母は強し
ぶっ壊された家も修復され、最初からネトルの襲撃なんぞなかったかのように元通りになっていた。
(やっぱすんげえなぁ魔法って)
瓦礫が宙に浮き、時間が巻き戻るように再度組み立てられていく光景は芸術的だった。
ただ、完全に家が修復された段階でフィアママが近いうちに引っ越すかと言っていたので、もしかしたらこの家に住むのも後少しなのかもしれない。
(でも……さっきの発言は何だったんだ?)
俺氏……さっきからずっと旦那様発言が気になっているでござるよ。
苦しそうなフィアママを見たくなくて血をあげたわけなんだが、随分と俺の血は美味かったらしく恍惚とした顔だったし……あれはそういう意図じゃなくて、単純に雰囲気的なアレでそう言っただけだよなきっと。
「よし、今日はもう休もうか」
先ほどまでの男装の麗人然とした服装から一転し、どうやらフィアママの寝間着はドエロいネグリジェのようだ。
かっこいい女性からエロい女に大変身したフィアママだけど、そりゃこんな人を放っておく男なんて居ないよなと納得する……まああのネトルみたいな奴の行動を正当化は出来ないけどさ。
優しく俺を抱き上げたフィアママは、そのままベッドに入った。
「今日はすまなかったな? お前にとっていきなり何も知らない私に拾われただけでなく、あんな奴との問題にまで巻き込んでしまった」
「だうっ!」
謝る必要はない、そう言いたくて声を上げた。
フィアママは嬉しそうに俺の手を優しく握りしめただけでなく、その豊満な胸元に優しく誘った。
「あぁ……本当にお前は可愛いなぁ♪ 奴にも言ったし、その前にお前にも言ったが、私はお前を息子として受け入れたいんだ」
誰にも頼れない今の俺からすれば、それは願ったり叶ったりだ。
ギュッと今出せる最大限の力でフィアママに抱き着けば、フィアママはありがとうと言って俺の頭を撫でる。
……あぁ、これが母親の愛って奴だよなやっぱり。
家族から愛を受け取ることなんてなかったから親孝行なんてものもしていなかった俺……この先、どうにか恩返しは必ずしたいものだ。
(けど、まだまだ分からないことは多い。フィアママが言われていたヴァンパイアクイーンだとか……他にも色々あるけど、それはこれから知っていく機会はいくらでもあるのかな?)
家族として過ごしていけば、その機会は必ず訪れる。
なら俺は急ぐこともせず、その時を待てば良い。
「ってちょっと待て……私はお前の名前を知らなかったな。ずっとお前お前というのも母親として許されんだろ……う~ん」
「……あ~う?」
「よしよし、良い名前を考えるからな」
それからしばらく、フィアママは考え込み……そして俺に付けるべき名前が出来たようだ。
「トワはどうだ?」
「だうっ!?」
おぉ……今、破裂するんじゃないかってくらいに心臓が跳ねたぞ……。
奇しくも前世で使っていた名前なんだが……何故その名前なのかフィアママは続けた。
「私とお前が出会えた奇跡。そう奇跡……奇跡と言えば、かの勇者パーティで活躍した奇跡のトワの代名詞でもある。英雄の名を子に与えるのは珍しくもないし、とにもかくにも私とお前の間に起きた奇跡を考えれば、トワという名前で良いんじゃないかと思ったんだが……どうだ?」
熱に浮かされた表情から不安そうな表情へフィアママは変わった。
……でも、どうやらさっき言っていた奇跡のトワ然り、勇者パーティ然り……もしかしてこの世界って、俺が死んだ後……俺は同じ世界の未来に生まれ変わったのか?
「ダメ……か? う~ん、なら別の名前を――」
「だっ!」
おっと、そんなことはないんだフィアママ!
幸か不幸か、前と同じ名前なら俺としても安心出来る……新しい名前を受け入れるつもりはあったけど、慣れ親しんだ名前というのはそれだけで気持ちが楽になるだろうし。
「おっ、良さそうか……? トワという名前で良いのか?」
「だうっ!」
「そうか……ならお前は今日からトワだ」
よっしゃ! 名前を付けられたぜ!
