01-02話 お頭、転生す

 慌ただしい気配で目が覚めるがまわりがぼやけている。周囲で何やら話し声も聞こえるが良く聞き取れない。これはと思っていると、お湯で体を清められ女性にょしょうに抱きかかえられる。


 朧げだが、目鼻立ちが整っている娘で愛おし気に自分を見つめて何やら話しかけてくる。しかし日ノ本の女性ではなく肥前の出島にいてカピタン江戸参府でやってくる阿蘭陀人のようだ。

 しかし出島に女人にょにんは住めないはず、なにゆえと思いながら俺は眠りに落ちてしまう。


 再び目が覚めた時は人が増えていた。まだよく見えないが男が二人いるようだ。そしていきなり持ち上げられる。


 「これが私の子か、千代よくやった」


 「初産なのに、あなた似で体が大きいので大変でした」


 俺は赤子になっているのか、持ち上げているのは父親のようだが、別の声も聞こえてくる。


 「弁慶の子だから体も大きいのもわかるが、千代は体が細いので心配したぞ。しかし髪や瞳の色それに顔立ちは千代似で、両親の良いところをもらったようだな」


 声に渋みがあるので俺の祖父にあたるのかもしれない。そして話の様子だと父の名は弁慶、母は千代というようだ。


 「お父様、じゃなくて今日からお爺様、良い名前を考えていただけましたか」


 「ああ、嶋家に三代ぶりに男の子が生まれたのだ。槍働きで嶋家の名を挙げた先々代の名、左近にするぞ」


 「そうなると嶋左近か、聞いたかお前の名前は左近だぞ」


 名前が決まったが、俺は今起こっていることは何なのかと考えてしまう。

 輪廻転生だとは思えない、前世の事を覚えたまま転生など聞いた事もないからだ。

 しかし、出産のように人の世の営みがあるのであの世とも思えない。まったく別な世界に来たのかもしれない。

 たぶん、嫁と倅に孫にあうこともできないのだろう。しかし前世では四十九まで生きたのだ。人生五十年というから寿命だと思う。


 ◇


 生まれ変わってから数日たった。少しづつこの世に慣れてきたが、俺を見た父親は気になるようだ。


 「千代、左近は少しも泣かないぞ。兄に子供が産まれたときは、夜泣きするので兄嫁は眠れなくてやつれ、家族も大変だったのにこの子は大丈夫なのか」


 弁慶父さんは千代母さんに相談している。確かに赤子が泣かないのはおかしいが、俺も泣きたくもないのに泣く気になれないのだ。


 「あなた。心配しなくてもちゃんと健やかに育っていますよ、お爺様もそう思うでしょ」


 「弁慶が心配するのはわかるが、千代が産まれた時もこんな感じだったぞ。この子はすでにいろんな事がわかっているのだ」


 「そのとおりよ。それで左近、私が誰だかわかる」


 どうしたものかと迷うが、母親も赤子の時から俺と同じようだったそうだ。ならば素直に答えるとするか。


 「はーは」

 

 俺の舌足らずの言葉を聞いた父親は仰天したが、気を取り直し「ならば左近、私が誰だがわかるか」と聞いてきた。


 「ちーち」


 その後、祖父を見ながら「じーじ」というと「この子はとてつもなく利発だ、こんな子はうちの家系にはいないぞ」


 「この子は頭が良いのです。多分私達の話していることはわかっているはずです」


 「本当か、左近」


 「はーい」といいながらうなづくので父親がまた驚いている。たしかに俺のような赤子がいたら誰でも驚くだろう。しかし祖父と母親はすこしも驚いていない。

 

 「千代は母親のお腹にいた時の記憶があり、話しかけていた母親の声も理解していたんだ」


 「千代が聡明なのは知っているが、そこまでだとは」


 「赤ちゃんの頃の話をしても誰も信じてくれないし、嘘つきだと思われたくないのでいままで黙っていました。申し訳ありません」


 ◇


 そんな事があったが、俺はこの世の理を知ろうと、回らない口で母に聞くようになった。それでわかった事は、言葉や文字は日ノ本と同じなのだが、習俗は南蛮風のようだ。


 母親は婚姻しているのに眉をそり落としていないし、お歯黒も塗っていないので娘と同じだ。

 着ている物は南蛮風だが、お茶や季節の行事で前世と同じような着物を着る事もあるが、髪型はこの世風だ。


 家の中まで土足のまま入ってくるし、父や祖父の仕事部屋を見ると机と椅子が置いてありそこで仕事をしている事もある。ただ、茶室や座敷など畳敷きの部屋もあるし、家族と使用人しか立ち入らない場所は靴を脱いで室内履きに履き替えている。

