第一章 出発 6



「さっきのあれどう思う」

 助手席の大輔が、誰にともなく言う。


「村には行くなって言ってたよな」

 運転を替わった智司が、ステアリングを握りながらみなに訊く。

「いまさら引き返せないだろ、レンタカー借りてここまで来てるんだから」

 後輩に無理を言って車の都合をつけた雄太としては、それはもっともな事だろう。


「あんたらもなにか言われたの」

 驚いたように怜子が、前の席の大輔の後頭部をつつく。

「お店のマスターらしい人から、茂野延村へは行くなって忠告されたの。ほかのお客さんたちも、急におかしな雰囲気になっちゃったし──」

 不安げな顔の涼音が、ぎゅっと怜子の右手を握り締める。


「あたしもトイレの前で客の大男から、村へ行ったらどんな事が起こるか分からないって言われたのよ。気を付けろって言ってた」

 怜子もトイレ前での出来事を伝える。

「どうする、いまさらだけど引き返すか?」

 元々あまり乗り気ではなかった智司が、みなに尋ねる。


「馬鹿言え、ここまで来ときながら帰れるもんか。これから東京へ引き返したら、真夜中になっちまう。どうせ余所者を嫌う田舎の人間の嫌がらせだろ、気にすることはねえよ」

 大輔が笑い飛ばす。


 しかしその口調には、微かな不安が含まれているように感じられた。

 あんなことを言われたのだから、無理もなかった。

「せっかく楽しみにして来たのに、興醒めだわ。ヤな人たちね」

 怜子がカリカリしながら文句を言う。


「なんだか怪しい雰囲気になっちゃてたもんね、あたし怖いわ」

 涼音が不安そうに、後ろから智司を見ている。

 バックミラー越しにその視線を感じ取った智司が、優しく声を掛ける。


「大丈夫かい前島さん、嫌なら引き返そうか」

「なんだよそれ、とにかく今日はこのまま目的地まで行こうぜ。一泊して納得行かなかったら明日の朝一番で出てくりゃいい。とにかく俺はもう車の移動はうんざりだ、早く寝っ転がりたい。なあ怜子、お前もそうだろ」

 雄太が麗子の意見を訊く。


「そうね、とにかくどんな所か行ってみようよ。答えはそれから決めればいいじゃん」

 一行の中で最大の発言権を持つ怜子のひと言で、このまま進むことに決した。


〝行くな、引き返せ。いまならまだ間に合う〟

 智司の頭の中に、例の声が響いた。


 それと同時に、哀しい顔をした兄〝慎一郎〟の顔が浮かんだ。

 智司はそれらを掻き消すように強く頭を振った。

 道は少しずつ細くなり、辺りの景色は山深さを増して行った。


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