01-09話 お頭、工夫す

 信秀様と絵莉佳様それに妹達と剣術の稽古が始まった。稽古の前に剣の師を誰にするかを検討していたようだ。しかし、二人ともまだ年少なので、体ができるまでは眞莉が教え、その後は近衛騎士団が担当する事になった。


 そのため眞莉が教えているのは近衛騎士団流の剣術だ。この稽古では防具を使わないうえ木太刀きだちを使うので、試合や打ち込み稽古は寸止めが基本だ。

 だが止め損ねて怪我や骨折する事も多く、ひどい場合だと亡くなるので、形稽古に重きが置かれている。


 前世でも同じような稽古をしていたが、竹刀と防具をつかった稽古をする道場もあった。俺も出かけて稽古に行ったことがあるが、安全に実戦的な稽古ができるので感心した。


 この世でも剣聖といわれた上泉伊勢守が転生し、稽古に使う袋竹刀を伝えたので新陰流では袋竹刀を使って立ち合いの稽古をしている。

 よくしなう竹刀を使うので、寸止めに失敗しても打ち身や蚯蚓腫みみずばれ程度ですむが、袋竹刀は短いし面金や胴台に籠手などの防具は使っていないので、本気の打ち合いには向いていない。

 

 前世の竹刀と防具を使えれば木太刀を使った寸止めの稽古より、より安全で実戦に近い形で稽古ができるので上達する速さが違うし、俺の読んだ漫画でも竹刀と道具を使って稽古をしていた。


 そのため、数年前から防具と竹刀の製作を考えていたが、信秀様と絵莉佳様も稽古をするようになったので、本気で取り組むことにした。

  

 友人が自作していたのを見たことがあるし、俺も手伝った事があるので竹刀を自作する。新陰流の袋竹刀は竹を革の袋で包んでいるが、漆を塗るので手間もかかるので、前世で使っていた竹刀を作る事にする。


 材料の真竹は乾燥させねばならないので、近所で自生していた真竹を数年前に伐採して乾燥させていた。

 その竹を四つ割りにして使う。袋竹刀は八つ割なのでよく撓るが、四つ割りの方が実剣に感触が近くなるのだ。

 柄と先革に中結や鍔に使う革と弦は王宮勤めの給金を使って購入し、加工したうえで人数分の竹刀を作る。

 ちなみに、弦を使うのは竹刀が反るのを防止するためだ。まあ最初に出来た竹刀は思ったよりも上手くできた。前から思っていたが、この体は手先も器用でモノづくりでも失敗したことがない。

 できた竹刀を試していると眞莉がやってきた。俺が作った竹刀を見ると、自分でも素振りしたり撓めたりと具合を確認している。


 「これは使えますね。それに鍔もついているので新陰流の袋竹刀よりも実戦的です。左近様が器用なのは知っていましたが、こんな物を作れるとは思いませんでした」


 眞莉は新陰流なので袋竹刀を使って稽古をしていたが、嶋家に仕えてから平八郎お爺さんと弁慶父さんに騎士団流の剣法を指導された。

 騎士団剣法では袋竹刀は女子供が使う物だと馬鹿にしているので、俺には木太刀を使って指導していたが、信秀様と絵莉佳様に指導することになり、万一の事を考え袋竹刀を使おうかと悩んでいたらしい。


