忍び寄る夢魔
「さあ、帰りますよボク」
「あ、あの……っ」
「大丈夫です――私が全部面倒を見てあげますよ。食事だって、お風呂だって全部お世話をしてあげますから」
そう言うリリスの目は……正直怖かった。
一体どうしてこのようなことを言われているのは見当が付かない……だってそうだろう今の俺と彼女は間違いなく初対面なのだから。
(ま、間違いなく連れて行かれる……っ!?)
これでも彼女とは長い間、旅を共にしたんだ。
だからこそ分かる……このままだと、リリスは確実に俺を連れて帰ってしまうと……これはもう、全てを話してしまえば解決か……そう思ったすぐ、俺の視界がブレた。
「……え?」
「大丈夫だったか?」
次に聞こえたのは、リリスの声ではなく母さんのものだった。
母さんが俺を見つめる視線はあまりにも優しいもので、この瞳に見つめられるだけで安心出来る……だが、俺から外した視線はすぐに敵意ある鋭い物へと変化した。
「さて、聞き間違えでなければ……貴様はこの子を連れ帰ろうとしたようだなぁ?」
それは母さんからリリスに対する言葉で、並々ならぬ敵意がある。
チラッとリリスを見れば、彼女はそんな母さんには全く目を向けずに俺だけを見ていてとても気まずい。
「な、なんだ……?」
「ラインストールさんにリリス様……」
「どういう組み合わせだ……?」
「……二人とも美人だよなぁ。目の保養だぜ」
「リリス様は美しく、ラインストールさんは凛々しい……良いわねぇ」
「まるでお姫様と王子様のようだわ!」
俺みたいなちんちくりんはともかく、嫌でも目立つ母さんとリリスが相対すれば、おのずと多くの視線を集めてしまう。
いくら近所付き合いの賜物で多くの人と仲良くなった母さんでも、こんな風に沢山の視線を寄せられることは好まない……そのはずなのに母さんはリリスから全く顔を逸らすことなく睨み付けているのだから相当だ。
(……くそっ、なんでこんなことに……あぁいや、俺がリリス見たさに近付いたから自業自得だけど)
でも……まさかこんな風になるとは思わないだろ。
ただでさえまたこの世界に生まれ変わって、久しぶりに生で見たリリスに興奮……したのもあるけど本当に心から会えて嬉しかった。
歓喜に震える心を我慢出来ずに近付き、何やら一人でボソボソ呟くなと思ったら魅了の影響をモロに受け、それで一緒に帰りましょうとか言い出して、んで母さんが迎えに来て……こんなのあまりに怒涛すぎて頭が追い付かないよ。
「……おい、何とか言ったらどうなんだ? かつて勇者パーティで大層なご活躍をされたリリス様?」
「……………」
続く母さんの言葉に、やっぱりリリスは返事をしない。
母さんは一切の反応を見せず、俺をガン見するリリスに痺れを切らし今にも鎌を取り出して襲い掛かりそうな雰囲気だ。
だがそれを冗談でもやってしまうと大変なことになる……それに、相手がリリスだからこそ母さんにはそんなことをしてほしくなかった。
「か、母さん……」
上手く言葉が纏まらず、声が震えてしまう。
母さんやリリスには泣きそうな声にも聞こえただろう……しかしそれが功を奏したのか、リリスがスッと頭を下げた。
「申し訳ありませんでした――少し、古い知り合いに雰囲気が似ていたものでして」
「知り合いだと?」
「はい……私にとって、とても大切な方でした」
リリスはそう言い、最後にもう一度謝罪をしてから去って行った。
態度の豹変と意味深な言葉を残して消えたリリスに対し、母さんは唖然としながらもキリッと表情を引き締めて俺を見つめた。
「……あの女が何を言いたいのか分からんが、私はお前に言っておくことがある――相手に何かしらの迷惑を掛けたのであれば、もう少し誠意のある態度を見せるんだぞ?」
「は、はい!」
まるであんな無礼な大人にはなるなと言わんばかりの言葉だ。
その後、周りに騒がしくしてごめんなさいと頭を下げながら母さんと共に家へ戻った。
あんな風にリリスと接近したことや、明らかに普通ではなかった彼女の様子は母さんもきっと疑問に思ったはず……というよりも、俺さえもなんであんな風にリリスが見てきたのかは謎のままだ。
(……リリスは俺に気付いたのか?)
