一方的な再会

「……ふぅ、今日はこんなところで良いか」


 俺は額から流れる汗を拭い、暑く照り付ける太陽を見上げてそう呟く。

 基本的に今の俺の日々は母さんと共に過ごすというのが当然として、他に何かやるとすれば今みたいに魔法の特訓だったりする。

 他に子供らしい趣味とか、遊ぶのも悪くはないんだが……こうして精神が成熟してくると、どうも未来のことを考えて魔法を練習しようってなってしまうんだよな。


「前の体より魔法もそうだけど、剣術も上達が早い……奇跡を起こす力がない分、それはそれでかなりありがたいよなぁ」


 そう、今の体は前の俺よりも圧倒的に吸収力が違う。

 まあ剣術にしても魔法にしても、母さんというあまりにも参考になりすぎる存在が居るのも大きかった。

 ヴァンパイアクイーン……前に聞いたことがあるけど、それはヴァンパイアの中でも特に強い力を持った者に与えられる称号らしく、それを蹴るだけでなく住み家さえも飛び出した母さんだが……いやはや本当に母さんは強い。

 だが記憶の中に居るかつての仲間たちも、間違いなく最強だった。

 そんな彼らと同等ほどの力を持つ母さんには尊敬の念が尽きないし、俺に色々と教えてくれることにも感謝してもし足りないくらいだ。


『一応、王都に住む子供たちは十歳になると魔術学院に通うのが普通になっている……が、トワには私が居るからな……も、もちろんお前が通いたいと言うのなら考えるが!?』


 この王都には、十歳から通うことの出来る魔術学院がある。

 将来のことなんかを考えたらそこで華々しい経歴を作れれば、どんな仕事に就くかはともかく未来は安泰だろう。

 でも……母さんがとにかく乗り気じゃないんだよな。

 というのも学院に通うことになれば、四六時中一緒というわけにもいかないからで……つまり母さんは寂しいんだ。


「ああ言ってくれるのは嬉しいんだけど……どうしよ」


 ……ま、十歳まで後少しあるしのんびり考えようか。

 そうして家に戻るとリビングで母さんが縫物をしており、その姿には俺を想う慈愛……そして漂う凛々しさが混在している。

 マジで母さんイケメン美人……そんな風にジッと見ていたら、母さんが俺に気付き手を止めた。


「魔法の練習は終わったのか?」

「今日はもう良いかなって。汗掻いちゃったしシャワー浴びるよ」


 やっぱり汗を掻いた後のシャワーは格別だ。

 何度も言っているがこの異世界では技術がかなり進んでおり、一般家庭にも浴室はそれなりに普及している。


(いやほんと、現代に技術が近いだけでこんなにも楽なんだわ。よくある異世界物の漫画とかアニメだと技術が進んでないのも見てたし……俺はそういう世界じゃやっていけねえよなぁ……)


 なんてことを考えつつ、シャワーを浴びるために風呂へ……向かったのだが、何故か母さんがドヤ顔で付いてきた。

 えっと声を出すよりも早く母さんは服を脱ぎ捨て、ついでのように俺の服を脱がせて浴室へGO。


「か、母さん?」

「なんだ?」

「えっと……母さんもシャワーを?」

「気にするな」


 いやいや気にするでしょ!

 ……でも、何だかんだ母さんとこうやって風呂に入るのは別に珍しくはなかったりする。

 まあ俺もまだ七歳だし……おかしくはないか?

 こ、ここは七歳の俺に身を任せるとしよう!


「気持ち良いか?」

「うん……」


 俺も母さんも家族なので、体を隠すようなものは何もない。

 後ろから頭や体を母さんは丁寧に洗ってくれる……その手の動きは本当に優しくて、同時に温かさを感じさせてくれる。


「やはり息子と一緒に入る風呂は格別だな」

「……そうだね」

「ただ、私としてはいつお前が恥ずかしいから嫌だと言い出すか……それだけが怖いんだがな」


 ごめん母さん、今も十分に恥ずかしいよ。

 きっと風呂に居るからだけではないほどに、俺の顔は真っ赤だろうけど母さんは一切気にした様子もなく……そうして俺が終われば、今度は母さんの番だ。


「さあトワ、今日も私の体を洗ってくれるかい?」

「……あい」


 洗いっこと言えば可愛いんだけど……本当に刺激が強すぎる。

 母さんの体はシミはおろか、当然のように傷なんてなく真っ白な綺麗な体……ふんわりと膨らんだ大きな胸、形の良い尻に絶妙なバランスを維持する腰のくびれと……こうして冷静かつじっくりと分析してしまうくらいには優れたプロポーションをしている。


「あぁ……気持ち良いよトワ」

「うん……」


 無心……無心になるんだ俺ぇ!

