ブライトオブエンゲージ

「さあボク、一緒に寝ましょう?」


 ねりゅ~~~~!!

 ……とはならないわけで、俺はさっきからずっと笑顔のリリスに視線を向けながら彼女の様子について考えていた。


「……………」

「諦めが悪いですねぇ。恥ずかしいんですか? ねえ、トワさんからも言ってください」


 やっぱりリリスは、隣に誰か居るように話し続けている。


「ですよね? まあ確かに母親として息子の意見は尊重するべきなんでしょうけれど、それでも私はいつだって息子と一緒に居たいのです♪」


 そして、そんなリリスの様子はどこかチグハグさがある。

 まるで無理やりにでもそうであるかのような事実……たとえば、俺が息子だと思い込ませられているような……そうでなければ、日中に落ち着いた様子を見せて謝罪までした彼女が、こうして夜に俺を誘拐して息子同然のように接するというのは考えられない。


「リリス様」

「だからママだと――」

「リリス様!」

「……………」


 男としてはこのままエッチなサキュバスにベッドへ連れて行かれるのは大歓迎だが、やはりここは俺はちゃんとするべきだ。

 俺の大きな声にリリスは肩を震わせ、再び表情は不安そうに変化した。


(やっぱり……明らかに何かがおかしい)


 何かがおかしいと思うのは当然だけど、この場合はあまりにもリリスの情緒が不安定すぎる……それこそ強力な精神汚染の魔法を受けていると言われた方がしっくり来る。


(でも、リリスに対してそれは考えられない。リリスは俺が知る限り、この世界においてセレンと同じく最高レベルの魔術師だ……そんな彼女に対して有効な魔法を使える奴なんて居るわけがない)


 居るとすれば魔王とか、或いは母さんみたいな出鱈目な強さを持った存在くらいだろうけど……まあでも、あれから二十年も経っているのだとしたらそんな存在が居てもおかしくはないのか?


「……これは、良くないと思うんです。リリス様はずっと、何かから目を逸らそうとしていませんか?」

「っ!?」


 俺の言葉に、リリスは大きく目を見開いた。

 リリスは何かから目を逸らそうとしている……そう感じての言葉だったが、リリスにこれでもかと刺さったらしい。

 彼女の辛そうな表情を見るのはやっぱり俺も辛い。

 けれどかつての仲間がこんな風になっているからこそ、俺はどうにかしたいと……しなければと思ったのかもしれない。


「私は……?」

「……え?」


 だが、そこで変化が起こった。

 それは真っ暗だったはずの外が赤くなっていたこと、まるで魔力の奔流のように赤い靄が駆け抜けていく。

 そしてそれを見てリリスは警戒したが、逆に俺は安心した――この赤い靄はおそらく魔力で、これを発した存在が誰か分かったからだ。


「誘拐犯にノックなど必要がないだろうし、無言で入らせてもらう」


 スッと、背後から優しい力に抱き留められた。

 背中に感じる柔らかな弾力と、甘くもクセになるずっと嗅いでいた優しい香り、全ての敵を跳ね除ける強さとどこまでも守ってくれるという安心を与えてくれる温もり。


「母さん」

「あぁ、母さんだぞ」


 コテンと、俺の肩に顔を乗せる母さんだ。

 そのまま軽く頬へキスをされ、よしよしと優しく撫でられる。


「あなたは……」

「おっと、この場合の敵を見るべき目をするのは私の方だ。少なくとも貴様ではないぞサキュバス」


 母さんとリリスの間に、バチバチと火花が飛び散る。

 しかも互いに睨み合うだけではなく、母さんは鎌を携え、リリスはいつでも魔法を発動出来るようにしていた。


「貴様の魔法が一級品なのは知っているよ。だが貴様が魔法を使うよりも早く、私の鎌がその喉を掻っ切る速度の方が上だ――少しでも妙な動きをすれば、その首を落とす」

「っ……」

「魔王を倒した英雄だろうが、そんなものは知らん。私にとって、今の貴様は愛おしい息子を攫った犯罪者でしかないからな……だが、貴様は一つだけ私に真理を気付かせてくれた――やはり母は息子と、いつ如何なる時もベッドで一緒に寝るべきなのだな」

「母さん?」

「うん?」


 母さんを見れば、母さんはニコッと微笑むだけだ。

 さっきまで殺意マシマシの表情だったというのに、何やらニヤニヤと良くないことを考えていそうでちょっと怖い。


(なんか……緊張感がなくなった気がする)


 ギュッと抱きしめてくる母さん。

 そんな母さんを見つめるリリスの目は厳しいが、それでもどこか羨ましそうにしているようにも見える。


「さてとサキュバス……いやリリス様?」

「……………」

「息子を攫われた段階で腸は煮え繰り返っているし、もしも何かしてくるようだったら容赦ない対応を考えていたのも本当だ。だが、貴様が……あなたのようなサキュバスがこのようなことをするとは考えにくい。このようなことをしたのは何故だ?」

「私は……」


 母さんの口調は、最初に比べて柔らかな物に変化した。


『我々ヴァンパイアは魔族に属しているが、魔王が目の上のたんこぶだったのは確かだ。奴が消えたことで世界は平和になった……その意味では、魔族でありながら魔王討伐に貢献した面々は尊敬しているよ』