 とりあえず二人で竹刀を使って立ち合いをするが、今までよりも思い切って動けるし、寸止めに失敗しても痛い思いはするが大事には至らない。


 二人で竹刀を確かめた後で「竹刀を稽古に取り入れたいが、転生者書物だとこんな物もあるんだ」そう説明し防具の絵図面を見せる。

 これは前世で使っていた防具と、転生者書物の剣道漫画を参考にし俺が絵図面化した物だ。


 眞莉はじっと図面を見て色々と考えている。すぐには判断がつかないようなので、剣道漫画を貸して、これを読んで考えてくれないかと話す。

 眞莉は持ち帰ってじっくり読んだあと、使えると思ったようだ。

 千代母さんにも相談し、その流れで平八郎お爺さんと弁慶父さんにも図面と漫画を読んでもらい、俺も説明すると平八郎お爺さんが口を開く。


 「儂は陛下と稽古していて、寸止めに失敗しあばらにひびを入れた事があるのだ。

 稽古中との事でお咎めはなかったが、木太刀だと命にかかわる事もあるので、子供が使うのはどうかと思っていたのだ。

 眞莉は新陰流出身なので竹刀を遣い慣れているし、騎士団剣法の技や形を教える事もできるので、王家のお許しがあれば使うのは問題ないと思う」


 「問題は、面金や胴台などの防具だな。使えるとは思うが、いきなり王族に使うのはどうかな」


 「ならば、私と眞莉の防具を作って試してみますか」


 「眞莉はどう思う」


 「漫画を読みましたが実際に使っていないとあそこまで描けないと思いました。それに防具があれば安全でより実戦に近い形で稽古ができると思います」


 「千代はどうだ」


 「そうですね。今より安全になるのなら問題ないと思います」


 話が決まったので、絵図面と一緒に革鎧を作っている工房に相談したうえで発注する。工房も初めて作るので、眞莉と俺も一緒に色々試行錯誤をし防具が出来る。完成した防具は革に黒い漆を塗ってあり、見た目も良くなかなかの出来だ。

  

 さっそく眞莉と二人で試着し、素振りや形稽古で動作を確認してから立ち会ってみる。

 最初は互いに慎重だったが、なんどか打ち合っているうちに、本気で打ち合うようになった。寸止めも手加減もしなくてすむので感触も良い。


 その後、竹刀をタンポ槍(稽古用の槍、槍柄の頭に綿を丸めて布で包んだもの)に変えて稽古をするが、槍の稽古でも防具は有効だ。

 そして帰宅した平八郎お爺さんと弁慶父さんの前で、寸止めなしの本気で立ち会って見せる。

 二人はじっと見ていただけでなく、素材を確認したり竹刀で打って確かめると、これは使えると思ったようで、自分用の防具も注文する事になった。


 すると稽古を見ていた小夜と如月が絵莉佳様に話し、それが伝わったのか王家も防具を見たいといってきた。

 突然の話なので工房に急いで作らせた大人用の防具を抱えて登宮すると、訓練場に陛下と王太子様に信秀様、絵莉佳様それに近衛騎士団員に平八郎お爺さんと弁慶父さんもいる。

 まず俺が防具と竹刀を説明したあと、眞莉と一緒に防具を身に着ける。


 「強そうだな。それに見た目も良いではないか」


 防具を着けた俺達を見て、陛下と王太子様は感心している。そして、俺が竹刀を構えただけの状態で眞莉が本気で頭や胴に何度も打ち込んでくるが、始めて見る人達は驚いている。防具がなくて木太刀だったら致命傷になるからだ。


 叩かれている俺は防具を着けていてもかなり痛い。特に面打ちは身長差もあるので頭のてっぺんを打たれるのでかなりの痛さだ。打ち込みが終わると俺は皆に説明する。


 「防具をつけていても、今のように本気で打たれると痛いです。しかし耐えられる痛さです。それに剣術の稽古では痛みに耐えるのも修練のうちだと思います。

 また木太刀で本気で打ったら生き死にの問題になりますが、竹刀と防具があれば痛いけれども本気で打ちあうことができます」


 説明した後で試合形式で打ち合う。眞莉に勝つことはできないので、小さな体で素早く動き回って打ち合いに持ち込むが、皆は子供なのにと驚いている。


 その後色々と質問されるが使った方が話が早いので、平八郎お爺さんと弁慶父さん用に作った新品の防具と竹刀を出すと、陛下と王太子様が自分で試すといい出し、その場で陛下と王太子様が防具を着込むと、打ち込み稽古を始める。

 最初は寸止めの癖が抜けないのでぎこちなかったが、体が温めってくると本気で立ち会うようになった。

 その後は、弁慶父さん達も交代で防具を着こんで、立ち合いをしたりタンポ槍も使って色々と試すことになった。


 信秀様と絵莉佳様も「あれなら思い切って稽古ができそうです」とすぐにも使いたいようだ。

 

 「寸止めよりも格段に実戦的だし、安全なのは子供でもわかるな」


 陛下も納得したので、信秀様と絵莉佳様の稽古に使う事を許可されたが、騎士団でも使えないかという話になった。

 その場で色々と話し合っていたが、予算の問題や竹刀稽古を馬鹿にしている者もいるので、弁慶父さんの隊で試験的に使う事になった。

 

