第12話 出奔
この街は初めてきた。
奴を見つけたのも仕留めたのも夕刻過ぎて日も落ちてからだったから、自力で探すのではなくて訊いた方が早いと換金所の場所を尋ねた。
暗いと迷う。デカい街は迷うし、まぁなんやかんやで迷う。だから訊いた方が早いのだ。案内してもらうともっと早いが、買って出てくるのはいつも下心ある奴ばっかりで、それはそれで鬱陶しい。
じゃあなぜ今こんな状態かと言えば、空腹には耐えられない、その一言に尽きた。
ごくり、と喉を鳴らして何杯目かの酒を体に入れる。
なんのかんのタダ酒はやっぱり美味い。白い玉肌がうっすらと桃色に染まっているのが彼女に何ともいえない妖艶さを加えている。その姿をチラリと盗み見る男どもの喉も、意味ありげに上下する。
換金所に案内してもらったまでは手間が省けて良かったが、思ったよりもあの魔獣は大物だったようだ。守護隊が査定を行うこと、その査定には少々時間がかかるだろうこと、そして恐らく、算定される報奨金はこの店に置いてある金をかき集めても遠く及ばない額になるはず、と換金所を兼ねた質店の店主は申し訳ない様子で説明した。
小さな店に入りきれないほど大勢に詰め寄られ、しどろもどろになりながら。
結果、数日あけてもう一度行くことに。
(暫くこの街に滞在か)
ぼんやりと考えていたところで、はたと幾つもの視線に気付く。よく観察しなくても分かる。自分を取り囲んでいる男たちの理性が酒で飛びそうになっているのだろう。
顔を真っ赤に熟れさせた男達が彼女の視線と自分のを絡ませようと、熱っぽくねっとりと見つめてくる。頭から順に舐めまわすように、また胸のあたりは執拗に見られて、彼女は先ほど食べた肉かスープか、何かが戻ってきそうだった。
(これだから嫌なんだよな)
彼女はかたんとジョッキをテーブルに置いた。まだ少し酒が残っている。
「どうかしたか」
彼女は両手を上げてうーんと伸びをした。そうしてガタリと椅子を下げた。その様子に酔っぱらって理性が出かけようとしている男どもが色めき立つ。
「まさか、もう帰るのかい」
同じテーブルに座っていたとろんとした目の男が言った。彼女の答えを聞くために、騒がしかった店内がしんとした。何故だか緊迫した空気に、素面の店主と数人の店員が別の意味で喉を鳴らす。
彼女はふっと笑顔を見せた。
「なーに言ってんのさ。今日はみんなの奢りだろ? まだまだ飲むし食べるから覚悟してよ」
ふっと空気が緩んだ。そうだそうだ今夜はオレらの奢りだと止まった話し声がまた始まる。彼女はそのまま席を立った。あ、これお代わり頼んでおいて、とおつまみの皿を指さし、目の前の男に頼んで。
「そっちもどう? 楽しんで飲んでる?」
「どこに行くんだよ~、一緒に飲もうよ~」
トイレだってば言わせないでよ、とあちこちの声に答えながらちょっとだけふらつき、店の奥に向かっていく。しかし視線は店主へ。目配せされた店主がグラスを拭きながらチラリとある方向を見る。
「は~、あ、私のグラスにお酒入れておいてね~」
言いながら彼女は店の奥へと消えた。
店内の誰からも見えなくなったのを確認して、彼女は静かに足早に奥へと急いだ。両脚は少しのふらつきもなく、しっかりとした足取りで。すぐに店主に視線で教えてもらった裏口が見えた。足音もさせず駆け寄ってそっとノブを回し、開けた隙間から体を滑り込ませ外に出た。
冗談じゃない。このままここにいたら何人殺すことになるか。誰ともひと晩過ごすつもりはないのに、箍が外れた酔っぱらいは始末に負えない。問題を起こさないためにはその場から消えるのが一番だ。
「まぁ、この美貌がねー、問題なんだよねぇ」
分かってるんだけどこればっかりは……などと両手で頬に触れながら、呟いたのは割と真剣な様子で。
「さて」
すぐに我を取り戻すと、きょろきょろと周りを見渡した。よし、誰もいない。まあ、時間が時間だ。まだ街の人は夢の中というところだろう。彼女は腰に下げていた剣を掴んだ。
「ね、ちょっと」
柄を握り、がちゃりと揺らす。
「また面倒なことになるから早いとこやってくんない?」
耳を澄ます。何も聴こえない。
「寝てんの? 早くって……え? 仕方ないじゃん、このままあそこにいたら私またお尋ね者になるんだからね。……いいから! ごちゃごちゃ言うな、早くやれってば!」
大声を出せない代わりか、剣をがちゃがちゃ左右に振った。
「こんな時間にこんなとこ、誰もいないって。大丈夫だから早くっ」
相変わらずイラつかせるのが上手いやつ。こっちはやっと食事にありつけたんだ。それもタダで好きなだけ飲み食いできる好条件で。本当に何日ぶりかでいい気分だった。それを途中で切り上げる羽目になるとは。一人くらい見せしめに血祭りにあげればよかったかな。そうしたらその後は食べるのに集中できただろう。不穏な考えがチラリと過る。
ドアの向こうの喧騒が、少し遠くに聞こえていた。ながながとここにいる訳にいかない。時間がかかれば不信に思って誰か探しに来るかもしれない、そうなればこうして逃げた甲斐なくまた面倒くさいことになることは分かっていた。急かそうと口を開きかけたときだった。
「え?……うん。分かった、ドアから離れる」
裏口のドアを閉めた後、そのまま壁に背をつけたままで
うっかりうっかり。ちょっとした自分の失態に、にやにやしながら彼女はドアから離れ、営業時間外の誰もいない隣の店とその隣の店の間までさっと出てきた。
「離れた。さ、早く」
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