火付盗賊改のお頭、異世界に転生す。旗本だったから令和の知識はないし智異徒も須気留も使えない。俺ってもう詰んでる!

@sankichi_akita

01-01話 お頭、臨終で思う

 空は赤く燃えていた。


 商家に押し行った盗賊が捕り方に囲まれているの気づき、逃走のため屋敷に火を放ったからだ。


 火事を知らせる半鐘が周辺から鳴り響き、夜中だというのに町民達が火事場見学に集まってくる。このまま人込みに紛れられたら取り逃がす恐れがある。しかし屋根にまで火が回った建物は水をかけたくらいでは消せない。周りに火が広がったら大変な事になるので、出張ってきた火消達は延焼しないよう、周辺の建物を壊すかどうかこちらをうかがっている。 


 「お頭、いかが致しますか」


 配下の与力頭が俺の下知を求めてくる。このままでは賊だけでなく人質も屋敷と一緒に燃えてしまう。しかし俺は屋敷を見て気づく。


 「屋根まで燃えているが油を撒いて火をつけただけだ。中は燃えていないぞ、早急に賊をとらえよ、手に余る者は切り捨ててもかまわん」


 俺は配下に指図すると、鎖帷子を着こみ鉢金に籠手と脛当てをつけ、刃引きした長脇差と十手を持った与力と同心達は、躊躇することなく燃えている屋敷に踏み込む。


 盗賊達は火付けをして捕まったら、火あぶりだとわかっているから必死に抵抗するが、手練れの同心たちが次々に捕縛する。


 「お頭、賊はすべて捕縛し人質になっていた者は解き放ちました」


 「ご苦労、賊は役宅に連れていけ」


 「はっ」


 手早く捕縛できたので、俺は屋敷のまわりに出張っていて町火消と大名火消し達を差配する。

 配下には高張提灯を持たせ、見物に集まった民草を整理し火事場泥棒がでないよう警戒させる。 


 野次馬たちは「藤巴ふじともえの提灯があると長谷川様が出張っているのがわかるんで安心だ」


 「本所の平蔵様は仕事が早い」といってくれる。


 そう、俺は長谷川宣以はせがわのぶため、通称は平蔵だ。盗賊を取り締まる火付盗賊改の頭を務めている。

 俺は戦で先陣を務める先手組弓組の頭もしている。もっとも番方(武官)らしい部署だが、太平の世なので江戸城の警護と、加役として盗賊と放火を取り締まっている。


 もともと江戸の盗賊は町奉行所が取り締まっていたが、明暦の大火あたりから武装集団で押し込み、火を付けて混乱に乗じて逃走するような凶悪な賊が増え、役方(文官)の町奉行所では手に余るため、番方の先手組が火付盗賊改の頭に就任し取り締まるようになった。


 火盗改は重要な役目だが、与力や同心あわせて四十~五十人しかいないので、岡っ引きや下っ引きも多数かかえている。


 手当は付くが数千石の大身旗本が半年務めただけで多額の借金を作ったぐらい金がかかる。

 長谷川家は三河以来の直参で、三方ヶ原の戦いでは主君を守って討ち死にした家系だが、家禄は四百石。

 役料として千五百石が追加されるがまったく足りない。しかたがないので家屋敷の一部を貸し出したり、相場にも手をだしてなんとかしのいでいる。


 そんな物入りの勤めだが、火盗改を務めると数年で町奉行に出世することも多く、俺の親父も火盗改を務めたあとで京都西町奉行を拝命している。

 俺も京都に同行し、仕事を手伝っていたから奉行も面白そうだと思っていた。しかし他に代わる者なしという実績のせいでずっと火盗改を留任している。


 こんな事になったのは、俺は継母との折り合いが悪く、放蕩に明け暮れた経験が役立ったのだ。

 しかし務めに励んでいると、人はなぜ悪人になるのかと考えるようになった。

 生まれが悪いのか育ちが悪いのかはわからないが、悪人になってから取り締まるのでは遅い。


 特に江戸には流れ込む無宿者が治安を悪化させている。ほとんどは荒廃した農村から逃げ出した農民だ。

 そんな農民は宗門人別改帳から外れて無宿者となり、治安悪化の元凶とみられ佐渡金山に人足として送られた者もいる。


 しかし、そんな過酷な事をしても無宿人が自棄やけになるだけだと思い、俺は石川島に人足寄場を作った。

 ここで無宿人や軽微な罪人が自立できるよう手に職をつけさせ、手内職や土木作業をさせ手当も支給した。


 だが、口は出すが金は出さない幕閣のせいで、相場に手を出したり清濁併せ吞むような事もして人足寄場の資金を捻出した。

 おかげで山師などと陰口をいわれ、町奉行になることもできなかった。


 俺はそんな鬱屈を酒でまぎらわせていたが、長年の激務と深酒のせいか病にかかると急激に衰えてしまった。

 薄れてゆく意識のなかで思う、もっとできる事がなかったのかと。


 老中の田沼様(田沼意次)や西下様(松平定信)もできなかった事だ……

 もっとなにか出来なかったのか……


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る