今日から俺はトワ……まあ前と同じ名前だけど、こうして呼び名がしっかり決まったのは良いことだ。
「トワ……トワぁ♪」
ふんわりマシュマロの膨らみに俺を抱きしめながら、フィアママはそれからも何度か俺の名前を連呼する。
赤ん坊の身だからこそ体験出来るこの素晴らしい感触を噛み締めながらも、俺が考えるのは別のことだ。
(この世界は……俺が死んだ後の世界)
ということは……あいつらはまだ、この世界で生きているのかな。
フィアママの温もりに包まれて眠るまで、俺はずっと脳裏でかつての仲間たちを思い浮かべていた。
▼▽
「……眠ったか?」
アストレフィアは自身の胸の中で眠るトワを見つめ、その瞳いっぱいに慈愛の色を浮かべていた。
それは正に子を見つめる母の目。
決して出会ったばかりで、拾ったばかりの子供に向けるような目ではないことなど火を見るより明らかだ。
だが、現に彼女はトワにこのような目を向けている……それは単に、トワとの出会いが彼女の眠っていた母性を目覚めさせたに過ぎない。
「私がこんな風になるとはな……子供の相手をしたことはないし、ましてや子を産んだ経験も当然ない……だが不思議とお前に対してやりたいことが次から次へと出てくるんだよ」
それはアストレフィアにとっても不思議な感覚だった。
子育ての経験は一切ないのに、どういう風にすれば良いのかが脳裏に浮かんでくるのである。
「そして……トワという名前も気に入ってくれて良かった」
トワ……それはかつて、魔王を倒すために貢献し死んだ男の名だ。
魔王と同じくアストレフィアも魔族ではあったが、魔族の全てが魔王に与しているわけではない。
人間を支配することに興味はなく、ましてや世界征服なんてことにも興味がない……それが種族単位で存在している。
代表的なところで言えば、ヴァンパイアやサキュバス……エルフなどの中立を維持する種族だろうか。
「奇跡のトワ……惜しい存在を亡くしたと囁かれていたか。あれから既に二十年ほどが経過したわけだが、当時の勇者パーティはあの戦いを機に解散したとも聞く……よほど辛かったのだろう」
特に勇者パーティに同行していたサキュバスとエルフは、奇跡のトワが死んだ際に彼の死体からしばらく離れなかったほどらしい……一体どれだけの絆と愛がそこにあったのか、想像に難くないとアストレフィアは思った。
「ふぃ……まま……」
「っ!?!?」
ママと、そう呼ばれたことにアストレフィアはまた興奮した。
眠っていた強すぎる母性を覚醒させた彼女にとって、赤ん坊――トワから与えられる全てが刺激的であり、そして愛を自覚させるものだ。
「トワ……私はお前を愛しているぞ。これからもずっと……ずっとな。赤ん坊としても……そして旦那様としても」
……旦那様と、彼女は言ったがこれにはちゃんとした事情がある。
「まさか私がそれを経験するとは思わなかったんだ……魔族の中には、特に私たちヴァンパイアとサキュバス、エルフにはふと運命の相手が現れることがある……どんなきっかけであれ、それに気付いてしまったらその相手しか見えなくなるんだ――ブライトオブエンゲージと、そう呼ばれる現象がな」
ヴァンパイア、サキュバス、エルフに時折発生する事象の一つであるブライトオブエンゲージは、正しく自分の運命の相手と己の運命を結び付ける現象だ。
端的に、簡単に言えばその運命の相手のことを好きで好きでたまらなくなるというもので、自分の全てを差し出してても愛したくなる現象。
「昔から男に言い寄られるのが面倒で、男というものを避けていた私がこれとは面白いものだ……だが悪くはないな」
今回の場合、きっかけは間違いなくトワの血を吸った時だ。
あの瞬間の感覚はどんな甘美な体験よりも甘く、思い出すだけで脳を痺れさせるほどの瞬間だった。
眠り続けるトワは当然、そんな現象も知らないだろうしアストレフィアが抱く感情も分からないだろう。
「トワ……今はまだ、私はお前の母親で居よう……だがもしも、もしも許してくれるなら……その……私をお嫁さんにしてくれると嬉しい」
照れたようにアストレフィアはそう言い、チュッとトワの額にキスをするのだった。
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