 いつか、母さんがそう言っていたのを思い出す。

 俺を攫ったことに対する怒りはあれど、この口調の変化はリリスへの敬意を込めたものだ。

 そして何より、絶対に何かあると考えた母さんの優しさだ。


「私は……あ、トワさん?」

「トワ……?」

「はい……はい……そうですね。少し落ち着きましたし、夜は遅いですがお茶を用意しましょう」

「何を……誰と喋っているんだ?」

「お二人とも、まずは謝罪をさせてください――本当に、申し訳ありませんでした」


 困惑する母さんと、ジッと見つめる俺にリリスは謝罪をした。

 突然に頭を下げた謝罪に母さんが困惑するのはもちろんだけど、やはり俺と同じように姿の見えない誰かとのやり取りが気になるようだ。


「母さん……そこに誰も居ないよね?」

「あぁ……気配がない時点で私たち以外に誰も居ない。だがリリス様には何かが見えているようだな」


 その後、俺と母さんは椅子に座った。

 とはいえこんな騒動があったにせよ夜も深く、子供の体の俺からすればとにかく眠たくて仕方ない。


「私は……どうしてこんなことを……日中もそうでした。その子を見た時に、私はスッと頭を包む靄が晴れたような気分になったんです。しかし、こうして夜になってまた自分が分からなくなって……その子が傍に居ないと落ち着かなくなって……? どうして私は……」

「あなた自身も良く分かっていないのか」

「はい……ですがトワさんは……トワさん?」


 そしてまた、リリスは居ないはずの誰かと言葉を交わし始めた。


「っ……」

「眠たいか?」

「うん……」


 ダメだ……こんな場所で眠るわけにもいかないのに、それでも頭がボーッとしてどうしようもない。


「眠って良いぞ? 後は母さんが話を付けるから」

「母さん……リリス様は……悪い人じゃ」

「分かっているよ。全部、母さんに任せると良い」


 そんな母さんの言葉に頷き、俺の体は限界を迎えた。



 ▼▽



「そうして、私はトワさんと一緒になったんです」

「……そうか」


 トワが眠った後、アストレフィアはリリスとの会話を和やかに進めた。

 リリスの様子に違和感を抱きながらも、話の内容は魔王を討伐してからのこと……そしてどうやらそこに居ると思われる彼女の伴侶、奇跡のトワとの生活ばかりだ。


(そこには誰も居ない……居るわけがないのだがな)


 リリスの傍には誰も居ないこと、それは確実だと言えるだろう。

 それなのに演技とも言えない本当の姿で喋るリリスは、明らかに嘘を言っておらず彼女には本当にアストレフィアの見えないトワが見えている。


「ブライトオブエンゲージ……まさかそれを経験するとは思っていなかったんですけど、私がこうして生きているのはトワさんが帰ってきてくれたからなんです」


 そして今のリリスは比較的落ち着いていた。

 彼女は、幼いトワを見ていると心が掻き乱されるだけでなく、落ち着きもするというよく分からない感覚の中に居ると言う。

 まるで夢に浸りたい自分と、夢から出たい自分が居るようだと彼女は言った。


「今のあなたは落ち着いているようだ――ならば改めて言っておくが、この子は私の愛おしい息子だ。断じてあなたの息子ではない」

「っ……はい、本当に申し訳ありませんでした」


 謝罪をするなら最初からするなとアストレフィアは言いたいが、その言葉は呑み込んだ。

 リリスは、どこまでも優しいサキュバスだ。

 決して子を攫うような悪党ではなく、ましてや裁かなければならない相手だとしても、それを躊躇うような性格もしている。


(……少し、様子を見るのもありか)


 そう結論を出したアストレフィアはこんな提案をした。


「この子ももう眠ってしまったし、まだ話したいことはあるはずだ。ならば今日はここに泊めてもらって良いか?」

「それは……構いませんけれど」

「では、私とこの子……そしてあなたとで一緒に寝ようか」

「っ!」


 その言葉に、リリスは分かりやすく喜の感情を露にした。

 それに苦笑するアストレフィアだが、やはり結局のところ彼女も彼女で面倒見が良いということだ。

 そしてもう一つ理由があるとすれば、どこか他人事には思えなかったこと――ブライトオブエンゲージを経験したのはアストレフィアもだから。


(ブライトオブエンゲージ……相手を失った場合、残された者の心は壊れるとも聞くが……他人事には思えんな)


 胸の中で眠るトワが居なくなったと考えれば、アストレフィアはそれだけで心が崩れてしまいそうになる……だからこそリリスに対して思う部分があったのだ。


「で、では……その子を真ん中にして寝ましょう!」

「ダメだ。そうするとあなたが手を出しそうだからな」

「出しませんよ! ズルくないですか!?」

「……どの立場で物を言っているんだあなたは」


 翌朝にトワが驚く姿が想像に難くないが、果たして。






「その子の名前は……なんと言うんですか?」

「トワだ――奇跡の英雄の名から取った」




【あとがき】


沢山煮込むと美味しくなるんでね!


さて、こちらの作品を投稿してから一週間が経ちました。

面白いと思っていただけたり、続きが気になると思っていただけたら是非とも評価等よろしくお願いできたらと思います。

異世界ファンタジーには慣れていませんが、頑張ります!

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