堂々とした誘拐!?

 久しぶり……まあ久しぶりか。

 広場にはとてもたくさんの人々が居るため、俺の視線なんかはその中の有象無象の一つでしかない。


「相変わらず美しすぎるな……」

「学院では教師だけでなく生徒からも絶大な人気なのだろう? そうならない方が不思議ではあるか」

「何年経っても衰えない美しさ……くぅ! 勇者として活躍なされたカイシン様が羨ましい限りだ」

「あ、誤解したままなんだなお前。カイシン様とリリス様は何もないってもうみんな知ってるぞ」


 色んな声が聞こえてくるが、その中にはリリスを悪く言う物は何もなかった。


「……ほんと、全然変わんないな」


 子供であるのを良いことに、堂々と俺はリリスを見つめた。

 闇に溶けるかのような漆黒の長い髪と、サキュバスとしての名に恥じない圧倒的なまでの美貌。

 黒を基調とした魔女のような服装は、彼女の抜群すぎるスタイルを包み込んでいるのだが、それでも胸元の膨らみは隠せておらず、果たしてこの場の熱視線をどれだけ集めているだろうか……というか、その胸元も十分にけしからんけどその太ももを大胆に見せるスリットはなんだ!?


(って、正直昔はもっと凄かったもんな服装……服というよりビキニというか、カイシンが興奮しまくってリリーナにどつかれまくってたのも懐かしいや)


 俺や他の人たちが見つめるリリスは、ただジッとベンチに座っている。

 時折隣を向いて口を開けているのは……もしかして、俺たちには見えない何かがそこに居るのだろうか。


「……ははっ、でも元気そうで何よりだよ」


 王都に居るのであれば、その内一目でも見る機会はあると思っていた。

 魔王との戦いが終わった今の時代も、人々から魔族に対する偏見はあるものの、リリスに対してはそれがない。

 リリス自身が勇者パーティに同行したのもそうだし、カイシンとリリーナが後ろ盾であるのも大きいんだろう。

 そうして過去に浸っているとふと、ツンと鼻に届く甘い香りに俺は表情を歪めた。


「っ……この空気、相変わらずだなぁ」


 リリスの放つ雰囲気は、一言で言うならエロい。

 見た目がエロいのもそうだけど、サキュバスとして放つ色気があまりにも濃すぎるのだ。

 改心する前のカイシンだったり、旅の途中で出会う男たちはこぞってリリスに近付こうとしたが、それは俺とリリーナが全て防いでいた。


『異性が近寄ってくるのは私がサキュバスだからです。それに、同族の中でも私の魅了は強力で……それこそ無意識に放ってしまうのです。その度に庇うのは疲れるでしょう?』


 リリス自身も、無意識に垂れ流す魅了に疲れた顔をしていた。

 大よそサキュバスとしては珍しい部類の彼女だったからこそ、人間から精気を何十年単位で吸わなくても生きていける特別な体であることも教わった……ほんと、思い出せば思い出すほど普通のサキュバスとは違う。


『別に疲れはしないよ。俺からすれば、旅をする仲間を助けることに理由なんて要らないんだから』


 そして、当時の俺はこんな調子の良いことも言っていたっけか。

 奇跡の力によってリリスの魅了さえも跳ね除けていた……だから彼女にしつこく言い寄ることはなかったし、そのエロい体をモノにしたいと考えることは……男だから少ししかなかった。


『トワは凄いわよねぇ。女の私ですらクラクラしそうになるほどの魅了が効かないんだもの』

『魅了は効かないけど、リリスのことは良い女だと思うしくっそエロいとは思うよ? でも魅了無しにそう思うってことは、それだけリリスが魅力的な女性だって事の証拠なんじゃないかな』


 っ……そういやこんなことも話してたなぁ。

 一緒に話してたリリーナには肩を小突かれるし、同じく傍に居たリリスはそれからずっと下を向いて……でも、ああやって正直に思ったことを口にしたからかそれをきっかけにリリスとも仲良くなれたと思う。


