デートの前に一癖も二癖もある双子

(……なんで俺、デートしましょうだなんて言ったんだろ)


 後悔先に立たずとはその通りで、俺のデートしましょう発言を聞いたリリスは完全に固まっていた。

 リリスだけでなく、これからの未来を担うであろう学院の生徒たちもまた、俺の言葉に衝撃を受けたように動きを止めている。


(……懐かしいな)


 とはいえ、少しだけ感慨深い気持ちにもなる。

 目の前の建物は、十歳になった際に入学することを目指している“クオリティア魔法学院”であり、かつて在籍した経験のある場所だ。


「で、でででででデートですか!?!?」

「あ、はい」


 懐かしい思い出に浸っていた俺を引き戻すように、リリスの裏返った声が響き渡った。


(流石にいくら周りの視線が集まって緊張していたとはいえ、早とちりしすぎだろ俺……)


 どうやら大勢の人を前にした際、緊張で頭が真っ白になる癖はこの体にも残り続けているらしい。

 口をパクパクするリリスの返事を待つ際、予期しなかった第三者の声が響き渡った。


「綺麗な女性をデートに誘いたい気持ちは分からないでもないが、相手は考えるべきじゃないか~? その方はかつて、勇者パーティに所属していた偉大なる方だぞ~?」

「??」


 こう言ってはなんだが、やけに生意気そうな声音だった。

 カツカツと靴の音を立てて近付いてきたのは……っ!?!?


「……え?」

「どうした? 高貴な俺の見た目に見惚れたのか~?」


 歩いてきたそいつの見た目は、まるで幼くなったカイシンだった。

 今の歳を取ったカイシンから想像するのは難しいが、少なくとも以前のカイシンを知っていたら俺みたいに思う人だって居るだろう。


「あまりの威光に言葉もないか~! なら、そんなお前に自己紹介をしてやろう! 俺はアーサー・アストラム! この国を治める王であるカイシンの息子にして、王国の未来を担うめっちゃ凄い王子だ!」

「……………」

「ふっふっふっ、凄すぎて声も出ないのか~!!」


 あ~うん、そういうことね……これはカイシンの息子だわ。

 見た目は金髪碧眼の王子様みたいな顔で、間違いなく将来はカイシンに似てイケメンになるのは間違いない。


「あ、アーサー様……」

「リリスよ、この子供の相手は俺に任せろ!」


 戸惑うリリスの前に、アーサーが仁王立ちした。

 腕を構えて堂々と立つその姿は流石だが、如何せん背丈は俺よりちょっと高いくらいだし、言っていた言葉もどこか子供らしくて可愛く、こういう年頃なら生意気だよねとちょっと微笑ましい。


「王子様……凄いですね!」

「お、おう? だろう?」

「はい! アーサー様って名前も凄いかっこいいし、見た目も凄くかっこ良くて素敵です!」

「なんだなんだ! お前分かるじゃないか~! ははっ、良い奴だな!」


 こいつ単純すぎるぅ!!

 昔のカイシンも女子におだてられたら機嫌良くしてたし、俺を含めて男子からも純粋に凄いって言われたら調子に乗ってたからなぁ。


(あいつの……あいつらの息子か)


 カイシンとリリーナの息子……なんか少し感動する。

 俺の知っている情報では二人が子供を産んだのは結構遅くて、アーサーはおそらく十歳で、もう一人の双子の妹も同い年のはずだ。


「アーサー様……私は大丈夫ですから。それよりも彼と、トワ君とお話をさせていただければ――」

「ダメだ! リリスはこれから俺とデートするんだからな!」

「そ、そんな約束はしてませんが!?」


 今度はアーサーの言葉に、リリスが大きな声を上げた。


「何が起きてるんだ……?」

「あのガキが誘ったかと思えば、アーサー様も誘ったぞ?」

「アーサー様ならともかく、あのガキは何者だ? 誰に声を掛けていると思ってるんだ」

「これだから教育のなっていない子供は困るんだ」

「アンタらだって似たようなもんでしょうに」

「修羅場ってやつぅ!?」

「でもあの子……凄く可愛くない?」

「飼いたいわね。どんな声を聞かせてくれるのかしら」


 俺たちのやり取りは、完全に見世物と化してしまっていた。

 中に一つだけゾクッと背筋を震わせるような言葉があった気もするが、これを引き起こしてしまったことの申し訳なさを感じてしまい、騒がせてしまったことへの謝罪を口にしようとしてアーサーが消えた。


