第3話 忠告
「アシュリー、荷物は持ったね。じゃあ、ちょっと言っておきたいことがある。実はね、行商人たちに聞いた話なんだが、ここ最近、外がなんだか思わしくないらしいんだよ。何がって?……この街から少し離れた街道あるだろ? そうそう、あの山の道さね。で、そこに魔物が出たとかなんとか、そんな噂を聞いたのさ。まあ、噂ってだけで目撃したのが誰かも特定できないようだし、そんなに心配することもないと思うんだけど。あぁ、いや、ここは割と大きな街だし、塀に囲まれているし、なんたって守護隊までいる。街のすぐ
両手をぎゅっと握りしめられながらやけに真顔でひと言ひと言諭すように言うおかみさんを前に、荷物を放ってって、私の今日のお出かけのメインこれですよ〜、とけらけらと笑ったのがほんの少し前。思い返すと、少し怖くなってきた。
歴戦をくぐり抜けてきた名のある冒険者パーティのメンバーと噂のおかみさんが、あんな風に真剣な顔で心配してくれたこと、今までにあっただろうか。
ぶるると、何故か急に悪寒が走った。
「うん、早く帰ろ」
アシュリーの呟きに被るように、何かの音がした。しかし夕暮れの街中は行き交う人の数が多く、必然的に耳に入る音の種類もそれなりで、誰も(勿論アシュリーも)気づく人はいなかった。
しかし、それからほんの数分後、街は普段をかなぐり捨てた。
「ぎゃあ〜!!」
そうそう、このくらい大きなものでないと聞こえるものも聞こえない、という見本のような大きさの声が突如辺りに響き渡った。アシュリーの耳にも届いたその叫び声が途切れる前に、次々と別の叫び声や騒音が加わり、あっという間に狂音の洪水となって街に溢れた。直後、人そのものが大きな津波のように押し寄せてくるではないか。
「に、逃げろ──!」
誰かの声が号令のように聞こえた。仕事疲れで元気もなかった大半の通行人がその波に変わり、訳がわからないまま、飲まれるようにアシュリーも流された。まだ荷物はぎゅっと胸に抱きしめたまま、とにかく道なりに皆と走る。
「な、なにが」
あったのか、と誰とは言わず口々で溢れあうそのひとつの問いに、走る別の誰かが答えた、気がした。
ざりりっ!
今この道を走る人の足元は歩きやすく舗装されていたが、長年の人の往来故の摩耗でその表面は削れ、歩くたびに少しの砂と靴が擦れて音がする。普段は気になりもしないその音が、問いの答えと共に急に耳に大きく飛び込んできた。
「ば、ばけ、化け物……!!」
息をするのに合わせてでたのだろう切れ切れの言葉が聞こえたのか、アシュリーと同じくとりあえず流される形で走っていた人々の数人から、驚きと恐怖の声があがった。
(この臭い)
ぷんと鼻をつく何かの香り。嗅いだことのないそれがおかみさんの言っていた臭いなのだと瞬時にアシュリーは理解した。ぐわっと空気を無理に押すような音がし、そこを走るアシュリー達を丸ごと大きな影が覆った。と、思いきや、すぐにそれは明けた。がしゃがしゃと硬いものが砕ける音と、舞い上がる砂埃。何かが彼らを飛び越えたのだと、先を行く人々が急に止まり、ぶつかり合い上がる悲鳴で知る。
『最近町の外が……なんだか物騒だそうでね。まだここいらは大丈夫だろうとは思うんだけど』
アシュリーの頭に、おかみさんの声が響く。
おかみさーん、なんかぜんっぜん大丈夫じゃないみたいですー。
飛び越えたその真っ黒い何かの姿とぐるぐるとドスのきいた低い唸り声。確認するには恐ろしい声。その時アシュリーは人と人の間でぎゅうぎゅうに押され、声も出せずただどうしたらいいのか、はぁはぁと息を吐きながらただ泣きそうだった。
「ぐぎゃあっ!」
およそ聞いたこともない人の声が、すぐそこでした。断末魔の叫びであることは周りの人々の顔色で分かった。瞬間とはいかなかったが、それでもそこにいた人達は自分が不運に捕まらないように弾けた。蜘蛛の子を散らすように人が散る。
今来た道を戻るように、街中、どこに逃げるのが正解か、分からないが故に四方八方に懸命に走り出した。
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