 

 食事も一人用のご膳ではなく、足を長くしたような食卓に椅子に座って食べる。床に座れば、椅子はいらないだろうと思うが、しばらく見ているとこちら方が動きやすそうだと思う。

 また、俺が生まれた嶋家は、祖父、父、母と俺の四人家族に数人の奉公人がいる家で、祖母は母が子供のころに亡くなったようだ。

 

 母の名は千代、まだ十七歳で輝くような金色の髪に蒼く澄んだ瞳で、息子の俺から見ても可憐で清純。本当に母親なのかと思ってしまう女性にょしょうだ。


 気立ても優しく音曲や書など多くの才にも恵まれたため、幼少の頃から縁談が降るよう来たらしいが、一人娘だったので父を婿養子として迎えたとの事だ。

  

 父は精悍で一目で遣い手とわかるほど武術に優れている。近衛騎士団という所に出仕しているそうだが、勤めが終わると同僚の誘いも断り千代母さんのいる屋敷に真っ直ぐに帰ってくる。

 

 婚姻して一年なので仲が良いという事もあるが、母は家付きの娘なのに入り婿として嶋家に入った父を常に立てているし、話題も広く会話も巧みで父の仕事の相談にも的確な助言をしている。それに笑みを絶やさないので傍にいるだけで温かい気持ちになるのだ。

 

 実母が百姓だったため継母からいじめられ、放蕩無頼の生活をおくった俺には、眩しいほど出来すぎた両親で俺の事も可愛がってくれる。


 そんな嶋家は二代続けて女ばかり生まれたので、祖父と父も婿養子だ。だから俺は三代ぶりに生まれた男だ。

 家族は嫡男が産まれたと歓迎し、槍の左近さこんと武勇を轟かせた先祖の名前をつけたのだが、この世では幼名は無く、家名と通称またはいみなだけのようだ。


 そのため、俺は大人になっても嶋左近のままだ。しかしこの名前は気に入っている。「治部少(石田三成)に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」と謳われた島左近とほぼ同じだからだ。

 島左近は、関ケ原では鬼左近といわれるほど奮戦した武将で、あまりにも強かったため、敵方から「誠に身の毛も立ちて汗の出るなり」といわせ、その恐ろしさのため戦った相手を長年悪夢に苦しめたといわれる猛将だ。


 父の名は九郎判官と行動をともにした武蔵坊弁慶と同じだし、母は良妻のかがみといわれた土佐山内家藩祖の御内室様と一緒だ。

 俺が前世の記憶を持ったまま、この名前で生まれ変わったのも何かの因縁なのだろうか。


 ◇


 俺は色々と集中している。言葉は生まれたころからわかったので、まわらない口で本を読みたいと、この世流の呼び方だと千代母さんにお願いすると、まず絵本を読み聞かせてくれ、文字も教えてくれるようになった。


 文字は前世とほとんど同じであるが、これに という文字が加わっているが、一度見ただけで覚えてしまう。


 俺が文字を覚えたので千代母さんは次に文字の綴り方を教えてくれる。

 文字を書く道具はと筆の二つで、の場合は横書きで左から右に楷書で書くが、くずし字ではないので最初は違和感があった。

 まだを握れないので眺めているだけだが、見ているとなる墨汁のような物につけ文字を記しているが、紙も手も汚れることもなく小さな字を書けるので感心する。

 前世では紙代を節約するため、老眼じゃないから小さな字で書けとた事を配下に命じていたからこれは便利だ。


 しかし俺のように赤子が話せるだけでなく文字まで読めるになったので、父はまた呆れているが、祖父や昔からいる使用人は「千代様のお子ですから」と驚いた風ではない。


 千代母さんも赤子の時に読み書きを覚え、その後もあまりに物覚えが良いので神童といわれたそうだ。

 皆が俺は母親似だというので、鏡を見せてもらうと千代母さんと同じ金髪に蒼玉(サファイア)のような青い瞳だ。それに聡明そうで整った顔をしているし記憶力も驚くほど高い。

 一度聞いた話や読んだ物はすべて覚えてしまうし、意識して見たものは頭の中に写し取ったように記憶してしまう。算術も算盤そろばんを暗算で行うようにすぐに答えがでてくる。


