彼が居ない世界
仲間たちを守り、死んだと思ったら転生していた。
こんなことを脳内で語るのも何度目だって話だが、あれから早くも七年ほどが経過した。
俺はフィアママ……母さんの元で健やかに育ち、幼いながらも中々良い面構えに成長している。
「……なんつうか、ちょっと違和感はあるけど慣れてきたな」
まだまだ顔立ちはガキだけど、成長したらそれなりのイケメンになりそうで内心ワクワクしている。
とはいえ絶世の美男子というわけではなく、前世に比べたらってのが大事な部分だ。でもあまりにイケメンすぎても違和感ありそうだし、これはこれで良い部分かもな。
「トワ~! 朝食の準備が出来たぞ~!」
「あ、は~い!」
母さんに呼ばれたので、俺はすぐにリビングへと向かうのだった。
リビングに着くと美味しそうな朝食の香りが鼻孔をくすぐり、そんな俺を出迎えたのは会った頃から特に見た目は変わっていない母さんだ。
まあ魔族ということで人間より遥かに長生きするので、それだけ母さんの美貌も保たれている。
「おはようトワ」
「うん。おはよう母さん」
挨拶をすると、母さんは大きく手を広げた。
俺はその様子に今日もかと苦笑し、母さんに応えるべくゆっくりとその胸に飛び込みハグをする。
「ふふっ♪ 今日も愛おしい息子の元気な姿を見れて私は嬉しいぞ」
「……俺も嬉しいよ母さん」
「はっは~!! そうかそうか!」
正直……既に赤ん坊ではないのでこういうのは流石に恥ずかしい。
ただこの体になってずっと一緒に居たのもあるし、あくまで彼女は俺の母親なのでこうすると凄く落ち着くんだ……ふぅ。
(……まあそれだけじゃないんだがな)
一度だけ、流石にもうこういうのはどうなんだろうと母さんに言ったことがあるけど、その時の母さんの絶望した顔と言ったら……アレを見てしまうと止めてくれとも言えなくなったんだ。
「さてと、いつまでもこうしていたいが朝食にしようか」
「うん」
母さんと共にテーブルに着き、朝食を食べ始めるのだった。
「美味しいよ母さん」
「ありがとう」
美味しいと伝えれば母さんは心から嬉しそうに笑う。
そんな母さんの笑顔を見ているとこっちまで胸がポカポカしてくるほどの幸福感に包まれる。
(七年か……長かったような短かったような)
朝食を食べながら、俺はこの七年間を振り返る。
振り返ると言っても何か大きな事件に巻き込まれたり、それこそあのネトルのような何者かに絡まれたなんてこともなく本当に平和だった。
だが、この世界に関しては沢山のことを知れたし変化もある。
(……母さん、改めてすげえよ本当に)
まず、住む場所が変わった。
以前に住んでいた場所から俺と母さんは引っ越し、今この世界において最も発展しているだけでなく、人が一番多いだろう王国――その心臓部でもある王都へと引っ越してきた。
(母さんには感謝してもし足りないよ)
母さんは人外ということであまり人間と相容れる存在でもないのに、ただ俺のことを考えてこの王都に住む決断をしてくれたのだから。
『私は人に紛れるのも得意だし、外行きの顔は任せてくれ……まあそれ以上に、私はお前が一番伸び伸びとしてくれるのを願っているんだ。それにトワと接することで、人との話し方も学んだようなものだからな』
そう言ってニコッと笑った母さんは……ま~じで母親の顔だった。
その内話さないといけないとは思っているが、この王都は一応前の俺が生まれ育った地でもある……二十年という月日を経て街並みは少し変わったが、空気は懐かしいそれで凄く安心したのも記憶に新しい。
「どうした?」
「え? ……あぁううん、母さんは今日も綺麗だなって」
「……いきなり口説くのは止せよトワ」
考え事を誤魔化すために出た言葉だったけど、母さんは口元の緩みを抑えられないくらいにニヤニヤしている。
というか口説くつもりはこれっぽっちもないぞ……?
そもそも俺は息子で母さんは母さんなわけで……もちろん義理だし血の繋がりはないものの、それはあかんと俺は思うわけですよ!
