第24話 検証─守護隊本部にて

 コルテナの守護隊本部は、この街の中央にあたる場所から少し表門(首都側)寄りにあった。この本部から四方向にある門に詰め所を置き、各々数十人ずつ配置、それを小隊に分けローテーションを組んで任務にあたっている。当然壁の内外の周りにも配置してあり、日に数回見回りをしていた。


 とはいえ戦時下でもないのでかなり緊張感のない毎日を過ごしてきたことは確かだった。ここ数日前までは。少し離れた場所での噂は把握していたが、まさかが強く、他の何かのように、元は大したことがないものに尾ひれがついたのであろうと、高を括ってしまったのだろうか。


 魔獣など所詮人間に恐れをなして自ら暗闇へ、山の上へ、森の奥へ逃げて行った臆病な微力な者どもだろう、と。


 そこが今回の失態の原因のひとつであることは疑いようがない。


 国境側である裏門に現れたのは、小さくも、人間に恐れをいだいて隠れていたような非力なものでもなかった。


 姿を見たと思った時には既になく、あっという間に門を突破された。腕に覚えのあるものばかりの隊士が誰一人何もできなかった。見失った後、直ちに本部と他の三つの門へ報せをだし、緊急配備を敷いて魔獣を追いかけた。魔獣は体が大きかったので、再び見つけるのには困らなかったが、足跡が広場近くになるにつれ犠牲者が出始めた。


 人が多くなる時間帯で駆けつけるのに訓練の数倍の時間を要した。その間にも多くの人々が殺されていくのかと隊士達は全員が蒼白な顔になりながら、できる限り以上の速さで駆けつけようとした。


 魔獣が足を止めた現場は中央広場付近。


 思った通り沢山の人で埋め尽くされていた。その現場に到着するまでに数人の遺体が転がっていた。遺体は千切られ、潰され、嚙み砕かれて足の先しかないものもあった。だが、圧倒的に少ない。通常この手の大きさの魔獣は一度に数人捕食し、また空腹でないときにも食べずにいたぶって殺すだけを繰り返し、被害が拡大するものである(魔獣図解書による)。


 そうであるのに、この個体はまるで目当てがあるかのように、先を急いでいるかのように感じられた。地理的なこともあり、本部から出動した隊士が到着したのが、全ての門からのどの隊よりも早かったはずだった。


 今日の時点で、この街に新たな冒険者、及び賞金稼ぎが入ってきているとの報告を受けていない。住民の中の元冒険者や賞金稼ぎ、即ち戦闘可能な者は数人程度であり、その者たちがこの街の中、今どの辺りにいるかなど把握しているわけがない。運よく判明しても報せに行くには時間がかかるだろう。


 この騒ぎを知って駆けつけてくれ自発的に参加してくれたのか、または偶然に居合わせ、討伐に加勢してくれたのか? 


 いや、それは都合の良い妄想でしかないだろう。


 魔獣遭遇率が世界でもダントツに低いこの国には、そもそも賞金稼ぎはあまりやって来ないのだ。隣国に行く途中で寄ったにしても年に少数で、偶々その場に居合わせる確率は決して高くない。要するに確実なところ、当時守護隊だけが魔獣と戦え、それも最速なのは本部からの隊であったはずなのだ。


 だが現実はどうだ。

 目の前に広がるこの現状をどう理解すればいいのか分からない。


 コルテナ守護隊の隊長であるグレイは昨日の回想を巡らせながら、広場から回収してはきたものの、あまりの大きさに床に広げられた防水シートの上に転がされただけの魔獣の死体を見つめていた。


 かけられていた布を半分ほど捲り上げて、体に残る闘いの痕をもう一度確認しにきたのだ。すっぱりと淀みなく綺麗な切り口が、魔獣の体に縦横無尽につけられていた。幾つかの肉片も回収してきたが、これもまた見事に切り落としてある。


 これを仕留めた賞金稼ぎは美しすぎる女剣士だった。


 やりすぎたと本人が言っていたことと、彼女の様子、そしてこの惨状をみれば、彼女はこの大型の魔獣を一撃で仕留められたに違いない。違いないが……いや、まさかそんな。あんなに女性らしい華奢な腕と美しく細い指先で? 折れそうに細いレイピアのような剣を使い? 


 到底信じられない。


 肉といわず骨までもすっぱりと切れている断面を見て、彼女の持つ剣の切れ味の良さはここまでかと知らず唸る。


「……隊長、グレイ隊長」


 薄暗いホールの入り口に陽光を浴びて影が伸びた部下の一人が声を掛けた。グレイが顔を上げて振り返る。そのまま近づいてきて彼は隊長の横に立った。


「カーラントか」

「何度見てもこの太刀筋は凄いっすよね」


 カーラントは横たわる魔獣だったものをまじまじと見つめて、感心するように言った。ここまで運んでくるのでさえ何人もの隊員が必要だった。足の太さ、頭の大きさ、胴体の長さ、そのどれもが見たこともないほどに大きく、尻尾に至っては三本もあった。それもかなりふさふさとしたやつがだ。生きているときに遭遇せずにすんだことに、多くの隊員が胸を撫でおろしたことだろう。


「隊長、これを斃したのが賞金稼ぎの女って……本当ですか」

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