いや、その線は限りなく低いだろう。
そもそも生まれ変わりというか、転生の概念そのものがこの世界には浸透していない……というより調べてみてもそういう前例自体が存在していなかったのだから。
それもあって……というか普通に説明する必要がなかったので転生者であることも話してはいなかったんだ。
「……………」
「トワ」
「っ……うん」
母さんが俺の隣に腰を下ろし、抱き寄せた。
「トワを保護してから数年、ずっと一緒だった。だからまあ、どこか普通の人と違う何かを感じていたのも確かだぞ? 私の知るそのくらいの子供に比べて、妙に賢い部分もあったからな」
「……………」
この言い方だと、母さんはおそらくある程度は気付いていたんだろう。
転生ということに気付いているのではなく、どちらかと言えば俺が普通の子供ではないという点においてだ。
「母さん……俺は――」
「別に話をしなくて良いんだぞ?」
「え?」
「まあなんだ……そういう空気になってしまったのは私のせいだが、話をしにくいのであれば無理に聞き出すことはせん。だがこれだけは覚えておいてほしい――お前は何があろうと私の息子だ」
「……っ」
トントンと、頭をナデナデされ……圧倒的な包容力で母さんは俺を抱きしめてくる。
分かっていた……分かっていたけど、母さんはやっぱりあまりにも優しすぎる――だからこそ、俺は話をするなら今だと決心を固めた。
「母さん、話を聞いてほしいんだ」
転生については、その内話すつもりでは居た。
こんなにも優しい母さんに隠し事をしたくなかったのもそうだが、俺自身が知ってほしいと思ったから――ただ、実際に転生について喋ろうとしたところで異変に気付いた。
「……??」
「トワ?」
上手く口が動かない……?
いや、喋ろうと口は動いているのに言葉が発せないのか……?
「どうしたんだ、トワ……?」
「……………」
尋常ではない俺の様子に、母さんも異変を感じて近付く。
いつも凛々しくイケメン美女の母さんが、どうしたのかと不安そうにしているのを見ると、俺としても早く事情を話してしまいたい……その果てがどうなるのかはともかく、母さんにこんな顔をさせたくはなかった。
「実は、俺――」
ようやく、口が動いたと思ったのに――。
その先を言葉にすることが出来なかった……というよりも俺がトワであることを伝えてはならないような、転生したという事実を伝えたら何かいけないことが起こると直感したのである。
「……………」
この胸中に渦巻いた不安は、気のせいかもしれない。
けれど俺に何かあるというよりは、話をした相手――この場合は母さんに何かが起こると思ってしまったのである。
「俺……は……」
一度そう思ってしまえば、言葉も止まってしまった。
このままでは母さんの不信を招いてしまう……そう不安になっていた俺を安心させてくれたのは、やはり他でもない母さんだった。
「トワ、何も話さなくて良い」
「え?」
「何かあるんだろう? トワの様子から何となくそう思ったんだが、やはりそうみたいだな?」
「……………」
「であれば、私がそれを今聞くようなことはしない。トワが話せると思った時に、落ち着いた時に話してくれれば良い」
ニコッと、母さんはそう言って微笑んだ。
「……ありがとう、母さん」
話をしない、そうなった瞬間に胸に渦巻いた不安は消え失せた。
やはり転生について話そうとするのは、まだ確定ではないが慎重に扱うべき問題のようだ。
「まあトワにどんな秘密があったとしても、私たち親子の絆に変化があるようなことはないさ。だから知るのが遅いか早いかだけの違いだな」
「……そっか」
「あぁ――愛してるよ、トワ」
母さんは、チュッとリップ音を立てて額にキスをしてきた。
いくら母親とはいえ……家族の愛情表現とはいえ、やっぱり転生者の俺としては照れてしまうわけで。
「ふふっ、照れるトワはやっぱり可愛いなぁ♪」
リリスに会ったことや、俺の秘密なんてもう何も気にしてないと言わんばかりの母さんに、俺はまた心の中でありがとうと呟いた。
しかしながら、あの胸に渦巻いた不安についてはやはり気になる。
これが何なのか、どういうものであるのか……それは必ず突き止めたいところではある。
そんな風に考えてその日は終わると思ったのに。
「あの時の香り……ちゃんと覚えていて正解でしたか」
「……………」
深夜、七歳のガキの部屋に侵入者あり!!
(アイエエエエエエエエエエナンデエエエエエエエ!? なんでリリスが居んのおおおおおおおおっ!?!?)
日中に一方的な再会を果たし、一悶着あったかつての仲間。
前前世を含め、この世界で俺が会ったことのあるどんな女性よりもエロい女が今、俺の部屋に不法侵入してきた。
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