「……懐かしいなぁ」


 懐かしい……本当に懐かしいものだ。

 けれどあの関係性はもう戻ってこない。俺は確かにトワだけど、あの時のトワではないのだから。

 それに、奇跡の力がないせいかリリスの放つ魅了を俺は受けている。

 体が子供なので流石に発情したりはないものの、間違いなくリリスの傍に居たら……それで俺が大人だったら我慢出来なくなりそうだ。


「……でも、何を話してるんだ?」


 気になる……ちょい近付いてみよう。

 まあ今の俺は人畜無害の何者でもないし、群衆に紛れているようなものなので大丈夫だろう……ただ、ある程度近付けばその輪からも外れてしまい俺だけになる。

 ある程度の視線はもらうもののの子供なので大したことではなかった。


「……………」


 リリスから放たれる甘い香りが更に濃くなり、頭がクラクラする。

 それでも頑張って近付くことで、ようやく彼女が何を話しているのかが聞こえてきた。


「ふふっ、王都は今日も平和で溢れていますよトワさん」


 ……え? 俺の名前?

 あぁそうか……俺も勇者パーティの一員だったから、それで天国に居る俺に向かって語り掛けてくれているのか!

 なんだよ嬉しいことしてくれるじゃないか!

 頭がクラクラするような魅了の効果が消え去ったかのように、俺は感動で胸がいっぱいだった……だが、続いた言葉に俺は理解が一瞬にして追い付かなくなるのだった。


「え? それも私たちが掴み取ったから当然? あぁそうですね……私たちが掴み取った平穏なのです」

「……??」


 なんだ……?

 リリスは誰と喋ってるんだ……?


「ですが……本当にあの時は助かりましたよ。トワさんが居なかったらみんな死んでいたと思います……あなたが居たから、私たちはこうして未来を歩めているのです」


 なんか……一人で話してないか?

 間違いなくリリスの隣には誰も座ってないのに、リリスはそこに誰かが居るかのように会話をしている。

 ただ喋るだけでなく頷き、身振り手振りも添えて……えぇ?


「あ、トワさん……? そ、そんなこんなところで……ここは外ですしまだ明るいですよ?」


 その瞬間だった。

 視認出来るほどの桃色オーラ……それがリリスの放つ魅了の魔力であることに気付いたが、もう遅かった。


(これ……近距離にしか放ってない奴だけど、その分濃度が……ヤバイ意識が朦朧として――)


 いや……何かを考えることは出来る。

 それでも目の前に居るリリスにしか顔が向かない……勝手に体が動き、彼女の正面に立った。


(……あ)


 そこに誰も居ないのに、一人で喋る危ない趣味に目覚めたのかと思っていたが……リリスは涙を流していた。

 止めどなく溢れ出る涙……その潤んだ瞳は俺を見つめ、驚愕したかのように大きく見開いた。


「あ……もしかして魅了が……! いけない……私ったらまた無意識に垂れ流してしまったのかしら!?」

「……………」


 勝手に動く体はそのままリリスへと吸い込まれていく。

 あわあわとしたリリスだったが、俺を受け止めるように腕を広げ、そのまま俺はあまりにも大きな彼女の胸へ倒れ込んだ。

 柔らかい……揉みたいむしゃぶりつきたい……そう思うのは、魅了を受けたのとサキュバスの体だからか?


「どこの子でしょうか……悪いことをしてしまいましたね」

「……っ」


 そこで俺は、顔を上げた。

 大きく柔らかな双丘を顔を這い出させれば、リリスと視線が交差する。


「……トワ……さん?」

「……………」

「……いいえ、違いますね――私たちの息子ですね」


 ……!?!?


「取り敢えず連れて帰りましょうか」


 ちょ、ちょっとどうなってるぅ!?

 流石の流れに再び魅了が断ち切れ、意識をハッキリとさせたがリリスは全く俺を離してくれない。


「ちょ、ちょっと俺は大丈夫だから!」

「あら……魅了が解けたのですか? ですが関係ありませんよボク」

「いやだから……」

「家に帰りましょうボク」


 は、話を聞いてくれねえぞ!?

 助けてくれ母さあああああああああああん!!

 夕暮れの広場に、そんな俺の情けない声が木霊するのだった。

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