 俺は千代母さんに色々と質問するようになったので、転生した国は敷島王国という名で、琉球や高麗のように王家がまつりごとをおこなっている事を知った。


 嶋家は王家を支える貴族で大名のような存在らしい。ただ、大名諸侯が三百ぐらいしかいなかった日ノ本と違い、国全体で一万人もいるようだ。

 嶋家は貴族の中では一番下の男爵家。それも領地を持たないで扶持を貰っている法衣貴族になるそうだ。

 法衣貴族には書類仕事をしている文字貴族、騎士団という先手組のような所に努めていれば帯剣貴族と呼ばれ、嶋家は帯剣貴族だ。

 そして男爵位の下にも準男爵や騎士爵という準貴族階級もあるらしい。


 そんな嶋家で俺の祖父は平八郎という名で、国内最精鋭といわれる近衛騎士団の副団長で、父の上役だったが今は王都周辺の守りを固めている王都騎士団の団長を務めている。


 祖母は体の弱い人だったらしく千代母さんを産んだ後で亡くなったので、祖父の妹が千代母さんを育てたらしいが、聡明な千代母さんは五歳位で嶋家の内実を取り仕切るようになったそうだ。


 父親の弁慶父さんは六尺を超える恵まれた体格をしている。貴族ではなく商家の次男に生まれだが、幼少の頃から武勇に優れ王都学院という貴族が多い学問所に入学したそうだ。そこで並み居る貴族を武術で蹴散らしただけでなく勉学も優秀で、同期だった王家の世子と身分を超えて友誼を結んだとの事だ。


 卒業後は入団が難しい近衛騎士団にはいるが、戦いで武功を重ねたうえ剣術大会で優勝し、準男爵を叙爵されたそうだ。

 祖父はそんな父を見込んで千代母さんの婿にしたそうだが、平民出身の父に箔をつけるため婿入りと同時に家督を弁慶父さんに譲っている。


 そんな弁慶父さんは近衛騎士団に出仕し、王家の警護をしている。市中のことは衛兵という別組織が賊や咎人を捕えているそうだ。


 ちなみに弁慶父さんと千代母さんとの婚姻は一筋縄ではいかなくて、婚約が公になると千代母さんに懸想していた伯爵家当主が、婚約の取り消しをかけて決闘を申しこんできたそうだ。


 相手は元服した貴族家当主だったらしいが、負けたら家屋敷を譲るから助っ人を認めろと厚かましい事をいってきたらしい。

 弁慶父さんは一人で立ち会う度胸も無い者が決闘など笑止といったようだが、平八郎お爺さんが「このままではあのがずっとつきまとう、勝って二度と口出しできないようにしろ」といわれ助っ人を認めたところ、相手は六人も連れてきたらしい。


 あまりにも一方的なので、立ち合い人は相手の負けを宣告したらしい。しかしはっきり決着をつけないと面倒だと思った父は立ち会ったそうだ。


 相手は数を頼みにして余裕を見せていたが所詮は烏合の衆で、弁慶父さんが助っ人をあっという間に倒すと、決闘相手は背中を見せて逃げ出したそうだ。自分から申し込んだ決闘から逃げ出すなんて前世では切腹ものだが、逃げ切れるはずもなく峰打ちで死なない程度に叩きのめされ勝負がついたそうだ。


 決闘相手はこれ以上ないくらい惨めに負けたうえ、新聞というかわら版に今までの経過と決闘の顛末が載ったので王都の笑い者になり、これ以上恥を晒さないよう親戚の手で領地に押し込められたそうだ。


 そんな経緯で今の嶋家があり、俺は大事に育てられているわけだが、屋敷では千代母さんはよく楽器を弾いている。

 日ノ本の音曲とはだいぶ違うので最初は違和感を感じたが、なんども聞いていると良さがわかってくるし、巧みな演奏なので他家から呼ばれる事も多く、その礼金も馬鹿にならないようだ。

 また、の心得もあるので見事に花を活けるし、水茎の跡も麗しい千代母さんの書を求める人もいる。

 

 このため体面を保つため汲々としている下位貴族も多いそうだが、嶋家は二人の役職手当と千代母さんのおかげで余裕があるようだ。

 しかし祖父や父も遊ぶ事もしないし、千代母さんも贅沢しない。屋敷の使用人も少なく質素な生活をしているので、千代母さんがしっかり貯めこんでいるらしい。


 こんな出来すぎた家に俺が生まれたのは、なにか意味があるのだろうか。

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