01-03話 お頭、外出す

 この世に生まれてから嶋家で穏やかに暮らしていたが、ある日、綺麗に装った千代母さんと、護衛兼侍女の眞莉まりと一緒にお出かけすることになった。


 駕籠かごでも呼ぶのかと思ったが、馬車という物に乗り込む。源平や応仁の乱くらいまでは、日ノ本でも雅な牛車をつかっていたそうだが、こちらは四輪で馬が引いている。

 馬も日ノ本の馬よりも一回り以上も大きいし、四輪で安定しているので一度にたくさんの人を運べ、乗り心地も悪くない。

 

 これは楽だと感心したが、前世で俺を差配していた西下せいか様(老中松平定信まつだいらさだのぶ)に、浪速の儒者が四輪馬車の採用を進言していた事を思い出した。

 たしか駕籠かきや馬方が失業し、道や橋が傷むという理由で採用を見送ったと聞いたことがある。

 知らない仏より馴染みの鬼というが、西下様は田沼様(田沼意次)と違い融通が利かないし、正しいのは自分だけだと思う人だった。

 なんといっても幕閣に入るため田沼様にまいないを贈っていたのに、自分が老中になると田沼様を賂政治だと批判したのには皆も呆れていた。


 そんな前世の事を思いながら窓から外を眺めるが、街は雑多な人たちで活気があり人々の表情も明るいようだ。

 建物は木造もあるが石造りも多く三~四階建になっている物もあり、そこにも人が住んでいるようだ。

 ろくに日もささなくてジメジメしている江戸の裏長屋よりも立派だし、往来も広いうえ小さく切った石で舗装しているので、雨の日も往来に苦労しないようだ。


 ただ、すべて南蛮風ではなく商家には屋号を染め抜いた暖簾がかかり、分厚い壁の土蔵があったりするし、時たま見える庭も日ノ本と同じようだ。この世は南蛮と日ノ本が混ざりあって独自の風習や文物が生まれたようだ。

 これなら日ノ本の民草もいるのではないかと探したが、いるのは南蛮人ばかりだ。 

 俺が外を興味深く見ているので千代母さんはいろいろと教えてくれる。そして「これからあそこに行きます」と一際大きな建物を教えてくれる。


 「私と眞莉の同級生が王太子様に嫁いだのよ。無事に御嫡男様を出産されたので挨拶に行くのよ」


 同級生とは学問所で同期という意味のようだが、となんだろう?千代母さんに尋ねると、王家の世子せいしとの事で次の王様だ。

 嶋家のような下位貴族が、高貴な御簾中ごれんじゅう様(将軍家世子の正室)に会えるのだろうか、それともお相手は側室の御方様おかたさまなのだろうか。


 とりあえず王家がいるのであれば江城(江戸城)のような場所だと思い、仔細に見るが攻めにくい高台にあるわけでもないし、石垣や堀の代わりに鉄製の柵があるだけだ。


 千代母さんがいうには城ではなく宮殿というらしい。門の所で鑑札を見せると名簿を調べた後で入門を許可されたので、馬車のまま門をくぐる。


 中の建物は合わせ鏡のように左右対称で装飾が施された建物は堂々としており、王家の権威を象徴しているようだ。

 例によって土足のまま中に入っていくが、床は色んな石材で複雑な模様を継ぎ目なく組み合わせていて、二条城の鴬張りの床などとは大いに趣が異なっている。


 天井も高く部屋も広くて明るい作りで、様々な装飾品も置かれて気品が感じられる。正面には広く勾配の緩い階段があり、容易に昇り降りできるようになっている。

 俺は江城の本丸御殿を思い浮かべるが、木造の平屋なので鰻の寝床のように建物がつながっていて、効率的ではなかったと思う。


 そういえば城の天守閣も権威を象徴していて外見は良かったが、戦の時は物見ぐらいにしか役立たなかったし、中は薄暗く階段も急で普段は蔵の代わりになっているところも多かった。

 明暦の大火で焼失した江城の天守も、泰平の世には不用だと再建もされなかったし、尾張名古屋は城で持つといわれた尾張徳川家でも、天守に登った藩主はほとんどいなかったらしい。


