第11話 祝杯

 だが、最近その国境からこちらで変化が見られるのだと行商人が声を揃えて言うように。例えば、比較的人間の活動区域に近い場所で深々とした爪痕が木に残されていたり、まるでニアミスしたように生臭い残り香がしたり、また普段耳にすることはなかった遠吠えが聴こえてきたり、と。


 更に段々とその回数も多くなってきているということで、先日ついに国から街道を行く旅人や行商人などに注意喚起が出されたばかりだった。


 だがあろうことか被害を受けにくいとされる、壁に囲まれたこの街が襲撃を受けた。守護隊も常駐する上で簡単に侵入され、被害者が数人もでてしまった。間にあった柵だけの村々は大丈夫だったのだろうか。


 すぐに守護隊が確認に向かったらしいが、この街に来る前にどこかの村を襲っているかもしれない。警備隊もいない小さな小さな集落など、あの大きな魔獣に蹂躙されつくされていたとしても驚きはない。被害状況がいかばかりか、報告が気になるところだ。


 と、魔獣撃退後、危機を脱した後コルテナの人々の多くがそのことに会話を巡らせた。


「おれはもう一回礼を言うぜ! ありがとな姉さん!」


 俺も俺もと続く礼の言葉も何度店内に響いたか。もうあちこちでへべれけに酔っぱらっているのが何人もいた。机に突っ伏してや壁にもたれ掛かり、酒瓶を手に床に転がって寝てる奴らもいた。広場で彼女の活躍を見た連中が、その興奮のままここにこうしてなだれこみ、何度も助けてもらったお礼を言いながらその都度祝杯をあげているのだ。


 中心人物である彼女はといえば、祝杯と共に運ばれてくる食べ物に手を出し続け、豪快に食べ捲っていた。討伐に体力を使い切ったのか余程空腹だったらしい。


「いや、しかしお姉さんはこんなに別嬪さんで腕もよく、食いっぷりもいいってか! いやぁ、こりゃあ惚れるなぁっ」


 大きな魔獣を簡単に斃したという人物は、この街の誰もが見たこともないと断言できるほどの美女だった。後光でも差しているのかきらきらと、とにかく眩しい。時間が経つにつれてそれが増していくのは酒量に比例していそうではあったが。


 最初の頃は流石に緊迫した場面を打開してくれた恩人に素直にお礼が言いたかったようだったが、酒が入り騒ぎまくり、また浴びるように酒を飲む、とここまでくると、違う欲求が頭をもたげてくる恩知らずもちらほらと出てくるようで。


 話しかけながら隣にさりげなく(自分ではそのつもり)来ては、白玉のような肌をひと撫で、光る黒髪をひと房触れようと手を伸ばす輩が。


「いやいや! 肩にごみが、ごみ」


「髪に何かついていたんだ、本当さ、ほんと」


 が、伸ばすだけで触れられたものは誰もいない。その前に必ず石にされるかの如く睨みつけられたから。吸い込まれそうなほど美しく、潤んだ緑玉の瞳に。酔ったからなのか美女の前だからか、どいつもこいつも顔を赤くして口ごもって終了していた。


「はぁ~……。こんっっなに美しい人が賞金稼ぎなんてさぁ、本当に何がどうしてなんだろう……」


 彼女を眺めながらかジョッキを眺めながらか、机に上半身を委ねた若い男がぼそりと呟く。


 彼女は自分を賞金稼ぎだと名乗り、斃した魔獣を換金したいからこの街の換金所を教えて欲しいとその場に来た守護隊に尋ねた。集まっていた者たちはそれを聞いて、皆一様に驚いた。


 確かに剣の腕は凄まじいレベルだった。ほんのちょっと垣間見ただけでも分かったものだが、そうだとしても、こんなうら若き、存在自体がきらきらと輝く代わりに、背景をセピア色に褪せさせてしまう特技(?)を持った乙女が、そんな生臭い生業をしているなんて。実際に多くの人が目の前で目撃したらばこそ、そうじゃなければ誰が信じようか。


 世界に蔓延る魔獣や化け物などの人外を撲滅するため、国々はそれを討伐するシステムを構築した。だが各々騎士や兵士などは国を守るために当然必要であり、そこから割くことは国防的に難しく、故に別に編成することにした。それが守護隊。

 

 しかしながらこれだけでは末端まで守れるはずもない。魔物たちは世界中のあちらこちらに散らばっているのだ。そこで世界中の統治者たちは腕のあるものたちに国の別なく手伝ってもらうことにした。これが賞金稼ぎの成り立ちだった。


 仕留めた魔物どもは始末したことを証明できるよう判別可能な一部を採取し、世界各国の至る所に作ったある店に持ち込んで見合った報奨金を受け取れるようにした。これが換金所である。


 この賞金稼ぎのような職に就くものは、腕に覚えがある者なのは勿論、その殆どが冒険者崩れで金の亡者といっても過言ではないような者ばかり。暴力を仕事にするものは総じて荒々しい気性の者が多く、犯罪者まがいのものいるという。


 即ち、この目の前の、神が丹精込めて作り上げたのだと疑いようもない存在が就く職業だとはどうしても信じ難い。と、この寝そうな若い男はそう言いたいのだろう。


 可愛らしい唇にひょいひょいと感隙なく食べ物を運ぶ、当の本人はそんなこと気にも留めていないようだが。

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