01-14話 千代、怒りに身を震わす

■千代視点


 私が娘と外出から帰ると左近がいません。使用人によると近所の子供が呼びにきて、迷子の子供を探すためユキと一緒にでかけたようです。


 ユキは嗅覚訓練も受けているので、迷子の捜索にはうってつけよねと思っていると、子供の母親がやってきて、左近と子供が衛兵の支所に連れていかれたと教えてくれました。


 事情を聞くと左近達が子供を連れまわしたあげく放置したが、衛兵が来て大事になっているので、子供を脅して迷子にしたと強要したとの事だ。そして極めて悪質だというので衛兵に連行されたとの事です。


 そんな話を聞かされましたが何かの間違いかと思いました。左近は確かにまだ六歳ですが中身は大人です。迷子を探しに行ったのに連れまわすはずがありません。


 夫に相談しようと考えていると、衛兵の支所から一緒に連行された子供のお母さんと一緒に来るようとの呼び出しがありました。

 小夜達を使用人に預け眞莉と一緒に出掛けると、横柄な態度の衛兵と面談することになりました。

 眞莉は別室で待つように言われましたが衛兵を見て、親戚の者だといって強引についてきました。


 そこで、この衛兵から左近がガキ大将達を配下にし、子供達を虐待している事やヤクザと親しくしている事。

 今度の迷子騒動も自分達が連れ出し面倒になったので放置したが、衛兵が出てきて大事になったので、犬が探したとでっち上げたあげた。そして子供には真相を黙まっているよう脅迫し、極めて悪質だと決めつけてきました。


 隣のガキ大将さんの母親は青くなっていますが、私と眞莉は怒りで顔が赤くなりました。

 どう考えても、左近がそんな事をするとは思えません。それにこの衛兵は最初から態度が尊大でこちらを威圧するだけでなく、私の事を嘗め回すような視線で見てきます。

 なんだか私に対して含むところがあるような感じです。そう思っていると相手がまた口を開いてきた。


 「しかし奥さん。いくら子供のやった事とはいえ、これが公になると世間体が悪いでしょ、聞けば嶋家は近衛で隊長さんをやっているし、先代様は王都騎士団で団長をやってるんでしょ。

 跡継ぎが、こんな事をしたのがわかれば免職ってことになるかもしれないですよね。


 それじゃあ大変だし、私も目覚めが悪いんですよ。そこで相談なんですが、私の知り合いがやっている慈善団体があるんですが、そこに寄付してくれませんか、そうしてくれれば、私も面倒事から手を引きますから」


 どうやら、金次第で左近達を釈放するといっています。私は怒りを抑えながら、寄付する金額を聞きましたが、平民の家族なら二~三年は暮らせる金額です。


 こんな悪徳衛兵に金を渡すなんて御免です。私は、心を落ち着けながら、左近が犯罪を犯したという根拠を示して欲しいといいます。


「そんな事いえるわけないでしょ、捜査上の秘密って奴です」


 衛兵はととぼけた事をいいます。


 「ああ、迷子の子供の家に聞きに行っても無駄ですぜ、衛兵に協力するのは国民の義務だとよ~くいってますからね」


 これは相手も脅しているのでしょう、思ったよりも質が悪い衛兵です。


 「お聞きしますがこのまま罪も認めず、慈善団体に寄付もしなかったらどうなるのですか」


 「そりゃ奥さん、厳しい取り調べをしたうえで裁判ですよ。それに取り調べはきついなんてもんじゃなくて、どんな犯罪者でも口を割りますな。

 それにみんな衛兵の味方ですぜ、万に一つも息子さんが裁判で勝つ事はありません。

 有罪になったら何年も監獄ですな。息子さんみたいな美形の子が刑務所にいったら、ショタ好きの連中の玩具にされますぜ」


 この衛兵が金目当ての下種な男で、金を引き出すため左近達を捕らえたのは確実です。私は夫と相談しようと思っていると、前に左近の誘拐未遂事件の時に会った隊長がやってきました。

 そして私の顔を見ると、悪徳衛兵を外に連れ出しなにやらいい合っていましたが、戻ってくると「鍛冶屋の倅はまだ五歳なので釈放することになった」と渋々いっています。


 私達は、とりあえず釈放される子供達を待っていると、左近と面会できるとの事なので、直接会って話すことにしました。


 小部屋に通されると、左近は手錠をはめられたまま連れてこられます。

 衛兵は出て行き二人きりになりますが、左近はなにか書くものはないかという仕草をするので、紙とペンを渡すと、なにやら書き始めるながら話しかけてくるので会話をしながら、私も筆談で左近の相手をします。


 「母上、ご心配をおかけして申し訳ありません」


 「心配していました」


 「私は、あの衛兵がいったような恥ずべき事はなにもしていません」


 「それはわかっています」


 そんな会話をしながら、左近は色々と書いています。

  

