きつねのおまじない

@MU__

きつねのおまじない

小さな町がありました。

その町は山に囲まれていて、反対側は海でした。

町からほど近い山の中でキツネの仔はお母さんと暮らしていました。


もうそのあたりにはキツネはその二匹しかいませんでした。お父さんはキツネの仔が生まれるよりも前に出かけたっきり、帰っては来ませんでした。

キツネの仔はとっても元気で、いつも山の中を駆け回っていました。時々は海辺にも行きました。


「明るいうちには山からは出ませんよ。トンビや人間がいて危ないからね」

お母さんの言いつけをキツネの仔はちゃんと守っていました。


ある日、森の端、海からすぐ近くのちょっとした広場に夜なのに一人の人間がいました。

「母さん、人間がいるよ」

「まだ子どもだわ。坊やと同じ」

その子どもはちょっとした広場で、まあるい橙色のもので遊んでいました。

その様子がとても楽しそうでキツネの仔は一緒に遊びたくなりました。今まではずっと一人きりで遊んでいたのです。

「あの人間と遊んでいい?」

「坊や、人間は危ないのよ」

お母さんは人間をじっくりと見ました。一人で一生懸命まあるいもので遊んでいる様子はまるで、自分の坊やが山で一人蝶々を追いかけている時のようでした。

お母さんはおまじないにそのあたりの木から楓の葉を一枚取って、キツネの仔の頭に乗せました。そして、ギュッと坊やを抱きしめました。

そうするときつねのまじないで、きつねの仔は頭のてっぺんから足の先まですっかり可愛らしい人間の男の子になりました。

「遊んでいらっしゃい。母さんはここで待っていますからね」

「うん!」男の子になったキツネの仔は一目散に駆けて広場まで行きました。

広場のまわりは高い柵で囲まれていました。そのまわりを駆けって入口を探し、そこから広場に駆け込んで中で遊んでいた男の子のところまで行きました。

その男の子はキツネの仔の事を見て少し驚きました。

「お前、足速いな。何年生?こんな遅くに来て平気かよ」キツネの仔は男の子の目を見たらなんだかドキとしてしまい、人間と話すのも初めてでなんとも言葉が口から出ては来ませんでした。

もじもじとしているキツネの仔に男の子はまあるいものを投げました。

「バスケやってる?」キツネの子は首を横にふりました。

「バスケットボール、お前が持ってるそのボールをあのリングに入れるスポーツ。入れて見せるからパス!」

「パス?」キツネの仔は言いました。

「投げて!」男の子が手を広げ、キツネの仔はそこに向かってボールを投げました。

男の子はそれを受け取って、地面に何回かつき、ポーンと放おり投げました。ボールはストンとだいぶ先にあった輪っかに入りました。

その後、男の子とキツネの仔はひとしきり「バスケ」で遊び、帰って行きました。

キツネの子は一目散に山に向かって走り、母さんの所まで行く間にまたすっかり元の可愛らしいふさふさした尻尾のあるキツネの男の子に戻りました。

「母さん!母さん!人間と遊んだよ!とっても楽しかった!」お母さんはキツネの仔の話を寝ぐらでキツネの仔が話つかれて寝てしまうまで、ずっと聞きました。


その日から毎日キツネの仔は夜になるとあのバスケが出来る広場のそばで待っていて、男の子が来ると一目散に母さんの所へ駆けていって、楓の葉を一枚頭に乗せてギュッとしてもらい、すっかり可愛い人間の男の子になって遊びに行きました。


山にも冬がやってきて、楓の葉もあと少しで全部散っていしまいそうなある日、お母さんはいなくなってしまいました。

キツネの仔は一日、二日と寝ぐらで待ちました。お腹が減って自分で餌をなんとか取って、小川で水をのみ、山を駆け回ってお母さんを探しましたがどこにもいませんでした。

「母さんは父さんと同じところに行ったんだ」キツネの仔は言いました。父さんもある日、出かけたっきり戻って来なかったのです。キツネの仔の目からポロリと涙がこぼれました。でも仕方ありません。

その日、久しぶりにキツネの仔は広場へ行ってみました。男の子は来ていて、でもボールで遊ばずにそこに立っていました。

キツネの仔はどうしてもあの子に会いたくなりましたが、自分の手を見てもキツネの手で、こんなふうではバスケなんて出来るわけがありませんでした。

あと数枚だけ葉っぱの残った楓の木へ行き、葉っぱを一枚取りました。そしてそれを頭の上に乗せて、目を閉じて大好きだったお母さんを思い浮かべながら自分で自分をギュッと抱きしめました。

