第3話 今日からキッザニア

 朝食もビュッフェだった、軽めの食事が多くパンやオニギリ、おかゆ・うどん・サンドイッチがプレートに並び、スクランブルや茹で卵・卵焼き・焼魚があった。 


 食堂の全員に僅かに緊張があるのが解る、そう今日は大人キッザニアに行く、面倒な[お仕事体験]が待っているんだった。


(まぁ行くヤツは半分も居ないだろうけどな)

 オレも部屋に引き籠もっていたい、けれど飯を食わせて貰ってなにもせず[不参加]で家に帰されたらカネを払ってくれた親に申し訳が無い気持ちがある。

 最低限、やってるふりはしないと帰って家に居場所が無くなる気がする。


 農業・造園・道路工事・電気工事・ファーストのキッチン、荷物の仕分、他にも色々。電動アシスト自転車で荷物を運ぶアミューズメント、大型バス・トラックのシュミレーターもあった。


 インストラクターの男が説明しながら動く姿を遠巻きに見るオレ達、ガラス1枚隔てた向こうで笑顔で汗を流し、『働くってすばらしい』見たいなオーラを放ってこっちを見てくるのを『馬鹿じゃね?』とか『うわっ、低賃金労働者ワロスっっw』とか言いながらスマホを向ける男達。


 どの施設でも、見ては居るが誰1人やってみようとしない、逆にバカにするような態度でにやにや笑い、スマホを弄っている。

 いや、1人居た、昨日話しをした放出だ。

 ヤツは農業体験で田植機を触り、田んぼに苗を斜めに植えて『バッカじゃねぇの?逆に邪魔してんじゃん』とか『1人だけやる気出して結局邪魔してたら意味ねぇじゃん』とか嘲笑されて赤くなっていた。


「・・だ・・い・・・あっ・・」大丈夫か?あいつらの言う事なんか無視しろ、そう言おうとしたオレの横を、どろんこになった放出がオレの顔を少し見て、無言で通り過ぎて行った。

 始めて触った機械で始めての作業、誰だって上手く行くわけが無い、それをバカにするこいつらは本物のクズだ。


(それをみてるだけで、止める事も出来ない、話掛けてフォローする事も出来ないオレも本物の臆病者だ。アイツから見ればオレもあのクズ共も同じだな・・・)


 悔しい、こんな思いをするくらいなら部屋でネットでも見ていれば良かった、部屋に帰りたい、嫌だ、オレみたいな引き籠もりには外は嫌な事しかない。


・・・・・・・・・・・・


 大人キッザニアのレストランでの遅めの昼食。

『皆さん、お仕事体験、お疲れさまでした。残念ながら楽しめ無かった方もいらっしゃるでしょうけれど、お仕事と言う物は基本・楽しくない物ですからね』

 係員の女性は笑顔で笑いながら声を出していた。


『皆さんの中で、なにかやってみよう、と思われた方は居ますか?

 手を上げていただけませんかぁ~』

 放出が手を上げ、他にも数人の男が手を上げた。


 農業・造園・機械いじりが好きな男はPCの組み立て、自動車整備とか言うやつもいた。


『では手を上げて下さった方はこちらへ、明日はもう少し時間を掛けてやってみましょう』 


・・・・? 

 ざわっ・・・ザワザワザワザワザワザワザワ・・・

 おかしい、一泊二日、明日は家に帰るはずだ。何を言っているんだ?

 そんな考えが頭を廻る。

(掛りの女性の勘違いだろう)そう思いながら、席を立ち・去って行く放出達の背中を見ながら座っている残された男達。


「あの・・・オレ達は、明日返るんですよね?ホテルのビュッフェでまだ食べて無いヤツもあるから、まだ残れるならおれも・・」


「そっそう、おれも・・・家に帰るくらいならバイトくらい」

 清潔な旅館の部屋、風呂も自由でジュースも飲み放題。隣近所に変な目で見られることも無く、親からの『働いてくれ、出なければ出て行け』という圧力も無い状態を手放したくないヤツらが手を上げた。


『・・・』女性係員は残されたオレ達になにも言わず、無言の笑顔で目を向ける。


「おい!なにか言えよ!」「なんか説明くらいしろ!」「なに笑ってんだよ!」

 無視されたように感じたヤツらが声を上げ、立ち上がり放出達が出て行った扉の方に走って行くヤツもいた。


『皆さ~ん、少し冷静に、冷静にお願いします。まずは説明を聞いて下さい』

 明るい声で静止する係員、その声に従った男が数名、怒鳴る男が数名。


『冷静に説明を聞けない方にはペナルティがありますよ~』

「ウルセェ!ならさっさと扉を開けろ!オレも向こうに行かせろよ!」

 扉の取っ手をガチガチと引っ張る男、その男がビクッと退け剃り、小刻みに身体を震えさせ、『はい、電気を止めて下さーい』その声で男が扉から手を放し昏倒し、崩れた。


「電気を流して・・・いったいなにが」「オイオイマジかよ、事故?傷害事件かよっっw」「撮影しとけ、あとで訴えてカネ取っ手やる」

 倒れた男を笑いながら撮影するクズ共、男は失禁し口から泡を吐いて身体を痙攣しているっていうのに。


『彼に触らなくて正解でしたね、600Vの電流なので下手に助けようとすれば皆さんも感電してましたよ・・・皆さん、クズで良かったですね』


「゛あ゛あ?なんだ?」「客に電気を流しておいて呷るとかマジかよ」「お前、タヒんだわ」「大炎上キタwWWw!」

 キレるヤツ、笑うヤツ、笑いながらスマホを向けるヤツ。


『ハイハイ、皆さんがバカでクズなのはわかりました。見なさ~ん、自分のスマホを良く見て下さいねー、『電波が届いてない、そうでしょう?』』


 電波のマークが点滅し、“インターネットに接続されていません”画面のメッセージはどれだけ画面を叩いても反応しない。


『この場所は電波中継基地を使ってネットを使えるようにしています、その中継基地を停止すれば、皆さんが大好きなスマホはネットに繋げられません。バカの皆さん、理解しましたか?』


 は?は?は?は?は?は?は?は?は??????

 何が?何が起った?どういうことだ?

 全員が必死にスマホを見ている、画面を擦り電源を落として立ち上げたり、バッテリーを擦るやつまでいる。


『皆さーん、そろそろ座っていだけますかぁー説明が出来なければー時間の無駄ですよー、どうせ今まで無意味で無駄な時間を過ごしていたのは分りますがー

 いい加減にしろよ、ゴミどもが』

 彼女の顔に笑顔は無く、軽蔑し見下すような表情でオレ達を見ていた。

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