01-13話 お頭、迷子を捜す
嶋家は新しく増えた家族にみんな夢中だ。とくに千代母さんに小夜と如月は、可愛いだの柔らかいだのといって離そうとしない。
事の起こりは俺への誘拐未遂だ。嶋家は帯剣貴族だが昼間は祖父も父もいないし、質素な家風なので使用人の数も少ない。それなのに誘拐犯に目をつけられそうな千代母さんや妹達もいるのだ。
不安になった千代母さんが友人に相談したら、知り合いの繁殖家に仔犬が産まれたので、番犬にしたらといわれたらしい。
心を動かされた千代母さんは眞莉に小夜と如月を連れて繁殖家を訪問したそうだ。
訪れた先では最初に成犬を見せてもらったらしいが、白い毛並みが綺麗で大きな縫いぐるみのように可愛かったので、小夜と如月は思わず抱き着いたらしい。
繁殖家の主人がいうには、寒い場所で家畜の番やそり引きなどに従事していた大型犬だが、頭もよくて温和な性質で、いつもニコニコと笑っているように見えると説明してくれたそうだ。
そして仔犬を見せてくれたのだが、授乳の時間だったので一生懸命母乳を飲んでいて、千代母さん達はその愛らしい姿に心を奪われ、その場で仔犬を飼う事が決まったそうだ。
繁殖家にどの仔を選びますか聞かれ、おとなしくて利口な仔が欲しいと言ったところ。少し離れたところに仔犬を置いてこっちに来いと呼びかけたり、他の仔犬と遊ばせたりしたうえで「この仔は落ち着いています」と薦められたのは雄の仔犬で、利口そうな黒い瞳を見てその仔に決めたそうだ。
その場で連れて帰りたかったらしいが、生後三カ月までは母犬の傍で兄弟と一緒に育てたほうが良いとの事なので一度帰ってきたのだが、それから仔犬がくるのを一日千秋の思いで待っているのだ。
祖父に弁慶父さんも犬を飼うのは賛成だし俺も反対ではないが、ちゃんと躾けたいとの事で、俺が調教担当として指名された。
調教などした事もないが、妹達も期待しているので転生者書物で犬の飼い方や訓練方法を調べると、まずは「すわれ」「待て」「来い」という命令をきかせる服従訓練や、飼い主の左側について歩く脚側行進を訓練した方が良いと書いてある。
その他にも調べてみると、犬は人間の四千倍も敏感な嗅覚があるため、迷子や誘拐の捜査にも役立つし、軍隊では敵の待伏せを察知するため軍用犬を使っているらしい。
家族会議で調べた事を話したあと、全員で訓練に参加してもらう事を説明し、犬の名前もユキと呼びやすい名前に決まった。
そして、遂にユキがやってきた。本当に縫いぐるみのような白い仔犬だが、足や肉球も大きくて、大きく育ちそうだと思ってしまう。
その後、ユキの服従訓練を家族全員で行うが、常日頃から命令し慣れていて威厳のある祖父と弁慶父さんの命令はよく聞く。次に俺と眞莉の順だが千代母さんと妹達はいつもユキを可愛がっているためか、遊び相手だと思っているようで、あまりいう事をきかない。
しかし根気よく訓練することで全員の命令を聞くようになった。
ただユキは人懐っこすぎて番犬向きじゃないのもわかった。可愛がってくれる人には甘えて、すぐにお腹を見せてしまう。
俺は、無理やり番犬としての訓練をしようかと思ったが、千代母さんと妹達が今のままで良いというので、甘えん坊になってしまった。
そして千代母さんは、ユキと一緒に散歩したり買い物することも多くなった。
大きくて白いユキは街中でも人気で、貴族を敬遠している平民からも話しかけられるようになり、ユキにおやつをくれる人も増えたそうだ。
そんなある日、ガキ大将が嶋家にやってきた。なんでも近所の子供が戻ってこないらしい。それで探して欲しいとの事だ。
ユキには嗅覚訓練も行っていて、実際に隠れた子供を探しだした事がある。ガキ大将もそれを知っているので俺のところに来たのだ。
千代母さんと妹達はでかけているので使用人に伝言をし、俺はユキを連れてガキ大将と一緒に迷子になった子供のお宅に行き、着ていた服を借りてユキに匂いを嗅がせてから「追え」というと、道を歩き出した。
「左近の兄貴、だいじょっすかね」
「俺もわかんないな。でも雨も降っていないし、いなくなってからそんなにたっていないからな」
「雨が降ると匂いが消えるんすか」