「か、母さん! 俺、また今日もお出掛けしたい!」
「うん? おぉそうか……なら今日も私と一緒に外に行こうか」
……ふぅ、妙な空気は咄嗟に流すに限るぜ。
ただ……やっぱどんな表情も母さんに似合うので、この先男嫌いの母さんが誰か良いと思った人を見つけたのなら、こんな母さんを嫁に出来る男は最高に幸せ者だぞ。
その後、しっかりと食事を終えて母さんと共に外へ出るのだった。
「さあ、手を繋ごうか。たとえ少しであっても離れるわけにはいかん」
「うん」
ギュッと手を握ると母さんはクスッと微笑んだ。
(相変わらず……凄く賑やかだ)
王都の街並みは賑やか以外の言葉で言い表すことは出来ない。
この世界において一番人が多いということは、それだけ他所から来る人も多く活発ということだ。
「お、ラインストールさん! 今日も息子さんとデートかい?」
「その通り……と言いたいが、デートというのは違うだろう?」
「何言ってんだ。そんなに仲睦まじい様子を見せられたらデート以外に見えねえだろ」
「ふふっ、そうか――店主、後で寄るから良い物を用意しておいてくれ」
「あいよ!」
母さんみたいに物凄い美貌の人だからこそ、引っ越したその日からかなり噂になるくらいだった。それは母さんがうるさいと眉を顰めるほどだったけれど、こんな風に近隣住民と打ち解けている。
「母さん、色んな人と仲良くなったね?」
「自分でも驚くくらいだな……ま、彼らも私を人間だと思っているからこそだろう」
もちろん、母さんがヴァンパイアであることは内緒でこれからもそれは変わらない。
「……………」
母さんと手を繋ぎながら視線を見上げた先――王国の主たちが住まう王城だ。
(あれ以来……だな)
魔王城へ向かう前の晩餐会……その時に訪れた以来だ。
(カイシンにリリーナ……頑張ってるみたいだな)
かつて共に旅をした勇者カイシンと王女リリーナ。
俺が死んでからの長い年月を経て、カイシンは魔王討伐の功績もそうだが、何よりリリーナの相手として王の座に君臨しているらしい。
それを母さんから教えてもらった時は大層驚いたけど、どうも旅を終えてからどんな争いさえもなくしたい……どんな犠牲させも出さないという想いから王となったらしく、それを支えるためにリリーナも彼の隣で今も頑張っているのだとか。
「トワ、城が気になるのか?」
「……大きいなって思ったんだ。俺たちには無縁な場所だろうけど」
「お前の願いはどんなことであろうと叶えてやりたいが、流石に城に忍び込むのは勘弁してくれ」
「そんなこと言わないよ!」
「ははっ、なら良かった」
そんなことしたら俺たちお尋ね者だし捕まったら極刑だよ……。
「……………」
でも、あのカイシンがなぁ……マジで不思議な気分だ。
カイシンもリリーナも人間なので順当に歳は取っている……雑誌の写真でそれは見たけど、その変化が寂しいと思う反面元気に生きてるんだなと嬉しくもある。
(カイシン……リリーナも――王国を守ってくれてありがとな)
いつの日か……面と向かって言える日が来るのかな。
そんなおそらくは叶いもしない願いを抱きながら、母さんとのお出掛けを楽しむのだった。
ちなみに、前の俺が産まれた家も残っているみたいだが……正直、全然興味がなかったので調べる気にもならなかった。
▼▽
「かつて浮名を流し……かけるも親友に止められ、将来は必ずハーレムを作り酒池肉林を築き上げる……そう宣言していたのに、そんな俺は嫁一人と生まれた息子と娘を愛する父親か」
「それが良いのでは?」
城下を見下ろせるバルコニーにて、現在のアストラム王国を治める王と妃が二人で会話をしていた。
王の名はカイシン、妃の名はリリーナだ。
二人とも四十五歳になったが、お互いにまだまだ本来の歳より若く見えるほどの美貌を保っている。
「魔王を倒してから世界は見違えるほどに平和になった……だが、それでも他国の問題や小さな火種は残り続けている。おまけに、魔族の方も怪しい動きを見せているか」
「……本当に面倒ね。何故、平和をわざわざ崩そうとするのかしら」
「まあ、争いは基本的に無くなることはないんだろう悔しいが。それもこれも全部トワが言った通りだ」
カイシンがトワと口にした瞬間、リリーナの表情が曇った。
「トワ……彼が亡くなってから随分と経つわね。今でも時々、彼も私たちの傍に居て笑い合っている夢を見るわ」
「それは俺もだ――むしろ、何故あいつが死ななければならないんだと足掻く夢を何度も見ているさ」
「カイシン……」
二人にとってトワが死んだこと、それを今もなお引き摺っている。
だがどうやら、カイシンとリリーナ以上にトワの死を受け入れられない者たちが居るようだ。
「私たちはまだマシな方よ。魔法学院の専属魔術師として働いてくれているリリスは、時折虚空に彼が居るかのように愛を囁いている……セレンはエルフの里へ引き籠り、反魂の魔法を開発していると聞くわ」
「……彼女たちはずっと立ち止まっているということか」
「えぇ……せめてブライトオブエンゲージの発動さえなければ、ここまでにはならなかったのでしょうけれど」
自分は無力だと言わんばかりにリリーナが下を向き、カイシンはそんなリリーナを抱き寄せた。
「ある意味、立ち止まっているのは俺とお前もかもしれないな。それだけあいつの死は大きすぎたんだ」
「……どうして、死んでしまったのよあの馬鹿」
大切な仲間を失った傷は今もなお残り続けており、本来であればもっと若い段階で世継ぎを作るのが普通だったところ、カイシンとリリーナに子が産まれたのは今から十年前だ。
周りから色々な憶測があったものの、カイシンとリリーナの仲睦まじさを見ていれば、たとえ世継ぎの誕生が遅かったとしても何も心配することはなかった。
しかしながら彼らは想像もしまい――トワが再び、この世界に生まれ変わっていることを。
【あとがき】
サキュバスさんは隣に主人公の幻影を見るようになり、エルフはどうにか生き返らせられないかと研究に勤しみ……という感じになりました。
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