01-08話 お頭、返り討ちにす
俺と妹達は、千代母さんの補助という建前で信秀様と絵莉佳様と一緒に音楽の稽古を受けるようになった。
始める前に、どの楽器を教えるかを話し合ったが、本人の希望で信秀様はクラヴィーア。絵莉佳様はヴィオリーノに決まった。
稽古を始めると、王太子家の二人は静香様の血を継いているので、物覚えは良いし感性もあるのだが、チートな妹達と比べると差がある。
小夜と如月は楽器を演奏した経験があるうえ楽譜も読める。俺や千代母さんの演奏するクラビーアを見ていたので、見様見真似ですぐに練習曲が弾けるようになる。
絵莉佳様は「最初から演奏できるなんて、神様がえこひいきをしている」と三歳児らしからぬ事をいうが、こればかりはどうしようもない。
俺は勝手に上手くなる妹達より絵莉佳様の指導に専念する。楽譜の見方を教え。鏡の前で絵莉佳様に見本を見せるようにする。
スムーズに演奏できない部分は何度も繰り返し練習させる。そして、千代母さんと同じように上手くできた場合は褒める。
昭和の御代に活躍した山本五十六なる提督は「人を動かすには、言って聞かせ、やって見せ、やらせてみて、ほめてやらねば人は動かず」といっているが、俺の火盗改の経験からいっても本当だと思う。
絵莉佳様は上手くできなくてすこし落ち込んでいた。しかし才能もあるし負けず嫌いなので徐々に弾けるようになるし、同時に練習を始めた信秀様には負けたくないのか熱心に取り組むようになった。
俺は時々千代母さんと交代して信秀様の練習を見るが、基本をじっくり取り組んで練習するので教える方としては楽だ。
そんな事を続けていると二人とも徐々に弾けるようになり、もっと上手くなりたいという欲が出てきたので、今まで以上に稽古に取り組むようになった。
◇
静香様と千代母さんは稽古の合間に俺達を交えてお茶を飲むことがあるが、そこで辻音楽師が話題になった。
辻音楽師とはいろんな場所で演奏し、演奏を気に入った観客が投げ入れる小銭で生計を立てている人達だ。
上手い人はそれなりのお金が稼げるので、俺達が演奏したら面白いという話になったが、貴族では体面的に問題だ。
「千代達だったら、絶対にうけるわよ。それに千代に左近と小夜達がそろったら、見た目も可愛いいから、それだけで聴衆が集まるって。
私達も演奏したいけど、さすがに王家が辻音楽家の真似は無理よねえ」
「私も辻演奏をやりたいと思った事はあります。しかし貴族家がそんなことをしたら、嶋家が困窮していると思われます」
「だったら、慈善活動にしたらどうなの」
それならありかと相談の結果、売上を教会に寄付すれば貴族家の体面も立つという話になった。
でも俺は大丈夫かと思う。前世の経験から言えば、その場所を仕切っている輩がいるはずだ。
「母上。そこら辺を仕切っている連中に金を払わないで演奏すると、みかじめ料を寄こせと騒動になるかもしれません」
「左近は子供なのにそんな事まで知っているのね。でも私もそんな話を聞いた事もあるわね」
「貴族がヤクザ者にお金を払うわけにはいけませんね。でも、なにか方法があるかもしれません。私も色々と聞いてみます」
その後、教会に問い合わせると、慈善活動の場合は教会が緑色の腕章を貸し出してくれるそうで、それがあればヤクザもみかじめ料を徴収しない事が分かった。
それで話が進み、王都広場で演奏することになったが、静香様や信秀様に絵莉佳様が人前で演奏するのは難しいので、千代母さんと俺と妹達で演奏することになった。
当日は、広場前の教会からクラビーアを借り広場に設置する。王族の静香様や信秀様、絵莉佳様達は少し離れた馬車の中で見学だ。
まず俺が作った立看板を出し慈善演奏だと告知する。字を読めない人も多いので、千代母さんが描いた漫画のような絵も描いて教会に寄付するとわかるようにする。
俺たちが広場に移動し、お金を入れてもらうため楽器のケースを開け路面に置くと、辻音楽家らしからぬ美女と可愛い子供につられたのか、演奏もしていないのに人が集まってくる。