「そうだな、それと馬車に連れ込まれたらそれ以上は無理だな」
「本当に誘拐されたら終わりってことっすか」
「そうだな。でも途中までの経路がわかるし、経路がわかれば目撃者がいるかもしれないから手掛かりにはなるだろうな」
「兄貴、かどわかされたって事はないっすよね」
「お前から聞いた、子供の感じだとちょっと違うような感じだな」
「どこらへんっが違うんすか」
「子供を誘拐するのは身代金目的か、他国に売り捌いて奴隷にするような連中だな。
金目当てなら貴族とか大店の子供が狙われるし、奴隷目的なら家族が騒がないような、家出人や孤児を貧民街で攫ったりするはずだ。
あとは子供に悪戯しようとする変態もいるが、そんな奴は可愛い子供、とくに女の子を攫う事が多いようだ」
「そうなんだ。探しているのは大工の息子だし、見た目も普通ですもんね。しっかし兄貴、衛兵でもないのに、なんでそんな事を知ってんすか」
「まあ、色々とな」
前世で盗賊を取り締まっていたので詳しくなったのだが、盗賊は誘拐なんて迂遠な事はしないで店に押し入って金品をとる連中がほとんどだった。
それに、娘をかどわかして女郎屋に売るっていうのは芝居ではよくある話だが、そんな事をしたら娘を買った店も処罰されるので、金目当ての誘拐自体が少なかった。
ともかくユキと一緒にしばらく探しまわると、隣町の路地で泣いている男の子を見つけた。
迷子になってしまい、歩き回っているうちに疲れてしまい心細くなったようだが、顔見知りのガキ大将を見つけると、抱き着いてまた泣いている。
俺は持っていた飴玉を子供に渡して落ち着かせた後、辻馬車を捕まえて子供を親許に送ったのだが、子供の家には衛兵もいて大袈裟な事になっている。
子供を連れ帰ると親には感謝されるが、その場を仕切っていた衛兵を見て悪い予感がする。
どうやら俺の事を知っているようで、薄気味悪く笑っている。とりあえず経過を説明すると「犬畜生がそんな事ができるか。お前なにか誤魔化しているだろう」と、俺とガキ大将にユキを衛兵の支所に連行する。
そこで、俺達が子供を連れまわしたあげく放置し、戻ってきたら衛兵がいて大事になっていたので、誤魔化すため、犬が迷子を見つけたという与太話を聞かされたあげく、お前達は悪質なので本当の事をいえと迫られる。
俺は断固として子供を連れまわしたという事はない。迷子になった子供に聞けばわかるはずだというが、お前達が本当の事をいわないよう脅しているだろうと、こちらのいう事をまったく聞く気がないようだ。
俺は時系列を追って詳細に説明し、迷子になった子供とは面識がなく遊んだ事もない事。
子供が迷子になった時は屋敷にいて、それを使用人も知っている事。
迷子になった子供の家で匂いのついた服を借りた事や、ユキと一緒に迷子を捜しながら、途中数件のお店でも迷子の事を聞いていたので、それらの店の名前と場所、聞いた人の人相まで話し、その人達に聞けば俺達が迷子を捜していたのがわかるはずだという。
すると本当の事をいえと迫っていた衛兵は、具体的なアリバイが出てきても平気だ。
「坊主はなにも知らないようだが、見間違いで証言が変わるなんてよくある事なんだぜ」
そして留置所に放り込まれてしまった。 周りは犯罪者や無頼の輩ばかりのところに、子供が入れられたので周りの連中もいぶかしげだ。やがてその中の一人が話しかけて来た。
「ここはガキのくるところじゃないぞ、それにお前貴族じゃないのか、一体なにをやったんだ」
「迷子の子供を探し出したら、わけのわからない理由をつけてここに放り込まれたんだ」
今までの事情を話すと、無頼の連中も俺達に同情したようだ。
「お前達も運がないな、
そして色々教えてくれが、俺と一緒に監獄に入ったガキ大将は、周りの雰囲気に委縮してしまっている。
「嶋家が動いているはずだ。それに母は顔が広いのであちこちに働きかけているはずだし、王家とも親しいので安心しろ」
そういうと少しは安心したようで毛布をかぶって寝てしまった。俺も横になりこれからの事を考える事にする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます