01-12.お頭、人さらいにあう

 刻字の依頼はよほどの事がないと受けないのだが、平八郎お爺さんの知り合いから刻字を頼まれた。忙しければ断っても良いとの事だが、平八郎お爺さんの面目もあるので俺は画材を買い出しにでかけた。


 六歳の貴族家の子弟が街中に出かける場合は、侍女や使用人が付いてくるのが普通だ。

 しかし、嶋家は質素な家風で使用人もそれほどいないし、俺は父親譲りで体も大きく、武術も鍛え刀も差しているので、千代母さんの許しを得て一人で街を歩いている。


 画材店は街の中心から少し離れているので、近道のため路地を通っていると、後をつけてくる連中に気付いた。

 ちらりと見たが男達が三人ほどで、見た感じはチンピラのような若造ではなく、年季が入っている本職のヤクザ者のようだが、子供の後をつけるという事はよからぬ事を考えているはずだ。


 面倒なので振り切ろうとするが、相手は追いかけてきて「そこの坊ちゃんちょっと待った」と声をかけてきた。俺はしかたなくヤクザ者と対峙する。


 「あなた達に用などありません」


 「こっちがあんのさ、しかし見れば見るほど綺麗な顔してんな。坊ちゃんみたいな子供を探していたんだ。ちょっと俺達についてきて欲しいんだが」


 「お前達のような怪しい者についていくはずがなかろう、誘拐したあげく変態にでも売るつもりか」


 「坊ちゃんは頭も良いようだなあ。大人の事もよくわかってるじゃないか。大人しくしてれば痛い目に遭わないぜ」


 もう少し話を聞きたかったが俺は即座に行動に出る。相手は三人こちらは子供だ。相手の意表をつかないと勝機がない。まず刀を抜き真ん中にいた頭目と思われる男を峰打ちで鎖骨を叩き折ると、相手は崩れ落ちる。

 両側にいた二人は慌てて刀を抜こうとしたが、左側の男の腕を刀で叩き折る。三人目は何とか刀を抜いたので、俺は長谷川平蔵に戻る。


 「死にたくなかったら、刀を捨てろ」


 相手は俺の本気の殺気を浴びただけでなく、剣の腕前が違うとわかったようで剣先が震えだす。そのまま逃げれば追わなかったのだが、刀を振り回して襲い掛かってきた。

 俺はしばらく相手をしたが隙を見て刀を叩き落とし、無防備になった相手を袈裟懸けで倒す。すると、頭目は形勢不利と悟ったのか逃げだそうとする。


 「今までは峰打ちだったが、逃げたら首を斬り落とす」


 そういって耳を切り落とすと賊は失禁し戦意を喪失してしまう。

 頭から血だらけになった仲間を見て、残りの二人も大人しくなるので、三人から刀を取り上げて奥に蹴り飛ばし、汚いので触りたくないがズボンのベルトを抜き取りうつ伏せにした後、後ろ手で三人を縛りあげる。


 すると、こちらを恐々と覗いていた子供達がいたので、一人に小銭を渡し衛兵を呼んできてもらう。

 残った兄妹に「ヤクザと俺のやり取りを見ていたか」と聞くと、コクコクとうなづくので衛兵が来たら証言してくれというと、兄妹で顔を見合わせていたが今度はウンウンとうなづいてくれた。


 二人は恐る恐るやってくると、兄の方が「貴族様は強いな、三人をあっという間だった」と感心している。


 「こんな連中は剣術の稽古なんてしないから見た目ほど強くないんだ。ところでこの三人を知っているか」


 「見た事はないけど、怪しい三人組が貴族様をつけてたので、何かあったら衛兵を呼ぼうと思って追って来たんだ」


 兄は俺より三~四歳ほど年長なようだが、年齢に似合わず落ち着いている。


 「そうか礼をいわないといけないな。俺は嶋左近。実家は嶋男爵家だ」


 そんな事をしていると、衛兵が来たので事情を説明し兄妹も証言してくれるが、六歳の子供がヤクザ者を三人も倒したといっても信用してくれない。事情があって嘘をいっていると逆に疑われてしまう。