最初は千代母さんが慈善活動のために演奏することを綺麗な声で告げたあと、楽しげな感じにアレンジした曲を四人で演奏すると、聞きなれない曲に惹かれたのかさらに観客が集まって来た。
演奏しているのは転生者書物の中にあったアニソンと呼ばれる分野の曲だ。ラフマニノフやワーグナーのような巨匠の曲より、平民受けがいいだろうと千代母さんが選曲したのだが、観客の受けも良いようだ。
続けて小夜と如月が連弾を弾いたり、俺のギターラのソロ。それに妹達の可憐な笑顔も観客にうけ、楽器ケースに小銭が溢れるほどお金が集まった。
始める前は屋外で一般の人を相手に演奏するなんてと思っていたが、反応が直接わかるので楽しくなってきた。
すると見るからに品の無い顔で派手な格好のチンピラ二人連れがやってきた。これは面倒な事になるなと思っているとお約束の台詞を口にする。
「誰に断ってここで演奏しているんだ、迷惑料に有り金ぜんぶ差し出せ」
こんな事をすれば、みかじめ料を払っているヤクザが黙っていないが、腕章をしているのでみかじめ料を払っていないのがわかる。それに女子供しかいないので金を巻き上げようとチンピラが絡んできたのだ。
「あなた達この腕章と看板が見えないの、このお金は教会に寄付するのよ。神様から横取りすると神罰がくだるし、貴族に無礼を働くとタダじゃすまないわよ」
護衛の眞莉に正論をいい返されたチンピラは激高する。
「貴族様が俺達から金をさらっているんだろう、だったら俺がもらっても文句ねえだろう」
ぬけぬけとそんな事をいい放ったあと、威嚇のため長脇差を抜こうとする。
それを見た俺は、観客に見えないようにクラビーアの陰に置いていた木太刀を素早く取り、チンピラの利き腕を叩きおる。ついでに肋骨と鎖骨もヒビが入るくらいの連撃を与える。
骨を折られ苦痛のため逃げる事もできないチンピラを足払で這いつくばらせ、持参していた紐で後ろ手で縛りあげる。
二歳から始めた剣術もだいぶ上達したし、前世で賊を捕縛するところを嫌というほど見ていたので、チンピラくらいなら俺でも捕縛できるのだ。
眞莉も、もう一人のチンピラが刀を抜く前に素早く相手の片手を取り、相手を背中から地面に叩きつける四方投げの後、相手の腕を裏返しうつ伏せにしたあと縛り上げる。
俺たちの早業を見ていた観客からはおお~という声の後、拍手が起こる。
「小さな男の子があんなに強いなんて」
「女の人もすごく強かったわ」
「あのチンピラいい気味だわ」
そんな声が聞こえてきて、さらにお金が集まる。やがて騒ぎを聞きつけ衛兵がやってきたので、眞莉が事情を説明しチンピラを引き渡す。
演奏が途中だったので、その後も演奏を続け平民の家族が数カ月暮らせるくらいの金を稼ぎだした。
集まった小銭は袋にいれ、聴衆の前で教会の司祭様に寄付するとさらに拍手を受ける。人気とりのようだが、貧乏貴族が生計のために演奏していたと陰口をいわれないためだ。
俺達をお忍びで見ていた静香様と信秀様に絵莉佳様は、演奏よりもチンピラを倒した事に驚いたようで色々と質問される。
「腕章をしていれば、ヤクザは関わらないのではなかったの」
「みかじめ料っていうのは用心棒代なんですよ。だからみかじめ料を払っている辻音楽師にチンピラが因縁をつけるとヤクザに焼きをいれられます。でも私達は腕章をしていたので、ヤクザが口出ししないのです。そこでチンピラが金を巻き上げようと因縁をつけてきたのです」
「そうだったの。しかし左近、あの早業はなんなの」
「こんな事もあるかと、演奏を始める前に眞莉と打ち合わせしていたのです。いざとなったら躊躇せず相手を倒す事にしたし、最近は体術も眞莉に習っているのです」
「武術をやっているのは知っていたが、凄く強いではないか」
信秀様が羨ましそうにいうと、妹達も「私達もお兄さまのようになりたいです」といい出した。
それを聞いた静香様はなにか考えていたようだが、その後、信秀様や絵莉佳様に妹達と稽古することが決まってしまった。
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