 その後、無事に母さんの体を洗い終えて二人仲良く湯船に浸かる。

 体の芯まで温まる気持ち良さについつい頬が緩々になりそうだが、それは母さんも同じようだ。

 あ、ちなみにヴァンパイア……吸血鬼は流水がダメだなんて話も一説にはあるらしいけど、この世界の母さんたちは平気らしい。


「よし、それじゃあまたレベルを見てみようか?」

「あ、お願いします!」

「ふふっ、気合が入っているようでよろしい」


 母さんが魔法を発動させ、俺のステータスを見てくれた。


「おぉ……15まで来たか。凄いぞトワ」

「ほ、ほんとに!?」


 15! それはかなりの成長じゃないか!

 この世界ではレベルが存在しており、そのレベルによってどれだけ優秀なのかを推し測る指標になっている。

 例を出せば、特に力を持たない一般人は1~5くらいで、魔術学院に入学出来るレベルは10からとされている。


(剣術、魔法……その他全てのポテンシャルを統合してのレベル……分かりやすいけど、その分絶望する人が多いのも事実だ)


 それだけ一つの数字で全てが測れるというのは、人々に希望と絶望を与える数字となっている。

 ちなみにこのレベルなんだが、ゲームのようにポンポンと上がって行くものではなく、30を越えれば天才だとか言われるほど……つまり魔術学院を卒業するくらいに30を越えようものなら、多くの勧誘を受けるほどになる。


(あの時戦った魔王は推定80くらいで……カイシンが68、リリスとセレンがそれぞれ65……リリーナが60だったか。俺は50だったし……そう考えると俺も大分凄かったんだよなぁ)


 まあ俺のレベルに関しては奇跡の力によるブーストが大きかった。

 カイシンたちは間違いなく純粋な天才だったけど俺はそうじゃない。奇跡の力を加算に入れなかったらたぶん……25とかまで一気に下落するんじゃないかな。

 俺の奇跡の力については、ハッキリと数値化出来たわけじゃない。

 それだけの神秘だったのもあるし、リリスやセレンでも全く解明出来なかったから。


「でも母さん?」

「なんだ?」

「母さんはヴァンパイアとして、人の中で生活したわけじゃないのに随分と詳しくなったよね」

「それは簡単なことだ――これから先、お前と共に人間社会の中で生きようと考えたからこそこうして情報も仕入れたし、何より過去の私が驚くほどに人の中に染まったと思うぞ?」

「……そうなんだ」

「そうでなくては、あんな風に肉屋の店員なんかと仲良くは出来まい」

「それは確かに」


 母さんの場合は、その圧倒的な美貌に惚れ込んだ人が近付いているだけに思えるけど……でも近所の人たちとも仲が良いし、何よりママ友もそれなりに出来たようでマジで楽しんでるよ母さんは。


「しかし、当初の不安は嘘のように平穏な日々だ。使い所がなくて放置していた宝石の類も役立ったしな」

「あれ……凄かったよ本当に」


 人の社会で生きるには金が必要なのはもちろんだけど、その点に関しても全く心配はなかった。

 母さんが持っていた宝石の一部を売って金にしたからである。


『昔の私は実力を試したくて各地のダンジョンを転々としたからな。その時に手に入れた宝石は数えきれないほどにある……こいつらも、私とトワの生活を手助けする役割をもらえるのだから幸せだろう』


 この言葉は王都に移り住む前に言っていたことだけど、どうも昔の母さんはバトルジャンキーだったようでダンジョンを悉く制覇したとか。


「母さんのレベルは……65なんだよね?」

「そうだぞ? だがまあ、お前のことを想えばそれ以上の力を出せるはずだし、私はまだ後二段階力の開放を残しているからな」

「……………」


 もう母さんに頼んだら魔王とか倒せたんじゃないかな……。


「……だが、私はまだトワが学園に通うのは乗り気じゃないぞ。だって四六時中一緒に居られないじゃないか」

「母さんそれは――」

「分かってる……分かってるとも! 私は何年経っても息子離れ出来ないんだ! はぁ息子離れ? 出来るわけないだろうこんな可愛い息子なんだからなぁ!?」


 あ、また母さんの暴走が始まった。


「それにトワは……トワは未来の……だから離れるだなんて耐えられんのだ!!」

「はいは~い、母さん落ち着いてね~」


 それからしばらく母さんを落ち着かせる俺だった。


「そろそろ上がるか」

「はいっす」


 風呂から上がった後、俺はまた外に出ていた。

 まああれだな……シャワーを浴びたからと言って夕飯時でもないんだし暇になったら外に出ちゃうお年頃だ。


「……なんだ?」


 家の前がちょうど、多くの人が行き交う広場になっている。

 そこで何やら人だかりが出来ていた……何故か少しばかり、懐かしい気持ちになったのは何だ?


「どうしてあの人が?」

「分かんね……でも相変わらず凄まじい美人だな」

「リリス様かぁ……憧れるねぇ」

「勇者パーティに同行したサキュバス様だもんなぁ」


 リリス……?

 逸る気持ちを抑えるように俺は人波を掻き分けてそこに向かう……そして、俺は彼女を見た。


「……あ」


 ただ彼女はベンチに座っているだけ……だというのに目を離せなくなるほどの存在感を放っている。

 かつての仲間であるリリスが、昔と変わらない姿でそこに居た。

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