頭の隊士がさっと姿勢を正した。

 カーラントは頷いて口を開いた。


「おう、待たせたな。皆集まってるか? 聞いてると思うが、これから昨日の現場へ向かうぞ」


 はい!!と大きな声と共に、靴音を幾つもさせながら、カーラント率いる小隊は昨日の現場となった広場へと検証に向かった。

 

 途中、早朝ではあったが、この町唯一の換金所のドアを叩き隊長からの言伝を伝えた。店主には甚だ迷惑であっただろうが、検証帰りが何時になるのか不明であったので致し方ない。


「うちへ案内してきた連中、今日は支払えないって言うと、あっという間に嬉々として飲み屋へ引っ張っていきましてね。まったく書類だけでも書いていって欲しかったんですが……。彼女が酔い潰されていないか些か心配ですよ」


 店主の顔が少し曇りながらそう話してくれたが、あの魔獣を斃したのが真実当人であれば、ただの人間の男の一人や二人や三人、いや何人であろうとあしらうのは簡単だろうよ、とカーラントがぼそりと呟く。


 じゃあ顔を見せたら守護隊本部に来てくれるように話してくれと伝えたところで、後から出てきた店主の息子が昨日自分も受付にいたのだと言い、その時滞在するならと宿を教えたと話してくれた。

 

 その宿に泊まっているかどうかは不明なものの、カーラントはそれも教えてもらう。どんな情報も細かく聞き取っておくものだ。何時何処で何が役に立つものになるか分からない。


「イリナ、悪いが引き返してこれを隊長に渡してきてくれ」


 換金所を出たところで部下の一人を呼び、先ほど教えてもらった宿屋を走り書きしたメモを渡した。


「しっかしまぁ、今日はながーい一日になりそうだぜ……」


 並ぶ建物から差し込む太陽の眩しさに目を細め、カーラントは広場へと歩き出した。昨日と違い時間が早朝であり事件時よりは集まる人はそうはいないと考えていたが、到着して己の誤りに顔を顰めた。


 魔獣が通ってきた広場に至る道、そして現場とかなりの場所で規制線を張っていたが、そのどれもに人が集まっていた。魔獣が斃された現場であるここでは、規制線の中に連れてきた隊士全員を入れるのに少々の時間がかかるほど。


 漸く内側に入った直後、初めて現場を見たカーラントの目に飛び込んできたのは、思った以上に驚愕する戦いの跡だった。

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