 『ここは誰か聞いています。肝心な事は書きます。なにか要求されましたか』


 私も『釈放して欲しければ、慈善団体に寄付しろといってきました』と書きます。


 『相談するといって引き延ばしてください。あの男や他の衛兵のいった事は、すべて紙に書いて記録し、一緒に聞いた人に確認してください。

 そして、衛兵と会う時は必ず誰かと一緒に会ってください。できれば法律家がいいです。

 一人しかいないときは理由をつけて面談を拒否してください』


 『もう一人の子供は年少なので釈放されましたが、取り調べを拒否できません。

 取り調べられると無実でも強制的に自白させられるので、どこかで保護できないか検討してください』


 『衛兵は身内に甘いので、此度の事を他の衛兵に訴えても無駄です。内務大臣直轄の監察室にこの話を持ち込んでください。監察室は衛兵の不正を処罰できる権限があります。

 

 それにお爺様の知り合いが内務大臣をしています。

 内務大臣に就任したとき、お爺様がお祝いに私の刻字を贈っているので、その伝手つてで相談し監察室案件として処理してもらえるよう頼んでください。

 

 これから屋敷も監視されるし、尾行がつく恐れがあるので、外出は控えやむなく外出する場合は必ず眞莉を同行させてください』

 

 左近はそんな内容の事を次々に箇条書きしています。

 衛兵を取り締まる監察室の事など、私も知らなかったのに左近が知っているのに驚きました。

 それに内務大臣に刻字を贈っている事も初めて知りました。


 そして、会話は適当なところで打ち切って部屋を出ると、外に悪徳衛兵がいるので驚きます。


 「奥さん、大人しくしていないとお子さんの身に何か起きるかも知れませんぜ。可愛い娘さんもいるんでしょ。でも奥さんが俺の相手をしてくれるのなら、特別に手加減してやってもかまいませんぜ」


 私に体を差し出せば左近を釈放するといっていますが、私は屈辱で怒りに震えます。こんな男に身をゆだねるなどできません。そこに控えていた眞莉がやってきました。


 「千代様にこれ以上の無礼を働くと手打ちにする」


 刀に手をかけながらいうと、舌打ちしながら去っていきました。


 私は隊長に交渉しユキだけをなんとか引き取ると、急ぎ屋敷に帰り小夜と如月を連れて王宮に向かいます。夫は今日は王宮で夜勤なので火急の用があるといって面会します。


 受付の所で小夜と如月に待つようにいい、夫に事情を話していると王太子殿下がやってきました。

 仕事が終わったので将棋を指しに来たようですが、私の様子を見て何かあったのかと聞いてきます。

 事情を話すとすぐに内務大臣を呼び出し、監察室で早急に悪徳衛兵を取り締まれと指示しています。


 そして、相手が何をするかわからないので、私と小夜と如月それに眞莉とユキそれに、一緒に連行された子の家族はしばらく王宮で保護される事になりました。

 

 突然泊まる事になった私達に絵莉佳様は大喜びです。そしてユキを紹介すると、人懐っこくて真っ白い毛並みのユキに抱きつきますが、ユキにベロンと顔をなめられ可愛い悲鳴をあげています。


 静香様に信秀様も「利口そうな犬だ」といいながら白い毛を撫でていますが、可愛がられたユキはお腹を見せて甘えてくるので、皆も笑顔になっています。


 その間に私は衛兵とのやり取りをまとめますが、私と眞莉の様子を見て不審に思った静香様がやってきました。問われるまま事情を説明し、衛兵とのやり取りをまとめた書類を見せます。


 「なんなんですその衛兵は、こんな男放置できないわ」


 普段は温和な静香様が怒っているので、驚いた信秀様と絵莉佳様にも事情を説明することになりました。

 信秀様や絵莉佳様も驚いていますが、何も言わずに連れてきたきた小夜と如月も驚いています。


 「するとその衛兵は、迷子の子供を見つけた左近達に濡れ衣をきせ、留置所に入れただけでなく釈放のため金品だけでなく千代の体も差し出せといっているのか」


 私は信秀様が大人の事情まで指摘するので少し驚きながらも「その通りですと」といいます。


 「しかし、濡れ衣をかけるにしても酷すぎないか」   


 「どうも、前から私にも執着したように思いました。私を自分の物にするため左近に手をだしたようです」


 「あの男、下品な目で千代様を舐めるように見ていました。絶対に良からぬ事を思っているはずです。それに千代様にたいしてあのいいよう。何度も串刺しにしようかと思いました」


 「それでお母様、お兄さまはいつ頃でてくるのですか」


 「監察室が動いてくれるそうですが、時期はわかりません」


 「左近は厳しい取り調べを受けるのですか」


 「私もそれが心配です。無実の人でも罪を自白するほど取り調べは厳しいと聞いています」


 「母上、陛下に相談されては」


 「そうですね、殿下と相談のうえ陛下に奏上します」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る