 だとしたら、使いやすい宮殿の方がいいのか?そうなると戦いは攻城戦ではなく、野戦が主なのか?そんな事を考えていると、俺達は案内にきた侍女に部屋に通される。


 部屋は美しい調度品に囲まれた品の良い部屋で、そこに美しい女性にょしょうがいた。


 美しく整ったお顔に流れるような黒髪で、黒い瞳も澄み切ったいる。目許も切れ長で涼し気だし、陶器のようなきめ細かい白い肌。それに知性と高貴な品性も感じられる。

 この方が王太子の御内室様であらせられる静香様のようだ。しかし、俺が驚いたのは髪や瞳だけでなく顔立ちに日ノ本の女性にょしょうのような面影があるのだ。


 そんな俺の驚きをよそに、千代母さんと眞莉は静香様に挨拶しているが、静香様は「千代に眞莉ひさしぶりね、その子が左近なのね良く見せて」そういいながらも待ちきれないようで俺をのぞきこんでくる。


 「まあ本当に可愛くて女の子みたい。それに顔立ちも千代そっくりじゃない」


 静香様は良い匂いがするだけでなく、出産直後なのに黒髪も艶々としている。妊娠中は髪が傷むのにと思い「きゅろかみ きゅれい」と思わず回らない口でつぶやいてしまう。


 「あらこの子もう話せるの!さすが千代の子ね。左近、褒めてくれてありがとう、私の四代前の高祖母様がという転生者で、私は先祖返りっていわれているの、この髪と瞳もそのせいね」


 俺以外にも転生者がいる!小野お通といえば戦国末期の才女のはず。しかも黒目黒髪ということは前世の姿のまま転生したのか!

 

 「あら、この子驚いている。私のいっていることがわかるみたいね。でも、千代と同じ金髪で碧眼よね。このまま育つと千代みたいに新種の転生者扱いされるわよ」


 「それは困りますね。あれって本当に迷惑なんですから」


 「そうよね、転生者だったら貴族に囲われたり、他国に誘拐されることもあるしね」


 どうも俺が思っている以上に転生者は厄介な立場のようだ。何事も質素な嶋家に眞莉のような侍女兼護衛がいるので不審に思っていたが、千代母さんが準転生者扱いだとは知らなかった。


 そして千代母さんに眞莉は、王都学院という学問所で同期だったためか親し気に話をしていたが、静香様が産んだ赤子を乳母が抱きかかえながら連れて来た。

 千代母さんと眞莉は「御髪と瞳は静香様と同じですが、お顔は王太子様に似ています」と盛り上がっていたが、そのうち俺にも見せてくれる。


 「左近、この子が信秀のぶひでよ、仲良くしてね」

 

 見せられた赤子は顔立ちは南蛮人風ではあるが、静香様の血を継いでいるせいか黒目、黒髪の整った顔立ちだちで気品も感じられる。それに信秀だと前世の信長公の親父殿と同じ名だ。 


 そんな事を思っていると二人の男達がやってきた。年少の方は二十歳くらいで、年長の方は髭を蓄えていて威厳があるが二十代後半という感じだ。

 二人とも整った容貌でよく似ているので兄弟かと思っていると、年長の方に静香様がお義父さまといっているのでこちらが国王で、若い方が静香様の夫の王太子だった。


 王太子の方は年齢相応だが、国王は若すぎて親子に見えない。後で聞いたのだが、王家は転生者の血統を代々とりいれたためか、若く見える家系なうえ長命だそうだ。

 また少し遅れて高貴そうな女性にょしょうも侍女と一緒にやってきた。かしこまった静香様の態度をみるに国王の御台所みだいどころのようだ。

 そんな雲上人が来ているのだが、千代母さんは落ち着いて挨拶している。

 

 「千代か久しいな。左近を連れてきたと聞いたので皆を誘って来たぞ。千代と弁慶の息子を見せてくれ」


 国王がそういうので、千代母さんが俺を三人に見せる。


 「なんとこれが弁慶の子か、男の子おのこなのに可愛いな!弁慶の奴、俺に似て男前だといっていたが、千代そっくりではないか皆も見てみろ」


 そういうと、御台所や王太子だけでなく護衛の兵士や侍女まで呼んで俺を見せている。 

 弁慶父さんが務めている近衛騎士団は王宮を警備しているためか、護衛の騎士や侍女達も弁慶父さんを知っているようで気さくな対応だ。 


 「陛下、似ているのはお顔だけではございません。千代と同じく、聡明なところも受け継いでいるようです」


 「なに本当か?余が誰かわかるか」

  

 俺はどうしようかと思うが回らない舌で「おうしゃま」と答えると皆も驚いている。


 「賢い子だな、さすが千代の子だ」


 王様は、そういいながら嬉しそうだ。


 「この子は信秀の側近にしたいな。平八郎と弁慶にはから話しておくから、千代も考えておいてくれ」


 国王の言葉に千代母さんだけでなく俺も驚いた。王太子家の第一子である信秀様の側近だと、将来は大きな権力を持つ事になるのだ。いくら先の話だといってもそんなに簡単に決めて良いのだろうか。


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