 俺は男爵家の長男で、祖父は騎士団団長で父は近衛騎士団の隊長をしているため二歳の頃から鍛えられたというが、証言してくれた子供達と一緒に衛兵支所に連れていかれた。


 衛兵の詰所でしばらく待っていると千代母さんがやってきた。

 千代母さんも事情を話すが、華奢な千代母さんが息子はまだ信用していないようなので仕事中の弁慶父さんを呼び出すことになった。

 近衛騎士の制服と少佐の階級章をつけた弁慶父さんが騎乗してやってくると、衛兵たちもこれはと思ったようだ。


 俺はあとで面倒にならないよう、衛兵の訓練所を借りて弁慶父さんと立合い、子供とは思えない剣捌きを見せた後、衛兵とも立合って、相手から一本をとるとようやく信用してもらえた。


 本物の貴族家を疑ったということで、衛兵の隊長が出てきて部下が失礼したと詫びてくる。

 弁慶父さんは「あなたの部下は仕事に忠実だっただけです。私だって子供がヤクザ者を倒したなんて信用しませんよ」と丸く収めていた。


 その後ヤクザ者が口を割り、貴族の依頼で容貌の整った子供を誘拐しようとしたらしい。

 この件は新聞でも報道され、依頼した貴族家を捜索すると誘拐された子供達がでてきて、余罪も発覚しお家は取り潰しのうえ鉱山送りになった。またヤクザ者には賞金がかかっていたので俺はかなりの額の報奨金を貰えた。

 

 証言してくれた子供たちは商人の子供だったので、千代母さんと一緒に親許を訪ね、迷惑をかけたことを詫び、学費の足しにして欲しいと報奨金の一部を贈った。


 その後、俺の事が評判になったようで、街を歩くとヤクザを叩きのめしたお子様貴族だと有名になった。

 しかし、地元のガキ大将などは「貴族で顔が良いからって偉そうにすんな」と喧嘩を売ってきたので、軽く揉んでやると「生意気いってすみません」と服従するようになった。

 同じように喧嘩を売ってきた、他のガキ大将も眞莉が教えてくれた合気道で相手を何度も倒すとこちらも「参りました」と子分になってしまった。


 そのせいで、街中にでかけると「アニキ~」だとか「若様~」などといって悪ガキ達が寄ってくるようになった。

 前世で俺が放蕩している頃もこんな事があったが、こんなに手下ができたことはない。

 しかたがないので時々屋台で悪ガキ達に驕り、面倒を見ていたらさらに懐かれてしまった。


 地回りのヤクザや衛兵にも顔が売れてしまい、俺を見かけると「嶋の坊ちゃん」や「左近の若様」だといわれて挨拶されるようになった。


 ヤクザの若頭とも顔なじみになり話をしたが、俺を攫おうとしたヤクザ者は他の縄張りから入ってきたよそ者だったそうで「迷惑かけてすいやせん」と謝ってきた。


 なぜ謝るんだと聞くと、ここらを仕切っている親分は賭博や売春に用心棒で稼いでいるらしいが、人攫ひとさらいは大嫌いだし、自分たちの縄張りで勝手な事をされたので「よそ者なんかを入れんじゃねえ」と叱られたそうだ。


 そして「若様が三人を捕まえましたが、攫った子供を運ぶための馬車もあったはずです。そいつらには逃げられましたな」と誘拐の手口も教えてくれた。


 俺は、色々とヤクザの稼業についても聞いたが、時には衛兵と協力することもあるようだし、御用聞きのように衛兵の手下として働く者もいるようだ。

 ただ、前世のように捕り物に参加することはなく、色んな情報屋を売り買いしたり商店で面倒ごとが起こると金をもらい解決することもあるようで、前世と似ている部分も多いようだ。


 

 

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