第7話 疑問

 そして、不思議なことはもうひとつ。


 この規模の魔獣が現れたというのに異常に被害が少ないということ。ゲートを破られ町への侵入を許したのはここ数十年でもなかったことで、確実に街の人々に襲撃に対しての免疫はないとみて間違いない。そもそも魔獣など見たことがない者の方が多いだろう。


 だがどうだ。


 馬車より大きな魔獣に襲われて、把握している被害者は数人。時刻は日暮れ時、かなりの人々がこの辺りを歩いていたに違いないのに、数人だ。加えて、このクラスの魔獣が侵入してから斃されるまでの時間があまりにも短い。

 

 侵入されたゲートからの連絡にすぐに反応した中央守護隊よりも早く、到着したのはどこの誰か。この場に集まった隊士の誰もが疑問だった。


 守護隊はかなりのスピードで動いた。

 であるのに既に事後とは、このクラスを討伐できる腕をもつ者がたまたまこの街の、更にこの辺りにいたのだろうか。


 訊かれた街の面々はお互い隣を見合い、前を向くと目や顎、指で守護隊をさした。


「どういうことだ……?」


「隊長!」


 隊長と呼ばれた男が怪訝な顔をしたその時、新入りの若い隊士が声を上げた。振り向くと化け物がまだ動いていた。


「くっ!」


 こんなに切り刻まれているのに、なおも動けるのか?!

 なんという生命力!


 隊長は即座に腰の剣に手を伸ばした。


「総員、」


 隊員に命令を下そうと手を挙げたとき、動いたと思った化け物の陰からひょっこりと女が現れた。


「は?」


 見開いた目が釘付けになった。誰だ、なのか、何をしている、かさえ声にできない。次ぐ言葉を継げず隊長以下守護隊はごくり、と唾を飲み込んだ。


「あ、今きた? その服ここの守護隊? あ~、これ、えっと、ごめん! ひいちゃうよね。はは……ちょっとね、嬉しくってさ。派手めにやっちゃったみたいなんだ。ごめんごめん。けど……やっぱり汚しすぎだよねぇ」


 言いながらちらちらと視線を送るのはあちらこちらに散った化け物の肉や血。

 確かにオレンジの街灯に照らされているからこそ、その姿を周囲が視認できているのは明らかであるのに、まるで自ら輝いているような、そんな錯覚さえ覚えさせる見たこともない美しい女が、少女のように「てへっ」と笑っている。


 それは【広場の惨状そんなこと】より目を引いた。喜び騒いでいた周囲の人々も、場違いすぎる容姿が自分らの視界に入った瞬間にしんとした。実は戦闘中、誰もがはっきりと彼女が見えていたわけではなかった。興味本位で斃れた魔物を間近に見るために近づき、改めて今ハッキリと見たのだ。


 なにせ化け物と民衆の距離は、アシュリーを誰も助けになど入れなかったと言い訳できるほど、遠巻きに離れていたのだから。


 彼女は血みどろの両手に切り取った化け物の一部と剣を握っていた。辺りに漂う死肉の鼻をつく匂いでその光景は確かに現実であるようなのだが、集団幻覚だったといわれてもお互いが疑わないと断言できるほどその姿は人間離れしていた。


 顔や腕などに飛んだ黒い飛沫がくっきり浮き上がって見えるほど白い肌、闘いの名残か頬には朱が混じる。煌めく緑の宝石のような瞳に、美の女神もかくやという顔立ち。夜空の星の美しい瞬きがまるでそこに立つかのように、彼女を見てぼうっとする者やごくりと唾を飲み込むものがいた。


「えーっと、これ賠償金とか掃除代とか請求しないよね、いやするかな、汚いもんな……できれば勘弁してほしいなーなんて」


 返事をしない周囲にやはり咎められると思ったのだろうか。艶やかに濡れた両の緑玉の瞳が所在なく揺れる。


 ほんとはさ、こいつくらいなら一撃で仕留められたんだけどね。これでご飯食べられる!って思うともうほんと嬉しくて、思わず浮かれちゃって。やり過ぎちゃったんだよねぇ、と誰に弁解しているのかぼそぼそと続ける。


「そうそう! ここの換金所教えてくれない? こいつ換金しないと先立つもの何にもなくって」


 あぁそうだ、これ先に訊かなきゃと顔色をパッと明るくして、ぽかんとする周囲に声をかける。


「……かんきん? 換金とは、では」


 君は、と隊長が問う前に。


「あぁ、そうそう。私、賞金稼ぎバウンティハンター!」

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