新しいママが出来ました

(……これは一体、何が起きてるってんだ?)


 俺は仲間を守って死んだ。

 俺たち勇者パーティの最大の目標である魔王の討伐……勇者のあいつが魔王にトドメを刺した後、俺たち全員を巻き込むように自爆した魔王からみんなを庇って……それで俺は死んだはずだったんだが。


「ばぶぅ~!」

「ははっ、可愛い赤ん坊だなぁお前は」


 なんでか生き返って、男装の麗人みたいなめっちゃ綺麗な女性に抱っこされている件。

 ……いや、これは生き返ったではなくまた転生したのか?


(……人間、転生って二回もするんだなぁ)


 なんて思ったけど、そもそも転生自体があり得ない現象だったわけで。

 そう考えるとこうして転生を二回経験すると、俺ってまたどこかで死んだら転生するのか……?


(……いや、流石にまた死ぬってのは嫌だな)


 一応、この体になる前の記憶はちゃんと残っている。

 勇者パーティの大事な仲間たちを爆発から庇って……痛みは一瞬でなくなったけど出来ればもう死にたくはない。

 それに……あんな風に誰かを泣かすなんてこともしたくない。

 とはいえ、俺にまたあれくらいの素晴らしい仲間が出来るかは分からないけれどさ。


「ばぶ~!!」

「うん? どうした?」


 というか、何かを喋ろうとしたらばぶ~としか言えないのどうにかならないのか……?

 まあ赤ちゃんだから仕方ないとは思うけど、ここまで見事なばぶ~って普通の赤ちゃんも言わないだろ……言わないよな?


「……もしかして私を母親だと思っているのか? それでそんな風に笑顔を浮かべているのだとしたらすまない……私はお前の母親ではないし、名前すら知らないんだから」


 あ、それは存じていますよはい。

 まんまと俺を捨てやがった両親の顔は覚えてるし、言われたことだってバッチリ覚えてるんだからな。


「……男を毛嫌いする私にとって、子供は無縁だと思っていた。だがこれも何かの縁だ――せめてお前が独り立ち出来るまで、それか何かきっかけがあるまでは親代わりになろう」

(えっと……めっちゃ良い人じゃんこの人)


 すっごく良い人すぎて半ば感動だ。

 俺を見下ろす女性を改めて観察してみると、こうして傍に居るからこそその美しさを明確に感じる。

 セミロングの銀髪に血のように真っ赤な瞳……掘りが深いように見える顔立ちも、一層女性の中性的な美貌を際立たせている。


(さっきからぷにぷにと柔らかいぜ……)


 そして、そんな麗人のような女性だが……めっちゃスタイルが良い。

 それこそ勇者パーティで共にしたサキュバスやエルフの彼女たちと同等くらいの素晴らしい物をお持ちで……あぁいやいや、今の俺は赤ちゃんなんだからゲスな考えは控えないと!


「おっと、そんなに私の胸が気になるのか?」


 だがしかし!

 俺の意思とは関係なく、何故か手が女性の胸に伸びてしまう。

 なんで……? 俺の手全然止まってくれないんだけど!?


「ははっ、残念だがミルクは出ないんだよ」


 くぅ……もしかしたらこれってあれか?

 赤ん坊たるものミルクを飲まなければ、そういうので女性の胸を触ってしまうのか……?


「安心しろ、すぐにミルクは作ってやる」

「だうっ!」


 なんやねんだうって。

 かわい子ぶるんじゃねえよ。


「……ほんとに可愛いなお前は」

「だうっ!」


 あ……じゃあ良いか!

 いくら記憶を持っているとはいえ、赤ん坊の体だから満足に言葉を発することも出来ない。

 ただ……俺の聞き間違いでなければ、この女性は男嫌いだと言った。

 もしも俺が記憶持ちだと気付いたら……首を斬られるんじゃないかって恐怖はあるが……ま、気を付ける他ないな。


「それじゃあ私はミルクを作ってくる……って、そんなに私から離れたくないのか?」

「……だうっ!」


 あれ……あれれ~?

 俺自身はそうでもないんだが、どうにも勝手に手が女性を離すまいと引っ込まない。

 それさえも女性は迷惑だと思う素振りは見せず、むしろ嬉しそうにしていたので俺は安心し、流れに身を任せるようにミルクの完成を待つのだった。



 ▼▽



 その後、バッチリとミルクを補給した俺は女性に抱かれていた。


「あぁそうだ……そう言えば自己紹介がまだだったな。私はアストレフィア・ラインストール――お前と違って人ではなく、ヴァンパイアなんだ」


 そう言って女性は……アストレフィアは見せ付けるように尖った歯をキラリと見せた。

 なるほど……こうして抱かれている中で人間ではないと思ってはいた。

 雰囲気がかつての仲間を彷彿とさせるというか、前世で見た人外たちを思い出したからだ。

 でもヴァンパイアか……俺、血を吸われたりしないよね?