 陛下から「左近は面白い物を考えたな。試作にも金がかかったであろう、これは褒美だ」とその場で金一封を賜った。

 

 その後、防具を使って稽古を続けていたが、信秀様と絵莉佳様達も体が出来てきたので防具と竹刀を使い、立ち会うようになった。

 信秀様は反応が機敏で相手の動きを読むうえ、立ち合いが気に入ったようでどんどん上達していく。眞莉も俺以外でこんなに子供らしくない子供は始めてだといっている。


 絵莉佳様と妹達は体力がないので最初は苦労していたが、目が良いので相手の技を見切るのが上手い。特に妹達は弁慶父さん譲りの才能があるようで、体格差のある信秀様と立合ってもすこしは勝負できるようになった。

 

 時々俺達の稽古を近衛騎士団の団員達が見学にくるが、子供があんなに強いなんてと呆れているし、防具にも興味があるようで色々と質問される。


 近衛騎士団では弁慶父さんの隊が防具を着けて稽古をするようになったが、本気で実戦形式の訓練ができるようになったため、他の隊に差がつくようになったそうだ。

 すると見習いの騎士達が、退屈な形稽古よりも実戦的な稽古をやりたいと、自腹で防具を買って稽古するようになり、それを見た他の団員達も続いて購入したのであっという間に防具が普及した。


 また、王都騎士団も平八郎お爺さんが弁慶父さんと配下の団員を呼んで、皆の前で防具を使った稽古を見せたうえ、団員に防具の使用を許可したので購入する団員が増えた。

 平八郎お爺さんは団員に防具を負担させるので心苦しいようだが、防具を作っている工房は注文が殺到し嬉しい悲鳴を上げるようになった。

  

 そして近衛騎士団と王都騎士団御用達の看板をいただけるのなら、騎士団員には割引する。すでに購入した人にも、手入れや修理代を割引くと提案された。悪い話ではないが、関係各所と検討し軍務大臣の許可を得て千代母さんが書いた看板を掲げるようになった。


 また、噂を聞いた他の流派や町の道場も騎士団に稽古を見学にくるようになり、竹刀稽古をする町道場が出てきた。

 すると今までの形稽古を重視する道場よりも上達が早いため、門人が集まるようになり王都の道場や各流派でも防具が普及するようになった。


 俺達も稽古が進んだので近衛騎士団とも立合うようになった。体格差があるので正面から打ち合うと力負けするので、小さな体を生かした奇襲戦法しかないのだが、子供だと侮った見習い騎士から一本とれるようになる。

 

 「嶋隊長の息子がゴロツキを退治したと聞いたが、本当だったとは」


 「いつもの親バカだと思っていた」


 「あの腕前ならヤクザ者では相手にならんだろう」


 「将来は近衛騎士団に入るだろうから、俺達の後輩になるのか」


 「あっという間に抜かれそうだな」


 そんな事を話しているようだが、噂を聞いた陛下と王太子様もやってきて直接立合うことになった。

 二人とも近衛騎士団で隊長を務めた事もあるので、最初から手加減しないで攻め込む。しかし多少は打ち合ったが、強いうえに落ち着いているので、手も足もでない。

 信秀様や絵莉佳様それに小夜と如月も相手にしていたが、俺達の上達ぶりに驚いたようだ。


 「見習い騎士が油断して左近に負けたと聞いたが、本当のようだな」


 「それに信秀に絵莉佳、小夜に如月も基本をしっかりやっているな。近衛騎士から信秀達が強いと聞いても世辞だと思っていたが、歳上の子供でも相手にならんだろう」


 「左近を目標にしているのですが、小夜と如月もどんどん強くなるので、私も負けないよう頑張っているのです」


 「ふ~む。さすがは弁慶と千代の子だな。頭も良いだけでなく強いので死角がないな」


 「ともかく、剣術や音楽を左近達と一緒に稽古すると信秀と絵莉佳に良い影響があるようだな。少し早いが勉強も始めるか、眞莉と左近は引き続き指導してくれ」


 陛下の仰せに俺と眞莉は「ははっ」と畏まる。 

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