第22話 対面(2)
「あ~、金だよ金。あいつかなりいい金になるからさ、狩っただけなんだよね」
意図したわけじゃない結果で、英雄みたいに感謝されてるのがどうにも居心地が悪い。ジェインは正直に言った。
「だから、あんたを救うために剣を振るったわけじゃない」
一瞬の間の後、アシュリーとゴーシュが揃って声を出した。
「そんなことは関係ないです!」
「そんなことは関係ありません!」
語尾を除き、仲の良い家族の証明のような息のぴったりさだった。二人はそれぞれに続けた。
「あの時お姉さまが来てくれなかったら、私は、私は」
「貴女が来てくれなかったら、アシュリーは今ここにはいないはずです」
アシュリーは言葉に詰まり、せめてもの意思表示にと叔父を見てうんうんと頷く。ゴーシュは続けた。
「貴女は賞金稼ぎを生業にしていると聞いた。貴女にしたら狩りを行っただけだと言われるだろうが、まさにアシュリーに襲いかかろうとした魔獣を倒してくれたことでこの子が助かった。その結果になんの違いがあろうか」
首が取れるのが心配になるほど、隣に立つアシュリーが首を縦に振る。見ているこっちが頭が痛くなりそうだ。
「あ~……あっそ」
別にいいけどね、それでも。呟いたジェインの頬に少し朱が混じる。
「この子の命を救っていただいたというのに見合うお礼ができそうもないのが心苦しいのだが、聞けば今夜の宿はまだ決めておられないとか。ならばこの街にいる間、うちで世話をさせていただけないだろうか。お礼代わりにもならないが、精一杯のもてなしをさせてほしい」
そう言うとゴーシュはまたも深々と頭を下げた。結ぶ両手の拳がふるふると揺れている。アシュリーもそれに倣い礼をする。しながらこっそり顔を上げ、ちらちらとアシュリーの顔色を伺う。
『全く褒められるのに弱いんだから。いいんじゃない。ここまで言うならタダでしょ』
ジェインの頭に突然に声が降る。ジェインはちっと小さく舌打ちした。
「あー……、分かったから頭を上げてくれないかな。あんたたちみたいな人に頭を下げられるのは苦手なんだ」
「では……?」
ジェインの声掛けに、二人はそうっと顔を上げる。その顔に向けて、ジェインは降参だと言わんばかりに両手を上げて見せ、ふっと笑顔を見せた。途端に二人は手を取り合い喜んだ。
「あ、宿代はちゃんと出すからね」
「え! それじゃお礼になりません!」
但し書きのようなジェインの言葉に、手を取り合ったまま振り向いて、アシュリーが焦ったように言った。ジェインは真っすぐ琥珀の瞳を見つめると、真顔で答えた。
「受け取らないというなら仕方ない。このまま出ていくとしよう」
向かいあう宿の店主と看板娘。ひとしきり視線で会話したあと、首を振り続ける看板娘を前にしながら店主が折れた。
「分かりました。……では、お気持ちだけいただくとしましょう」
「おじさん!」
すらりとした足をゆっくり組みながら、満足げにジェインは微笑んだ。
「そうしてくれるかい? じゃあ報奨金が貰えるまでの数日、世話になるとしよう」
────
「どうして、おじさんったらお金なんて」
先ほどのことがまだ納得できないらしいアシュリーが、調理場に入るなりゴーシュに詰め寄っていた。あまり怒ることのないアシュリーの顔がまさに噴火寸前。
「いいか、アシュリー」
その顔を見ながらゴーシュは苦笑いし、先ほどの件の真相?を説明した。
「あのまま金は取らないと言い張ってみろ、きっとあの人は言葉通りうちからすぐに出ていってたぞ」
ゴーシュは確信していた。あの顔は絶対に覆せない、決定事項を通達する表情だった。意見の余地などないのだ。昔頑固な司令官があんな感じの顔をした時は、絶対に意見を変えなかった。ここで折れるのが正解なのだと、そう淡々と説明してみせた。
「でも、命の恩人からお金なんて」
それでもまだ不服な様子でアシュリーは口を尖らす。ゴーシュは手を洗いタオルで軽く拭くと、調理の続きに取り掛かりながら、それは心配ないと笑った。
「さっき俺は気持ちだけって言ったはずだ」
「え?」
「気持ち気持ち。気持ちは幾らでも気持ちってことだ」
ニカッと笑うゴーシュに、アシュリーはきょとんとして、暫くして「ああ!」と手を叩いた。
「それよりアシュリー、あの部屋にはまだ飲み物を置いてなかったろう。何本か見繕って届けてくるといい」
「はいっ」
返事もそこそこに飲み物の入った冷蔵庫を開けて、アシュリーは抱えきれるのかと疑うくらいの水やジュースを手にすると、すぐに恩人のところへ戻っていった。
「それでゴーシュさん、もしかしてアシュリーを救ってくれた方来てるんですか? 昨日の?」
調理場で働いていた店員たちがアシュリーが出て行った扉の方を見ながら、ゴーシュの周りに集まり尋ねた。
昨日、日が暮れてもなかなか帰ってこなかったアシュリーが巻き込まれていた魔獣騒動。遅番は実際に、早番は交代の時にそれを知った。働く仲間が危険な目に遭ったと聞いて、誰もが肝を冷やした。そして、運よく怪我もなく救われたという事実に胸を撫でおろしていた。
その功労者が今、ここに来ていると。
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