「……え?」

「アーサー様?」


 文字通り消えた……目の前に居たはずのアーサーが綺麗に消えたのだ。

 流石に一国の王子が姿を消したとなれば大事件だぞと思った束の間、アーサーは隣に倒れ込んだだけだった。


「きゅ~……」


 目を回して倒れたアーサーに、俺もリリスも駆け寄ろうとした。


「必要ないわ」


 今度は何だと、怒涛の展開にちょっと疲れてきた。

 いつの間にそこに居たのかはともかく、どうやらこの声の主がアーサーを蹴り飛ばしたらしい。


「全く、幼い男の子の尊い願いを邪魔するなんて考えられない。こいつは地獄に落ちるべきだわ」

「……………」

「さてと、君」

「っ!?」


 クルッと体を回転させてその子は俺をジッと見てきた。

 アーサーに対してカイシンの面影を見た次は、この子に対してリリーナに通じるものを俺は見た。

 見た目もリリーナを子供にしたような感じで……もしかして、この子が双子の妹さんか?


「……良いじゃないの。どうかそのまま大きくならずに大人の女性に可愛がられてちょうだい」

「あ、あの……?」


 この子は何を言ってるんだ……?


「ふふっ♪ あたしはカトレア・アストラムって言うの。そこで伸びてるアーサーとは双子になるわ」

「そ、そうだったんですね……」

「君の名前は?」

「トワって言います。トワ・ラインストールです」

「トワ……? なるほど、凄く良い名前ね!」


 カトレアは一瞬おやっとした表情をしたが、すぐに笑みを浮かべた。

 そうかぁ……この二人がそうなのか……それぞれが見た目でも一癖ある部分でもカイシンとリリーナの面影があってなんというか、本当に不思議な気分にさせられる。


「ここはあたしに任せてちょうだい。リリス様もトワと一緒に行きたいんでしょう? だったら早く行ってください」

「カトレア様……ありがとうございます」

「良いんですよ。いつもあたしが助けられてる側ですし、それにショタコンは正義……じゃなくて、とにかく困っている人を助けるのが我ら王家の務めですからね」


 おい、今なんか言ったぞ。

 カトレアは片手でアーサーの首根っこを持ち上げ歩いて行く。そのあまりにも勇ましい背中を見送りながら、俺はリリスと共に学院を離れて行くのだった。


「……濃すぎるでしょあの双子さんたち」

「あはは……確かにそうですよね。ですがあれもまた新たな学院の名物みたいなもので凄く人気なんですよ」

「へぇ……」


 あんな十歳が居るのかって話だけど、アーサーの生意気さに対してカトレアのバランスが良い仕事をしていそうだ。

 バランスという意味では明らかにやりすぎな点はあったけど、リリーナを見ているとああいう破天荒な子に人は惹かれる傾向があるし、人の上に立つ者としては割と合っている。


「っと、勢いで出てきましたけど時間は良かったんですか?」

「はい、全然大丈夫ですよ。ででででデートですもんね!?」

「はい……その、特に何をしたいとかはないんですが……ただ、リリスさんとお話がしたかったんです」

「私とですか? 他でもないトワ君にそう言われるのは光栄ですね♪」


 今のリリスは、どこにも変な部分は見られない。

 リリスは有名人だからこそ、そんな彼女と一緒に歩いていれば多くの視線を集めることになるも、やはり隣に居るのが俺みたいな子供となれば母さんの時と同じで注目度はそこまでだ。


「トワ君、手を繋いでも良いですか?」

「あ、はい!」


 手を差し出すと、ギュッと手が握られた。

 そうして歩き出す王都の街並み――それはかつて、知らない街に来た時にリリスと一緒に歩いた時を彷彿とさせる懐かしさがあった。


「……何かはよく分からないのですが」

「はい」

「フィアさんにも話したように、トワ君と一緒に居る私は凄く不思議な感覚になるんですよ。それは決して不快なモノではなく、むしろ心地が良くて落ち着くんです……ですが同時に胸がざわつきもします。それが怖くもありますね」


 怖いと、そう言ったリリスの手をもう少しだけ強く握った。


「……ですが」

「はい?」

「まだ私はあなたのママになることを諦めてはいませんよ」

「……………」


 そこは諦めようよ。

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