奇跡の力

「やあ、俺」

「誰やねんお前……って俺えええええええっ!?!?」


 目の前に立った自分自身に、俺は大きな声を上げた。


(あれ……? 俺ってどうなったんだっけ?)


 リリスと話をした後、母さんに抱きしめられて……そこから少し話をしてから俺は寝たんだっけ。


「……いや、そんなことはどうでも良い……なんだお前は」


 改めて目の前に立つ俺に視線を向けた。

 その姿は今の俺というわけではなく、かつてのトワ……つまり二度目の転生をする前の奇跡の力を持っていた俺の姿だった。


「なんか……変な感じだぜ」

「今のお前とは全然違うからな」

「おい、ニヒルに笑うんじゃねえよ。俺はそんな笑い方しねえ」


 俺と同じ顔で同じ声……本当に変な気分だ。

 しかも目の前に立つ俺はかつての十八歳の姿なのに比べ、七歳の今の俺では圧倒的に背丈が違うせいで見上げているのも変な感じがする。


(ここまで来ると、まるで別人みたいに思えるな……)


 世界に似た人間は三人居るとかって話を聞いたことがあるが、そもそもこれは現実ではなく夢のようなものだとするならば、そこまで深く考える必要は無いか?


「そう、これは夢の一部であり現実じゃない――今、こうして俺とお前が向かい合っていることは奇跡の織り成した夢の結晶だ」

「……合点、お前は俺じゃない。だって俺はそんな中二病っぽい言い回しはしないからな……しないはずだからな!」

「……何を勝手に怒ってるんだ?」


 馬鹿を見るような目をされてしまったが、いくら夢とはいえ自分自身と対面すればこうもなる。


「それで……これはただの夢じゃなさそうだな?」


 これはただの夢ではないと、それだけは理解出来ていた。

 そんな俺の問いかけに、目の前の俺は頷いた。


「少しばかり忠告をしておこうと思ってな――お前が生まれ変わりの存在だと自ら証明した場合、その相手が消えるということを」

「っ!?」


 それは、今の俺にとってタイムリーな事柄だった。


「そういや……リリスがおかしくなった時、頭に響いた声があった……どこか聞き覚えがあるようにも思ったけど、まさかお前が?」

「あぁ、せっかく奇跡の力によって幸せになれたリリスが消えるのは俺の本意じゃないからな」

「……何を言ってんだ?」


 奇跡の力でリリスが幸せになれた……?

 その言葉の意味がよく分からなかったが、目の前の俺は更に言葉を続けていく。


「だってそうだろう? ただでさえ、死んだ人間が記憶を持ったまま同じ世界で生まれ変わるということそのものが禁忌なんだ。その禁忌に見合うほどのデメリットはあって然るべきだ」

「……………」

「トワ、お前が別の人間として生まれ変わったのは奇跡の影響だ。お前が旅をし、奇跡の力が育ち……意思を持つまでに成長したのが俺という存在だが」

「つまり……お前は俺の奇跡の力そのものってことか?」

「あぁ」


 その時の驚愕は計り知れなかった。

 自分に宿ったスキルが成長するのは当たり前だが、スキルそのものが意思を持つということは本来あり得ない……いや、あるのかもしれないがそんな前例は聞いたことがない。


「転生に関すること自体は、お前が口を滑らせたりしない限り何も問題はない。それに記憶を読み取る魔法や、精神を操作する魔法さえもこの記憶には辿り着けない……だから本当に、お前が話そうとしない限りは絶対に知られることはない」

「俺は……ずっと生まれ変わりであることを隠さないといけないのか」

「あぁ、別に伝える必要は無いだろう。だって彼女たちは幸せで、そしてお前の願いも既に叶っているのだから」


 待て、さっきから何か妙に会話が噛み合ってない気がする。

 そんな俺の疑問も置き去りにするように、更に話は進んで行った。


「たとえどんなにデジャブを感じても、お前の中にかつてのトワを見たとしても、転生という事柄自体が確認されてないのもあって、生まれ変わりという答えに辿り着けないのもお前にとっては助かるだろう」

「……そういえば、前の俺も転生者であることは伝えてなかったな」

「仮に話したところで想像は出来まい。まあ、以前のお前ならリリスやセレンたちは想像出来なくとも信じてはくれるだろうがな」


 そこで一旦言葉が止まり、俺は少しばかり思考に耽る。

 こいつの言い方だと、俺が自分から明かす場合にはそのデメリットとやらが発生するが、逆を言えば俺が生まれ変わりだと向こうが勝手に認識する場合には問題がないってことか?