「ふふっ、もしかして私がヴァンパイアだと知って怖くなったか? 言葉を理解出来るとは思わないが……まあ安心すると良い。確かにお前の血は美味そうだが、赤ん坊に手を出すほど落ちぶれちゃいない」


 そう言ってアストレフィア……長いからフィアにしようか。

 あぁあと、俺ももう赤ん坊として吹っ切れよう――彼女のことはフィアママと呼ぶとするぜ!


「ふぃ……あ……まま……?」

「っ!?」


 う~ん……やっぱりまだ上手い具合に喋れない。

 つうか元々日本で過ごした人生と、前世の人生を合わせたらそれなりの年齢ではあるんだけど……体に精神が引っ張られるってのは恐ろしいくらいに実感してしまう。

 だって確かにママって呼ぶことに恥ずかしさはあったのに、一瞬でなくなっちまったからな。


「も、もう一度……もう一度言ってみてくれないか……?」

「まんま?」

「……はっは~~~!! なんて可愛い子なんだお前はぁ♡」


 フィアママ……見た目以上に面白い人かもしれない。


「そうかぁ……これが子が出来て親馬鹿になるというやつか。男と交際の経験はないし処女だし子を産む腹の痛みも経験してないが……なるほどこれがそうなのか」

「……………」


 ……これ、聞いたらアカン奴や。

 俺がそんなことを考えているとは思ってないフィアママは、目にハートマークを浮かべながら頬ずりをしてくる。


(……しっかし、これも悪くないなぁ)


 とはいえ、こうして愛のようなものを受けるのは嬉しかったりする。

 日本に居た頃は当然こんな記憶はないし、男爵家の三男坊に転生した時もこんな風に良い接し方をされたことはなかったから。


「……あう」

「むっ? どうした?」


 あ、ヤバイ……涙腺が崩壊する!


「びええええええええええええんっ!!」

「ど、どうしたんだ!?!?」


 フィアママの愛に感動したせいで大泣きをしてしまい、大いにフィアママを困らせてしまったみたいだ。

 まだ腹を空かせているのか、それともどこか痛いのか……あわあわしながら慌てるフィアママを落ち着かせるように、俺はどうにかすぐに泣き止むよう頑張り、にへらと精一杯の笑みを浮かべるのだった。


「か、可愛いんだがぁ!? うちの息子可愛すぎないか!? あぁもう誰がなんと言おうとお前は私の息子にする! 異論は認めん!」

「だうっ!」


 色々とツッコミ所は満載だが、これは二度目……じゃなくて三度目の人生の始まりは安心して良さそうか?


(……というか、ここはどんな世界で……俺はどんな力を持ってるんだろうか……まだ奇跡を起こす力は残ってるのか?)


 確かめたいことは多いのに、まだまだそういう機会は先になりそうだ。


(俺にとってもっとも濃い記憶は二度目の転生……みんな、あんな別れ方をしてごめんな――俺は、生まれ変わって頑張るぜ)


 この生まれ変わった世界が、俺の新しい人生……今度こそ、もっと長生きするために頑張りたいもんだ。

 そして、フィアママに恩返しとかもしたいなぁ……って気が早いか。

 そんな風に考えていた俺だが、まさかの聞き逃せない言葉をフィアママの口から聞いた。


「しかし、お前と出会えたのは私にとって奇跡にも近い幸運だ。奇跡というとかの勇者パーティで貢献した“奇跡のトワ”を思い出すな」

「……だうっ!?」


 ……うん?

 奇跡のトワって……えっと、前の俺の名前はトワなんだけど……確か奇跡のトワだなんて呼ばれ方も何度かされていた。

 ……あれ?

 なんでその名をこうして聞くんだ……?


(もしかしてこの世界――)


 っと、俺の考え事はそこで急に停止した。

 一際眩しい光に目を閉じたかと思えば、フィアママがその場から瞬時に飛び退いたからである。

 そして、俺たちがさっきまで居た場所を光が貫いた。


「ちぃっ……」


 舌打ちをするフィアママ。


「やっぱりここに居たのか――迎えに来たぜアストレフィア」


 現れたのは……なんかこう、チャラ男って感じの奴だった。

 背中にある翼を見たら人間ではないことは一目瞭然で、フィアママを見る目があまりにも欲望に染まりすぎている。


「何の用だ――ネトル・ノガ・シュミ」

「言ったろ? お前を迎えに来たんだよ。俺の女になれってなぁ」


 ……どうやら、順調なスタートとは行かないらしい。

 というか一言だけ物申して良いか――その名前、どうにかならなかったのか?

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