01-10話 お頭、教師補助になる

 ■家庭教師視点


 私は領地持ちの子爵家の四男として生まれました。家督は長男が継ぐし領地で働こうと思っても、目ぼしい地位には兄達が働いています。

 私のような四男坊では婿養子の口もないので、子供の頃から自分で生計を立てねばと思っていました。

 幸い成績は良かったので、卒業後も教師の助手として学院に残る事ができ、経験を積むと教師となりました。


 自分なりに色々と工夫し、わかりやすい講義を心がけていたので、学生や学院からの評判も良くさらに励んでいました。

 そんな私に王太子家嫡男で王太孫殿下の家庭教師をするようにとの御下命がありました。

 とても名誉な事ですが、将来の国王を教えるのですから責任も重大です。

 それに王族といっても優秀ではない方や、甘えて育ったため横暴な方もいます。

 そのため家庭教師には不敬罪の適用除外という特権が与えられます。

 つまり教育のためであれば王族に厳しい指導をしても罰せられません。言葉を変えると厳しく躾をする事も期待されているのです。

 生半可な覚悟では務まらないので、私は学院を休職し王宮に出向くことになりました。


 しかし…… そんな心配は杞憂でした。というか信秀様が優秀すぎて困っています。

 先祖帰りといわれている王太子妃様の血を受け継いでいるそうですが、想像以上の英才です。

 見た目は静香王太子妃似の黒髪黒目の美少年ですが、中身はだいぶ成熟していて、立ち居振る舞いや物言いなど王都学院の学生よりも大人びているし、世情にも通じていて世間知もあるので厳しく躾ける必要がありません。

 それに読み書きができるだけでなく、教えた事はすぐに吸収してしまいますが、努力して覚えているのではなく、なんとなくさらっと覚えてしまうのです。

 さらにいうと、お世話係という名目で一緒に勉強している、嶋男爵家の嫡男は信秀様以上の神童です。


 最初の日に教科書を渡すと、翌日には覚えていました。一度読んだだけで覚えたようで、こんな神に愛された子供達を見た事がありません。

 それに信秀様と同じで見た目は子供ですが中身は大人です。神童は大人になると普通といわれますが、この歳でもう大人なのですから末恐ろしいと思ってしまいます。

 

 そんな子達に教えるので困ってしまいます。教科書どおりに教えても、すでに覚えているので退屈な顔をしています。

 今まで出来の悪い生徒に苦労した事はありますが、出来が良すぎて苦労するとは思いもしませんでした。


 色々と工夫して興味がもてるよう頑張っていますが、これでは家庭教師も首になりそうです。

 そこで静香王太子妃に信秀様の学習状況の報告した後で、普通の教育では二人には物足りないようですと相談します。

 すると、王太子妃様は嶋男爵夫人を呼び三人で相談することになりました。

 私はまず教育の参考にするため、静香王太子妃様がどのように学ばれたのかを質問させていただきました。


 「家庭教師はいたのですが…… 一年くらい教えてもらったら、これ以上教える事がありませんといわれました。なので王都学院で学ぶ事も学習したのですが、それを含めても二年くらいでしたね。千代はどうなの」


 「叔母上から教科書をもらい、それで自習していました」


 「家庭教師はいなかったの」


 「私の母は亡くなっていたし、嶋家の家計は私があずかっていたので無駄な事にお金をかけないようにしていました。

 社交マナーやダンスに音楽その他のお稽古事は叔母上から教えてもらいましたが、音楽だけは師に就いた方が良いといわれ、教えていただきました」


 「でも、千代って学院の入試で首席だったわよね」


 「私も嶋家の恥にならない成績で合格しようと思い、教科書で繰り返し復習していました」


 話を聞くと親子そろってとても優秀で、王太子妃の家庭教師だった方の気持ちがよくわかりますし、自習だけで首席を獲得する嶋男爵夫人には驚いてしまいます。

 そして、お二人は自分達の経験が役にたたないと思ったのか私に質問してきます。


 「信秀はどのような事に興味を示していますか」


 「それは歴史です。王家代々のまつりごとや、合戦の事などにとくに興味を示しています。それに、王国の地でどのような物が産出し、だれが治めているのかという事にも興味をもっています。

 まだ六歳にもなっていないのに、その聡明さは比類なきかと」


 「左近はどうなのです」


 「ものづくりにも興味があるようですが、やはり歴史や合戦に興味を持っていて、まつりごとには鋭い質問をしてきます。信秀様もそうですが、あのように優秀な御子に出会った事がありません」


 その後、色々と相談しますが、私の他に優秀な教師に参加してもらう事になりました。

 まず戦略や戦術の先生として将軍を引退した杵築前侯爵と、宰相を退いた山名前伯爵もまつりごとの先生として加わりました。

 この御二人は信秀様を英才教育するため、いずれ参加する予定だったのですが、出番が早すぎるのではと聞かれたので、私が事情を説明します。


 「すると、信秀様は利発すぎて普通の教育では物足りなさを感じているという事か」

 

 「ええ、教科書はすべて暗記しているので、私がお役御免になっても問題ないと思います」


 「転生者の血を濃く引き継ぐ王家と王太子妃様の世子様であれば不思議ではないか」


 「それと、教師補助が信秀様以上の英才だと聞いたが」


 「才女といわれている嶋男爵夫人のご子息だそうですな」


 「勉学に関しては、信秀様よりも優れています。それに母親の才能を受け継いでいるので数種類の楽器を本職以上に演奏できますし、近衛の隊長をしている父親が鍛えているので、武術もかなり遣うそうです」


 「ふうむ、とりあえず二人の授業を見てみたいな」


 そんな経過で、嶋左近の発表をみてもらいました。国祖様が前世で宗教勢力と対立した事を発表したのですが、お二人ともこれが五歳児のやる事かと驚いています。


 そして、とりあえず王都学院の卒業までの内容で教育を行ったうえで、英才教育を行うことになりました。

 ただ、王家では六歳になると側近をつけて勉学を始めるのが慣習です。

 しかし、こんなに学習が進んだ信秀様がいるのに、側近の子供達と一緒に読み書きを学ぶことはできません。

 王太子妃に聞くと「側近にされる子供達の方が可哀想よね。それに側近制度は古いと思っていたの、殿下と相談して決めることにします」


 その後、色々と検討していたようですが、側近はつけないことになったそうです。まあ嶋左近がいれば他の側近はいらないでしょうし、もしいたとしたら側近という子供の世話を焼く事になるのでその方が良いと思いました。

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