「そう――お前が生まれ変わりだと証明した場合に相手に影響が出るが、言ってしまえばそれだけだ。だが俺の言ったことを忘れたか? 自らが証明した場合と言ったな? それはつまり、相手に指摘されて肯定し証明が成された場合もデメリットの発動トリガーになる」

「それ、結局俺が生まれ変わりだって言えないじゃねえか……」

「そういうことになるな」


 澄ました顔で頷きやがるもんだから殴りたくなる。

 かつての自分の顔だが、その顔を思いっきり腫れ上がらせたくなる衝動を堪えるように、ふぅっと深呼吸をして無理やりにでも落ち着かせた。


「でもまあ、それも仕方ないのかもって思うしかないのかな。本来、こうして記憶を持ったまま生まれ変わること自体があり得ないことだろうし」

「そう考えるのが賢明だ――だが何度も言っているが、お前は何も悲観することはないだろう。だってお前も含め、お前の仲間たちの願いは叶えられて幸せになっているのだから」


 目の前で満足そうに笑う俺に、俺は素直に首を傾げた。

 生まれ変わりであることを伝えられず、ましてや肯定も出来ないという事実も受け止めている最中だが、やはりこいつの言っていることには若干のズレがあるように思う。


「なあ、さっきから思ったんだけど」

「なんだ?」

「俺もそうだし、俺の仲間たちの願いが叶ったってのはなんだ? 確かに母さんに出会えて俺は幸せだけどさ」

「あぁそういうことか」


 こいつは何気ない表情で言葉を続けた。

 そしてこのやり取りが、俺にある言葉を思い出させたんだ。


「お前が死んだ時、みんなは絶望の底に居た――だから意思を持ち、お前の死をトリガーに自ら力を行使出来るようになった俺は奇跡を起こしたんだよ」

「奇跡……?」

「リリスのただ傍に居てほしいという願いを汲み取り、お前の幻影を一生見えるようにした」

「……は?」

「セレンの必ずお前の魂を呼び戻すという願いを汲み取り、死んだはずのお前の声を幻聴として聴かせて諦めない気持ちを抱かせた」


 待て……こいつは何を言ってるんだ?


「カイシンとリリーナに関しては、お前の願いも合致した結果だ」

「え?」

「あの二人は、お前が生きて居てくれればと願った。そしてお前もまた、死に際に悲しむ仲間たちの顔に未練を抱いた結果、時間を置いて生まれ変わったんだよ。そして今お前は生きているから、カイシンとリリーナの願いも叶っている――ほら、みんな幸せだろう?」


 そこでようやく、澄ました顔のこいつは笑みを浮かべた。

 どこまでも邪気の無い笑顔で、それは正しく誰かのことを想って行動を起こした奴の笑顔だった。


(こいつ……)


 だが、さっきから感じていた違和感の答えが出たのと同時に、俺の思い出したとある言葉に繋がったのである。


『奇跡って聞こえは良いけど、なんでも奇跡を起こすって解釈なら怖いなぁって思うけどね』

『そうなんですか?』

『なんつうか……余計なことまでしちゃいそうだなって』

『起こる奇跡にも、良い悪いがあるってことなのでしょうか』


 これは、いつだったかリリスと話した内容だ。

 かつての俺は転生した際に宿った奇跡を起こす力に関して、絶大な信頼を置いていたのは確かだけど、心のどこかで何やいけないことにまで奇跡を起こしたらどうしようと不安になったこともあった。


「なんで不安になっているんだ?」

「なんでって――」

「お前も生まれ変われて嬉しいんだろ? またかつての仲間に会えて嬉しいんだろ? なら素直に喜べばいいじゃないか――お前は、自分の存在を知らさなくても仲間たちの元気な姿を見れば満足するだろ? お前はそういう優しい人間じゃないか」

「……………」


 嬉しいんだろうという問いに関しては、素直に嬉しいと思った。

 だってこうして生まれ変われたから母さんに出会い、リリスと再会も出来たわけだから。


「でも……」

「良くない部分があるって? だが、こうしなければ間違いなくリリスとセレンは壊れていたぞ? ブライトオブエンゲージについて、目が覚めたら聞いてみることだ」

「ブライト……なんだって?」


 そこで、俺は自分が目を覚ます感覚に身を委ねるしかなかった。


「ただ……やはりお前の行動次第ではいくつか奇跡の力にも綻びが生まれるようだ。そういう点では、お前を生き返らせたのは失敗だったかもな」


 最後に聞こえたその言葉に、俺もまたこう返した。


「お前には間違っている部分もある……少なくとも俺は、お前のその考え方には共感出来ないよ」


 ▼▽



「……っ!?」


 ふと、目が覚めた。

 完全に脳が覚醒するまでに数十秒を擁したが、起きたことを実感すると夢の内容を完全に思い出す。


「俺は……俺の持っていた奇跡の力が……あんな――」


 っと、そこまで考えて俺はあることを疑問に思った。

 さっきから顔を挟み込むこの柔らかな感触は何なのだろうと……そしてその答えはすぐに出た。


「……おっぱいサンドイッチだと……っ!?」


 何が起きてそうなったのかは知らないが、どうやら俺は母さんとリリスに挟まれる形で寝ていたらしい。

 あまりにもスタイルの良すぎる二人が、俺を挟むように体をこちらに向けていたらこうなるのも必然だ。


「……どうするかね」


 これからしばらくは、それを考えることになりそうだと思ったのも束の間だった。


「ボクが私の胸の中に寝ている……ぐふふっ」

「っ!?」

「おい、人の息子を見て涎を垂らすんじゃない」

「……ちっ、起きてたんですか」

「お前が何かすると思うと気が気でないんでな」

「ちょっと朝のキッスをしようと思っただけです」

「死ね」


 取り敢えず……朝から騒がしいことになりそうだ。

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