第一章 出発 5



 一行の乗った車はナビが壊れている以外は、いたって快調だった。

 上信越自動車道を妙義山、碓井軽井沢トンネルと走り、小諸、上田の先で更埴JCTを右ルートへと進み、長野ICで高速を降りる。


 途中のサービスエリアで運転を雄太に替わり、助手席には智司が座っていた。

 几帳面な性格の智司のナビゲートで、迷うこともなくスムーズに行程は進んでいた。

 後部座席には怜子と涼音、三列目シートに大輔という割り振りだ。


 国道117号から19号『信大教育学部前』を左折、406号線へ入り裾花川を北へ渡り、南に戻りしながら鬼無里方面へ進む。

 保寺沢地区へ右折北上し、途中から名もない間道を左折した。

 地図によると、このまま西へ直進すれば目的の『茂野延村もののべむら』に着く予定である。



 怜子がトイレに行きたいというので、小さなドライブイン兼食堂といった風情の店に立ち寄った。

 色褪せた『コーナーイン・若葉』という看板が掛かっている。


 トイレだけ借りるのも気が引けたので、五人は休憩がてらお茶を飲むことにした。

 地図からするとあと三十分も走れば、ペンションあさかぜに到着しそうなので、時間的にも精神的にも余裕がある。

 砂利敷きの駐車場には、数台の車が止まっていた。

 どれも地元のナンバーばかりだ。


 寂れた雰囲気の店内には、普段着や作業着を着た客が何組か座っていた。

 お茶を飲んでいる者、食事をしている者と様々だがみな常連客のようだった。

「あたしアイスティーね、ミルクで」

 怜子は大輔にそう言いながら、トイレと案内書きされている店の奥へと足早に歩いて行く。


 滅多に他所の人間は来ないのか、先客たちはじろじろとあからさまな視線を一向に向ける。

「なんか場違いな感じだな」

 雄太が肩をすくめながら、智司に目配せする。


 苦笑しながら、智司が無言で頷く。

 三十代半ばと思われる不愛想なウェイトレスが、水を持って無表情に注文を聞きに来る。

 それぞれ注文し終わると、大輔が車から持ってきた道路地図を確認しだす。


「いまこの道に入ったはずだから、このまま一本道を進めば自然と目的地に着くはずだ。予定通りに六時前には余裕で到着できるぞ」

 曲がりくねりながらだが、分岐する道もなさそうだからすんなりと行けそうである。


「でもかなりの田舎だな、ここからもっと山深くなりそうだぜ。まあ村というんだから、それなりの所なんだろうけどさ」

 適当に地図を睨みながら、雄太が返事をする。


 化粧でも直しているのか、玲子はまだ戻って来ない。

 相変わらず不愛想なウェイトレスが、注文の飲み物を持って来た。

「ねえお姐さん、この道を真っ直ぐ行くと茂野延村に着くんですよね」

 大輔が確認のために、目の前にアイスコーヒーを置くウェイトレスに訊く。


「えっ、わたし土地の者じゃなくって道に詳しくないから。ちょっと待って」

 すまなそうに言いながら、残りのグラスやカップをテーブルに並べる。

 見かけは愛想がないが、会話をすればそれなりに親切そうな女であった。


「旦那さん、前の道を進めば茂野延って村に行けるんですか。お客さんが聞いてらっしゃるんですけど」

 厨房に居る店主に聞こえるように、大きな声で訊いてくれる。


 それを聞いた瞬間、店中の人間の表情が変わった。

 店内の空気が、ピリピリとひりつくような感じになっている。

 それまで好奇の目でチラ見していた人々が、急に強張った雰囲気で刺々しい視線を絡めて来る。

 奥から白衣を着た店主らしい、五十絡みの男が出て来た。


「あんたら茂野延村に行くのか、あんな何もない所になにをしに──」

 顔が引きつっている。

「いやあ、最近温泉施設が新しくなったとかで、チラシで見て連休を利用し二、三日のんびり滞在しようかと思いまして」

 大輔が応える。


「あそこに知り合いや、親戚がいるという訳じゃないんだな。だったら引っ返す方がいい、訳も分からず好奇心で行くような場所じゃない。悪いことは言わん、このまま帰りな」

 思いもかけぬことを言われ、みな啞然とする。


「いまさら帰るなんて出来ませんよ。ペンションの予約も入れてあるから、もう食事も準備してあるだろうし。それに、そのなんにもない場所でゆっくりとするために来たんですから。とにかくこの前の道を西へ行けば着くんですよね」

 雄太がいつもの緊張感のない口調で、事情を説明する。


「ああ、一本道だ、なにも起こらなければすぐに着ける。どうするかはあんたらが決めることだが、俺は忠告したぞ。行くのは止めろとな」

 それだけ言うと、さっさと奥へ引っ込んでしまった。


「すいませんねお客さん、この辺は他所の人が滅多に来ないもんで。お客さんたち東京の方? わたしも二年前に横浜から嫁いできたんだけど、未だに馴染めなくって」

 ウェイトレスが気の毒そうにお辞儀をして退がって行く。



「きゃっ!」

 トイレから出た怜子が、小さく悲鳴を上げた。

 扉を押し開け顔を上げると、目の前に強面の大男が立っていたのだ。

「す、すいません慌てちゃって」

 よく見ると店の出入り口に一番近い席に座っていた、二人連れの内の一人であった。

 青いつなぎを着ている所かすると、自動車の修理工かなにからしい。

 声を上げたことを謝る玲子へ、男がじっと目を落とす。


「茂野延村に行くんだって、どんな事が起こったって知らねえぞ。あそこは余所者が行くところじゃねえ、気を付けるんだな」

 吐き捨てるように言うと、男性用のトイレに姿を消した。

「・・・・・」

 なにがなんだか分からず、玲子は仲間たちの坐っているテーブルへと戻って行く。


「ねえ、ねえ、ここ気味悪い」

 席につくなり、怜子が文句を言う。

 席に座っている四人も、無言で固まっている。


「ん? あんたらどうしたの」

 トイレ前の事を話そうと意気込んでいた怜子が、逆に沈み込んでいるみなに質問する。

「さっさと飲んで、ここを出るぞ。話しは車に乗ってからだ」

 大輔はグラスのアイスコーヒーを、ストローも使わず一気に飲み干す。


 ほかの三人もなにも喋らずに、それぞれの飲み物に口をつける。

「なによ、一体どうなってるの」

 怜子が不満そうに、大輔の顔を睨みつけた。



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