01-11話 お頭、献上す

 信秀様と勉学に励んでいたが、それを見た絵莉佳様も一緒に学びたいといい出した。そこで妹達も教師補助として参加し皆で勉強していたが、絵莉佳様と妹達も優秀で勉学が進みすぎる。そこで、千代母さんが静香様に稽古をつけている、お茶や生け花にも参加するようになった。


 稽古の時は着物になるが、信秀様達は着物の着付けや歩き方に苦労している。着付けが面倒なうえ油断すると着崩れてくる。俺は慣れているので皆を手伝いながら稽古に取り組むが、女子供のやることだと思っていたお稽古事も本気でやると面白い。

 も千代母さんの才能を受け継いだためか、自分でも思いもよらないような発想や表現が浮かび、皆が感心するような花を生けることができる。

  

 ただ、この世では正座などしていなかったので、足が痺れてたまらない。そこで転生者の雑誌広告に載っていた正座椅子を作る。

 これは正座しているように見えるが実は座っているという物で、信秀様や絵莉佳様から「これは神の道具だ」と喜ばれる。


 そんな事をしながら稽古を続けていたが、俺は書が一番好きになった。最初は型にはまった字を書いていたが、前世の経験があるので字を崩したり、今までにない字体やひらがなも使い新しい表現をするようになった。

 俺の書を見た信秀様は「左近はなんで最初から出来るんだ」と憮然としているが、千代母さんと静香様は俺の書を見て思うところがあったのか、自分でも色々と工夫し新しい表現をするようになった。


 また落款らっかんを作るため篆刻てんこくも教えてくれた。落款とは自分の書いた書に印を押す判子の事だが、その落款を篆刻刀で彫り込んでつくるのだ。

 

 最初にデザインを考えるがまとまらない。なにか参考にならないかと記憶を探ると、転生者の漫画にあった可愛いイラストを思い出す。

 そこで小夜と如月用に蜜柑みかん林檎りんごの絵柄で考えると優しげなデザインができた。二人に見せると気に入ったので彫ってみると、文字が途切れたり太さもそろわない物が出来たが、押印してみると稚拙な部分も良い感じになり、印をもらった小夜と如月は大喜びしている。


 それを見た絵莉佳様は俺を期待した目で見ている。これは予想していたのでアライグマをモチーフにした印を作り、ついでに静香様は猫、千代母さんはウサギ、信秀様は鷹を使った印を彫って贈ると大好評で、自分達もいろんな物をアレンジして作るようになった。


 静香様と千代母さんは私信の手紙に俺が作った印を押すようになり、それが好評で製作依頼がくるようになった。

 最初は軽い気持ちでデザインして彫りもやっていたが、評判が評判を呼び注文を捌ききれなくなった。そこで皆でデザイン画を作り、それを本職に頼んで彫ってもらうようにした。

 すると値段が手頃だったため、貴族だけでなく平民も使うようになり、デザイン料が俺たちにもまわってくるし、職人とも顔見知りになった。


 「若様ならこれで飯を食える。貴族様なのは惜しい」


 「それは良いな。貴族をしくじったら弟子入りさせて」


 そんな事をいいあう仲になり、仕事も見せてくれるようになったが、職人技は見ていて面白い。特に興味深いのは板に文字を彫る刻字こくじだ。

 看板などに使われる事が多いのだが、書と違い文字を立体的に表現でき彩色も自由にできるので表現が幅広い。そんな作業を見ているうち俺も見よう見まねで作るようになった。


 色々と試行錯誤したあと、面白い字が書けたので弁慶父さんの誕生日に刻字を贈ることにした。まず、何年も乾燥させた大きな板に彫り始めるが、文字の部分だけを残した陽刻ようこくで彫るので時間がかかってしかたがない。

 二週間ほど毎日彫り進み、地の部分は鑿跡が残るように彫ったあと黒く塗り、文字の部分は朱漆を塗った後で金箔を貼り落款は朱漆で仕上げた。

 

 彫り上げた文字は迅雷風烈じんらいふうれつとした。迅雷は激しい雷、風烈は猛烈な風の事で、果敢に戦う近衛騎士団の隊長に相応しいと思ったからだ。

 彫り込む文字は大胆にデフォルメし躍動するような表現とし、墨のかすれも彫り上げたので自分でも惚れ惚れするような出来になり、贈られた弁慶父さんもしばらく言葉がなかったほどだ。


 喜んだ弁慶父さんは刻字を近衛騎士団の隊長室に飾った。見た人は感心しているそうだが、俺の事を自慢するので親バカだといわれているらしい。

 また迅雷風烈を羨ましそうに見ていた平八郎お爺さんにも、常在戦場じょうざいせんじょうと前世の越後、長岡藩の家訓を弁慶父さんよりも大きな刻字で贈った。

 平八郎お爺さんはとても喜び、団長室に飾り団員に俺を自慢するので、こちらは爺バカだといわれているそうだが、評判を聞いた陛下や王太子様も団長室や隊長室に見にきたそうだ。

 感心していたとの事なので、陛下には天空海闊てんくうかいかつ、王太子様は雲外蒼天うんがいそうてんという刻字を献上すると、気に入ったようで執務室に飾るようになった。


 しかし他の貴族家も真似して美術品を献上されると困るとの事で王家に買い上げてもらった。二つでかなりの金額になったが、刻字を見た色んな人から刻字を彫って欲しいとの依頼がくるようになった。

 

 王宮での仕事もあるし、陽刻は時間もかかるのでよほどの事がない限り依頼を受けないでいると、さらに評判になってしまう。

 結局、平八郎お爺さんや弁慶父さん関係で断り切れない場合だけ、字を書いたあと職人に指示して荒い下堀りをしてもらい、仕上げと彩色だけをするようになる。


 また俺の刻字に触発され千代母さんも字の部分だけを彫った陰刻で文字を彫り込み、そこに様々な色で彩色し、より華やかな刻字をつくるようになった。

 静香様も墨だけでなく様々な色を使った従来にない表現をするようになりこちらも評判になった。

 そして静香様に依頼を出すのは畏れ多いので、千代母さんに刻字の依頼が来るようになったが、俺と同じように無理のない範囲でしか依頼を受けないのでさらに評判になっている。


 おかげで俺はかなりの金を稼ぐようになったが、この歳では女遊びもできないないし、前世は金が無くて苦労したので、将来に備えて貯金している。

 

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