しばらくして目を開けてみると、手はちゃんと人間の手になっていて、体も大丈夫そうでした。キツネの仔は走って広場へ行きました。

男の子はまだいつものようにバスケをせず立っていました。会えたことが嬉しくてキツネの仔は男の子まで一目散に走っていって、飛びつきました。

「あ!来た!」立ち尽くしていた男の子は大声でそう言いました。

「ぼくを待ってたの?」

「そうだよ。しばらく来なかっただろ」男の子がキツネの仔の頭をクシャクシャとなでました。キツネの仔は嬉しくて飛び跳ねて、それから二人でまたバスケをしました。

キツネの仔が投げたボールがゴールに入りました。

「上手くなったよな。ミニバス入れよ」そう言ってキツネの子の肩に手をまわしました。男の子の方が頭ひとつ大きかったのです。そして気が付きました。

「あれ?お前頭に葉っぱ付いてるぞ」そう言って頭からおまじないの楓の葉っぱを取りました。うまくまじないがかからず、葉っぱが残ってしまっていたのです。

葉っぱを取られたキツネの仔は一目散に山へ向かって駆け出しました。広場を出る頃にはもう四本脚で駆けていました。寝ぐらまでついて、一人ぽっちでキツネの仔は泣きました。もう男の子ではなく、ふさふさしたしっぽのあるキツネの仔だとバレてしまったでしょう。人間とキツネは一緒には遊べません。このキツネの手ではバスケも出来ませんでした。そして、こんなときに慰めてくれる母さんも今はもういませんでした。

キツネの仔は次の日も、その次の日も寝床でずっと丸まっていました。3日目になって立ち上がりました。楓の木の横を通りましたが、木にはもう葉っぱは一枚もついていませんでした。

お腹がすいていましたが、もう獲物を捕まえられる元気は残っていないように思えました。

キツネの仔はふらふらとしながら、あの広場の見える所まで行きました。もうバスケが出来なくても、あの男の子を見たかったのです。

男の子はまた一人でバスケをしていました。あの響くようなボールの跳ねる音がしてキツネの仔は嬉しくなりました。

柵から少し離れた所まで行くと、男の子が振り返りキツネの子に気が付きました。

「来ると思った」男の子が言いフェンスのそばまで来て、しゃがみました。

「忘れ物。こっちに来いよ」キツネの仔はそばまで行きました。男の子はフェンスの隙間からそっとキツネの仔の頭の上に楓の葉っぱを乗せました。

「これでまた一緒にバスケ出来るか?」キツネの仔はギュッと自分を抱きしめてみましたが、無理でした。お腹も減って、その場にしゃがんでじっとしている事にしました。

「どうしたんだよ。大丈夫か」男の子は広場の出口から出てフェンスの外側までまわり、キツネの仔のそばまで来ました。

キツネの仔はうんと眠くなりました。そしてもう眠くて開いていられない目でそばまで来た男の子の顔を見て、ああ、もう一度だけでもまた一緒に遊びたかったなあと思いました。



 目がさめた時、いつもの寝ぐらではなく、キツネの仔は人間のお家のお布団の中にいました。起き上がってみると、すっかり人間の男の子になっていました。

そこは「病院」という所で、そこにしばらくいなくてはいけないよ、と大きな人間からキツネの仔は言われました。大きな人間はちっとも怖くはなくて、キツネの子はそこで出されたご飯を食べて過ごしました。

お父さんやお母さんはどこにいるの、と聞かれてもわかりませんでした。名前を聞かれても「坊や」と呼ばれていた事しかありませんでした。今は男の子のように見えてもキツネだったのです。


 3日目になって病院にお客さんが来ました。

「お!元気になったな」バスケの男の子でした。キツネの仔はベッドからピョンと飛び出て男の子に駆け寄り抱きつきました。

「バスケする?」キツネの仔は聞きました。

「いいぜ。あとこれ持ってきた。大事だろ」

男の子は声をひそめてポケットから透明な袋に入れた楓の葉を一枚キツネの仔に渡しました。

あれ、とキツネの仔は思いました。ここに葉っぱがあるなら、人間になるおまじないは解けてキツネの仔に戻っているはずでした。

「ぼく人間になった?」キツネの仔は男の子に聞きました。

「そうだよ。お前が起きなくなったから家に帰って『犬が倒れて起きない』って親呼んで来たんだ。そしたらコートの外に人間のお前が倒れてて大騒ぎだったんだぜ。警察来るし、ちゃんとした説明出来たのかよ。俺はお前がホントは犬だって言ってないからな」

キツネの仔はまだ男の子に抱きついたまま話を聞いていました。そして言いました。

「キツネ」

「なんだよ」

「ぼく、キツネ!」そう言って今はすっかりかわいらしい人間の男の子になったキツネの仔は笑いました。


 

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